キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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【そんなタイトルで】アナザー カンピオーネ1【大丈夫か?】

79 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:53:13 ID:???
1-9)明日への扉

ガチャッ…
鍵を開けて扉を開くと、相変わらずの風景が待っていた。
椅子に座った少年は、扉の音に反応してこちらを一瞥する。
…だが、それだけである。

ジョアン「ただいま…。」

少年「……。」

ジョアン「………。」

帰宅を告げるジョアンの言葉に対して返信はない。
そしてまた視線を移し、ボンヤリと窓の方を見つめるのだった。



―――――BJが出て行ってから20日

季節は夏から秋に移ろうとしていた。
少年は あの日以来、一言も口を利いていない。
その瞳は依然変わらず生気を失ったままだ。
食事を取る、夕方決まって とあるTVアニメを観る以外、
生きているのか死んでいるのか、ジョアンでさえ判らなくなる有様だった。

80 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:54:15 ID:???
ジョアンはこの20日間、3つの努力をしていた。
一つは可能な限り少年に話しかける事。
置かれている状況についてはともかくとして、今の少年の状況で社会復帰は不可能と思われた。
それは少年が周囲を緩やかに拒絶し、コミュニケーションの一切を絶っているからだ。
ジョアンは少年に一言だけでも喋って欲しかった。
少年のためにも、自分のためにも。

一つは少年と散歩をする事。
黙っていると、少年は一日中椅子に座っている有様で、全く身体を動かさない。
これでは筋肉が固まり、衰弱し、いずれは生命維持に必要な代謝に悪影響が出る。
また、おそらく少年は成長期の最中である。
この時期に身体を全く動かさないのは、筋肉や骨の発達を阻害してしまう事が懸念された。
とは言え、表立って外を出歩くのは危険かも知れなかった。
故にこの散歩は専ら陽が落ちた後の夜中、ホテルの極近隣でのみ行った。

そして最後の一つ……それはこの国について知る事。
ジョアンは陽が出ている時間帯、さらに少年が眠っている時を見計らい、
図書館に出かけて国の歴史や文化を調べ、また新聞を取り寄せて情勢を調べた。
…あの事件は只の乱闘、暴動と呼べる物だったのか。
違うのであれば、少年やその両親が命を狙われたのは何故か。
狙ったのは一体何者であるのか。
そして何より…これから先、少年がこの国で生きていく道筋があるのか。
ジョアンは制限された立場ながら懸命に調べ、考察を積み上げていった。

81 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:55:15 ID:???
今日 今まで出かけていたのも、日用品の買い出しだけでなく図書館で調べ物をしていたのだった。
この日ジョアンは遂に、幾つも存在した疑問について、ある程度の解答を導き出した。
…にも関らず、ジョアンが浮かべている表情は、沈痛という表現が相応しかった。
それは 導かれた答えが、少年にとってあまりに残酷だったせいだ。

ジョアンはグラスを2つ取り出し、買ってきたオレンジジュースを注いだ。
一方を少年の手に包ませ、飲みなさいと声をかけた。
そのもう一方を片手に、窓際の椅子に座った。
身体が重かった。 けれど頭だけはやたらクリアで、さっきまで考えていた内容が勝手に反芻される。
導き出した答えは絶対とは言えなかったが、全くの的外れとも思えなかった。

ジョアン(あの乱闘は十中八九、仕組まれた物だった筈だ。
      レッドスターとラドニツキのサポーター同士、憎しみ合う理由はない…!)

この国の中において、民族間の対立が歴史的に存在していた事はすぐに分かった。
特にセルビア民族とクロアチア民族の対立は根深い物であった。
だが今回の事件にそれは一切関わりないと思われた。
何故ならレッドスターのホームであるベオグラードも、ラドニツキの
ホームであるニシュも、いずれもセルビアに属する都市だからである。

82 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:56:37 ID:???
さらにニシュではセルビア以外の民族もそれなりに暮らしているが、土地柄か温和な人間が多く、
民族間では憎しみ合うどころか協力し合う、理想的な民族融和都市であった。
このような都市、チーム同士という背景で、乱闘が起こる事は通常考えらない。
よしんば小競り合いが起こったとして、スタジアム全体に波及するなど有り得なかった。

ジョアン(即ちあの乱闘は本来なら起こり得なかったという事…
      何者かによって起こされた、乱闘に見せかけた殺人だった可能性が考えられる。
      しかも非常に大規模な人間を動員した、組織的な殺人だ。)

