キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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【そんなタイトルで】アナザー カンピオーネ1【大丈夫か?】

37 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:13:02 ID:???
1‐5)昼と夜との狭間に

デサンカは今、夫と団欒の時を過ごしていた。
息子は既にベッドに就き、今頃は夢の中である。
明日はレッドスターとラドニツキの試合を家族で観に行く約束であり、
そのため「明日に備えて早く寝るんだ」と早々に部屋に引き上げてしまったのだ。
もしかしたら、またネバーランドに行っているのかも知れない。

ドブリボエ「デサンカ。」

デサンカ「なあに?」

夫がリビングから名前を呼んできた。
何か頼もうとしている時の声である、時間からしてきっと紅茶を頼もうと言うのだろう。

ドブリボエ「紅茶を一杯貰えるかい?」

デサンカ「ふふ、今淹れているところです。」

38 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:14:04 ID:???

以心伝心と言っても良いだろうか?
こういう遣り取りが出来る事は妻として誇らしく感じる。
この後の会話も予想がついている。
少しだけ手綱を絞ってあげないと。

ドブリボエ「あぁ、そうかい?流石だね。あとブランデーも…」

デサンカ「はい、ブランデ−を少し。」

ドブリボエ「たっぷり…」

デサンカ「少し。」

ドブリボエ「ハハ、参ったな。」

いつもの日常を今日この会話から確認でき、デサンカは安心を得ていた。
地元で大学の講師をしている夫のドブリボエの声がデサンカは好きだった。
ただ、それが今この一時の安心である事を、本当は彼女も理解していた。

適時に蒸らし終えた紅茶をカップに注ぎ、少しのブランデーを垂らした。
それを持ってリビングに向かい、夫の隣に腰をかける。

39 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:15:18 ID:???
デサンカ「どうぞ。」

ドブリボエ「や、ありがとう。」

ドブリボエは淹れ立ての紅茶を早速口にして、間髪を入れずに舌包みを打った。
どうやらデサンカは、今日も紅茶にうるさい夫の心をグッと掴む事に成功していた。
その事を喜ばしいと思いつつも、デサンカは今日は団欒だけでない会話をするつもりでいた。

デサンカ「あなた…この国はどうなるのかしら。」

ドブリボエ「ん、どうしたんだい?」

デサンカ「先日、ベオグラードで小規模だけど決起集会があったと聞いたの。」

ドブリボエ「……セルビア民族主義者のかい?」

デサンカ「ええ……ユーゴはどうなってしまうのかと…。」

民族主義…これまでティート大統領により保たれていた民族融和を否定する考え。
それは即ち、他民族の排他や地域エゴに繋がっていく思想を表していた。

40 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:16:44 ID:???
これまで(問題は水面下に存在しつつも)平和的に共存する多民族国家だったユーゴが、
互いに反発し合い 隣人と手を取り合えない多民族“主義”国家へ変貌する…。
民族主義が誘導する恐ろしい未来が、聡明なデサンカには透けて見えていたのだ。

ドブリボエ「そうだね…。まずティート公は天才かつ勤勉な統治者であったけれど、
       一つだけ大きな過ちを侵し、そしてそれは修正されなかった。」

カップを置いた夫が大学講師の顔になるのが分かった。

デサンカ「それは…?」

ドブリボエ「共産主義者同盟の一党制をこの国に固めてしまった事だよ。
       政策という物は、競争相手が居てこそ磨かれていくものだ。
       ある意見を持つ人が居るとして、それを実現する為にたった一つの政党に属するか、
       それとも属しないで諦めるかの選択しか出来ないのでは、正しい社会の発展は
       有り得ないんだ。」

デサンカ「………」

ドブリボエ「それでもこの国がこれまで正しく発展してこれたのは、ティート公だけの力だった。
       彼が亡くなって、これから人々はその事を実感していくのは間違いないだろうね。
       その時に、民族主義が自分達を豊かにしてくれると囁いて来たならば…
       人々はその民族主義へとに誘導されてしまうかも知れない。」

41 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:17:57 ID:???
それが隣人を憎み、攻撃する事を意味しているとは気付かないまま…
夫は悲しそうな顔で最後にそう付け加えた。
主観や感情論からかけ離れた、非常に冷静な未来予想だった。
夫がこういう面において完全なリアリストになる事をデサンカは知っていた。
だからこそ聞いたのだ。
夫の話を聞けば、少なくとも足を地に着ける事が出来る。
どうするべきか、何を出来るかは分からないが、全てはそこからなのだ。

デサンカ「そんな未来は勘弁願いたいわ…」

ドブリボエ「ああ、勿論さ。そんな未来を黙って享受するなんて堪ったもんじゃない。
       
あの子の為にも…二人の声が重なった。
お互いの顔を見合わせ、思わず笑い合った。

デサンカ「そう言えばあの子、今日もサッカーをしていたけれど…。」

ドブリボエ「ん? どうかしたのかい?」

42 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:19:03 ID:???
デサンカ「いえ…いつも広場の中央でプレイするのに、今日に限ってサイドだったのよね。
      何かあったのかしら…。」

ドブリボエ「ふむ…怪我とか、苛めとかではないだろうね?」

デサンカ「そういう事はないと思うわ、いつも通り活躍していたし、とても楽しそうだったもの。
      それに友達の皆も、本当にいい子達ばかりだし。」

ドブリボエ「うん、まあサッカーはよく分からないけれど、一ヶ所に落ち着かないで
       色々な方法を試してみようって事なら頼もしい話だけれどね…」

デサンカ(ん…?)