そんな大がかりな人数を動員出来る組織とは何か…?
それはもはや国、政治団体、宗教くらいに限定されてくる。
国であれば秘密警察を使い秘密裏に進めるだろう。
宗教ならばムスリムのテロという事になるが、あの規模でムスリムが集まれば流石に判る。
何より、こんな田舎でテロを行なうなんて非効率としか言えない。
このような理由から、最も怪しいと思われたのは消去法で政治団体であった。

83 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:57:45 ID:???
セルビアの一田舎であるニシュで起こされた大がかりな事件。
民族間のトラブルでなければ、民族内のトラブルである。
それは突き詰めると、民族主義者と そうでない者とのトラブルだと想像がついた。
セルビアで政治を主導している民族主義者にとって、民族主義でない者は裏切者という考えらしい。
誇張でないとするならば、この国の政治団体が如何に過激かは想像に難くなかった。

だがそこまでである。
少年の一家が命を狙われ、奪われた理由については何も分からなかった。
少年の父親、或いは母親について何も調べがつかなかったからである。
彼の両親が民族主義者にとって、ユダであったかサタンであったか、それは想像するしかなかった。

けれどジョアンにとって本当に重要なのはその事ではなかった。
肝心なのは少年がこの国で生きていく道と…
そして頭の片隅で密やかに考えた、少年のサッカー選手としての可能性だった。

だが残念ながら 今日まで調べた結果、多くの意味でそれは絶望的であると言えた。
少年自身の命が今後も狙われる可能性を否定できないのが一つ。
そしてもう一つ、巨大な懸念がある事をジョアンは理解していた。

…それは国家の崩壊だった。

84 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:59:06 ID:???
この国を国家として成り立たせていた、たった一つの心臓が失われた事をジョアンは知った。
潜在化している地域格差、ソビエトとの関係悪化、抑圧される民族主義者。
抑え付けられてきた問題が噴出した時、この国は国足る事が出来るだろうか?
どれほどマシな過程を通ろうとも、分裂は免れない事は明白だった。

ジョアン(この流れは止まらない…いや、導かれると言っても過言ではないか…。
      10年先か、15年先か…この国はきっと大きく揺れ、破滅を迎える。
      その時この子は幾つになっているだろう?)

18歳前後からその先10年の間…といったところだろうか。
この国の兵役は20歳から1年。国が国として形を成さぬ争乱となれば、その最前線に立つ事になる。
命…脚…心…この少年が失う物はどれだけであろう…想像してジョアンは首を振った。
両親を失い、記憶を失ったこの少年の頭上には、太陽の姿が見えなかった。

(ポツリ)

ジョアン「私が…」

それを口に出そうとしたが、やはり言葉にならなかった。
自分にそんな資格は無いと、もう一人の自分が言うのだ。
ロベルトへの罪の意識、失われた自信、サンパウロから逃げるように去った事への後ろめたさ…
その全てがジョアンの意志を雁字搦(がんじがら)めにしていた。

85 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:00:07 ID:???
ジョアン(………)

顔を上げる力も出ない。 未来に太陽が見えないのは自分も同じだと気付いた。
溜息と自嘲が重なり、視界が闇に包まれていた。 その時だ。

ガタッ…

近くで木が擦れる音がした。
ジョアンが顔を上げると、その視界に人影があった。
少年だ、少年が椅子から立ち上がったのだ。

ジョアン(おお…。)

これまで自らの意志という物を見せる事のなかった少年が突如として立ち上がった。
一瞬何が起こったのかジョアンには分からなかった。
だがそれだけではなかった。 少年はジョアンの方へと歩いてきたのだ。

86 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:01:17 ID:???
ジョアン「ど…どうしたのかね?」

少年「……」

その問い掛けに少年からの応えはなかった。
ジョアンは怪訝そうに少年を見つめていたが、やがて気がついた。
少年の視線の先は、自分ではなく窓であった。
ジョアンは立ち上がって窓の下の光景を確認した。
この時の歓喜と驚きは、これまで体験した事もないほどの光で満ちていた。
そう、窓の下で繰り広げられている光景は子供達のストリートサッカーだったのだ。

ジョアン「サ…サッカー、もしかしてサッカーがしたいのか?」

震える声でジョアンは問いかけた。
少年は言葉の代わりにコクリと頷いた。

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