夫の語尾に少し迷いのような自嘲のような色が混じっているようのをデサンカは察した。
何かを考えているがそれを話そうか迷っている、そういう空気である。
けれどもデサンカはそれに気付いても、無理に聞き出そうとは思わなかった。
必要なら話し、相談してくれるだろうという信頼があるからである。

デサンカ「…さ、もうそろそろ休みましょ、明日も講義でしょ?」

ドブリボエ「ああ、そうだね。 いつの間にかこんな時間だ。」

43 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:20:28 ID:???
デサンカ「私は洗い物をしたら寝るから、先にお休みになってね。」

ドブリボエ「ああ、ありがとう。」

デサンカ「貴方も自分のやりたいようにやって。 私達は信じてついていくわ。」

ドブリボエ「ああ……。」

デサンカは夫が飲み終えたカップを持ってキッチンに戻った。
そしてティーポットとカップを手際よく洗っていると、夫が独り言のように呼びかけてきた。

ドブリボエ「人には選択の自由がある。」

デサンカ「…ええ。」

ドブリボエ「けれど、各人に選択肢が一つしか見えなければ、その自由はないのと同じだ。」

デサンカ「……。」

きっと何か重要な事を言おうとしているのだと思った。
もしかしたら何か危険を伴う事なのかも知れないと、そんな気もした。

44 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:21:36 ID:???
ドブリボエ「この国にはTVもラジオも全国放送が無く、新聞も6共和国2自治州でバラバラ。
       当然、得られる情報もバラバラさ。8つの新聞を全て読まなければ、
       この国の本当の姿を知る事は出来ないんだ。」

つまり…自分達がこうだと信じている事が、隣人にとっては違うかも知れないと言う事だ。
それは隣人が何を見て、何を思っているのかを知る根本に問題がある…そう言っているのだ。
根本に誤解があれば、それは疑心暗鬼を容易く生み出せるという事にもなる。

デサンカ「何か考えがあるんでしょ?」

ドブリボエ「うん…いや、まあ大した事じゃないんだけれどね。
       大学の繋がりを使って、各地の新聞の内容を共有し、提供できないかなって…。」

思った通り。この夫はすでに子供と未来の為、自分の行く道が見えているのである。
それも急で厳しく、反発が起こりやすい運動などではない。
ゆっくりと人々の視野を広げ、相互理解の土台を用意しようと言うのだ。
素晴らしいと思いつつも、デサンカはこの案についての懸念に一つ踏み込んでみる事にした。

45 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:22:54 ID:???
デサンカ「でも…新聞にだって情報操作がかかるんじゃない?」

ドブリボエ「そう、だから今やらないといけない。ティート公が居なくなったとは言え、
       民族主義のお偉いさん方がすぐに無茶できるほどの不満は人々には無い。
       今から相互理解を進める事が出来れば、いざ情報操作が始まったとしても、
       その事に対して違和感や疑念を感じられるはずだ。」

そこで夫は言葉を切り、一度深呼吸をした。
珍しく多弁になっている、少し興奮しているのがデサンカには分かった。

ドブリボエ「権力を求める一部の人間を除いて、誰も好き好んで昨日までの友達を憎んだりはしない。
       そう考えるのが当然、そう考えない奴は裏切り者、と誘導される事こそが恐ろしいんだ。
       自分の考えを持っている人が一人でも多くいれば、どうにかなるかも知れない。」

デサンカ「今のうちから、思考を放棄しない道筋を作っておくという事ね。」

ドブリボエ「うん、まあそういう事なんだ。
       一応、ベオグラード大学とサラエボ大学の教授とは話が通っているんだよね。
       特にベオグラードのマルコヴィッチ教授は非常に興味を示してくれてね…」

46 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:24:24 ID:???
デサンカ「さすがアナタ、格好良いわ。」

デサンカは胸の奥から溢れてくる気持ちを言葉にし、夫に告げた。
それを聞いた夫は照れ臭そうに指でポリポリと頬を掻いている。
いつだってそうだった。この一見頼りなさそうに見える夫がどれだけ勇気を与えてきてくれた事か。

ドブリボエ「いや、どれだけの事が出来るかわからないけどね。
       それに民族主義者からいずれ睨まれる事にもなる。
       そのぅ…またキミに迷惑をかけるかも知れない。」

デサンカ「大丈夫よ、迷惑だなんて思う筈がないわ。
      それにアナタが留守の時は、あの子の事は私が必ず守ります。」

ドブリボエ「うん、助かるよ…。」

47 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:25:26 ID:???
デサンカは心からの安堵と幸福感に包まれた。
ここ数ヶ月間 漂っていた、薄ボンヤリした不安を夫が取り除いてくれたのだ。

洗い物を終えると、デサンカは夫の胸に飛び込んだ。
照れ臭そうにしていた夫はいよいよ顔を赤くし、その様子がまた愛おしかった。
二人でリビングを出た後、少しだけ息子の部屋を覗いてみた。
ベッドでグッスリと眠っている息子の姿が見えた。
何があってもこの子は必ず守ってみせる、デサンカはそう心に誓った。

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