キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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【SSです】幻想でない軽業師

1 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/20(土) 21:45:02 ID:???
Act.1 その時の結末

後半16分。

45分ハーフ、現時点で5−3でのビハインドという劣勢。

佐野「ハァ……ハァ……!」

フランス国際Jrユース大会、準決勝。
全幻想郷Jrユース対、魔界Jrユース。
どこからどう見てもJrユースという年齢層には見えない選手たちを抱えながら、
両チームはぶつかりあっていた。

ぶつかり合った結果が、先に出したスコアである。
電光掲示板に映るその数字を見ながら、魔界Jrユースの――キャプテンですらない、一選手。
"彼"は、走り回る。
走り回る事しか、今の自分に出来る事は無いと知っているから。

佐野「(ふざけんな……! ふざけんなふざけんなふざけんな!!!!)」

叫びたい気持ちを、押し殺しながら"彼"はひた走る。
その脳裏に、ここまでの道程がフラッシュバックした。

ボール運び程度なら出来ると、幻想郷へと召喚され。
しかしながらゲームメイカーには到底足りないと勝手気ままに烙印を押され、あっさり現実へと送還。
かと思えば使い道はあると言われ、妖怪の賢者に送り込まれた先はサッカー未開の地、命蓮寺。
まるでサッカーの素人ながら、素質はある彼女たちと切磋琢磨をし、
召喚の根本となった賢者の傍らにいる天才に羨望の目を送り、そして要因となった魔王をめざし。

104 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:10:55 ID:???
穣子「ま、いいわ。 とりあえず座りなさいよ」
反町「俺の部屋だぞ? ……まあ座るけど」
穣子「うん、よろしい」

穣子に促されるまま、着席をする反町。
穣子もまた、その対面に座り……再び、口を開く。

穣子「で? 八坂様達に会ってきたのよね? ちゃんとご挨拶出来た? 粗相はしなかったでしょうね?」
反町「小学生じゃないんだぞ、そんな言い方ないだろ……まあ、緊張はしたけどちゃんと話は出来たと思う」
穣子「そう? なら、いいけど」

相も変わらず反町を子ども扱いしているとしか思えない言葉に辟易しながら、
ともかく今日あった事を反町は説明した。
早苗がわざわざ迎えに来てくれた事、諏訪子がにまにましながらも愛想よく反町を歓迎してくれた事、
カルツ――もとい、西尾?が謎の郷土愛を見せながら、守矢フルーツズに残っていた事。

そして――。

反町「神奈子さんから言われた」

最初は不機嫌そうで、反町に対してやけに敵意を剥き出しにしていた神奈子が――。
しかし、やがて、早苗についてのこれまでを語り……これからの事について語った事を。即ち……。

反町「……守矢フルーツズに、移籍をしないかって」
穣子「……そう」

105 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:12:40 ID:???
正直な所を言って、これを穣子に対して話すべきかどうかも、反町は迷った。
オータムスカイズのキャプテンである反町は、それ相応の責任というものも持ち合わせている。
そんな反町が他所からの引き抜きがあり、それに対して迷いを見せているとなれば……。
神奈子と反町、双方にとっても、あまりいい噂は立たないだろう。

だが、それでも……反町は穣子には話しておきたかった。
それが穣子がこんな事を誰にも話さないと信じての事だったのか。
はたまた、迷いを誰かに打ち明けて楽になりたいという気持ちがあったのか。
それはわからないが――いずれにせよ、反町が穣子の事を信頼しての吐露であったのは違いない。

そんな告白に対して、穣子は少しだけ驚いた様子を見せながら……。

穣子「で? あんたはどうするの?」
反町「…………こんな事言ったらどうかと思われるかもしれないけど、迷ってる」

外の世界に帰るか。オータムスカイズに残るか。守矢フルーツズに移籍をするか。
3つの選択肢は、提示された時から、ずっと反町の脳裏に焼き付いて離れなかった。
これがもし、自分の中に小さな自分たちがいて、それらが多数決を取り決定するという方式なら……反町はここまで迷っていなかっただろう。
しかし、当然ながら反町の中にはそんな便利な機能などついていない。
故に迷う。

106 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:14:28 ID:???
反町「どれもこれも……選べないんだ。 どれが正しいのかもわからない。
   神奈子さんに話を聞いた時は、確かにそれも魅力的だなって思った。
   でも、こうして穣子の顔を見たら……この家に帰ってきたら、やっぱりオータムスカイズにいたい。
   ……両親の顔を見たら、多分外の世界に戻りたいと思うんだろうな」

優柔不断なんだ、と、自嘲気味に言う反町に対して……。

穣子「空中☆お芋チョップ!」

ぺちっ

反町「いてっ!」

穣子はその必殺技をぶちかました。

107 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:16:20 ID:???
ぺちん、といい音を立てて反町の額に突き刺さる穣子の手刀。
いや、手刀でぺちんなんて音は立たないだろと思いながらも反町は首を傾げながら額を摩り……穣子を見やる。

穣子「男ならとっとと決めなさい! 情けない!!」
反町「うっ……しょ、しょうがないだろ。 一生を決める事なんだから!!」

そう、一生を決める事だ。
厳密にいえばそれは外の世界に帰るか否かの選択が主ではあるのだが、
仮に幻想郷に残るとしてもオータムスカイズに残るか守矢フルーツズに移籍をするかではやはり大きな違いがある。
だからこそここまで反町は悩みに悩んでいたのだが、穣子はそんな言葉を鼻で笑い飛ばした。

穣子「一生を決める事だからって、うじうじ考えてるだけじゃ埒あかないでしょ!
   大体がさ……一生を決める事って言っても、あんたが考えてるのずっとずっと、すぐそこの事ばっかじゃない」
反町「はぁ? どこがだよ!?」
穣子「外の世界に帰ったら両親や友人がいる。 ええ、いるでしょうね。 いつまで?
   外の世界に戻ったら、ずっとその人たちと生活するの?」
反町「それは……いや、そういう話じゃないだろ!?」
穣子「そういう話よ、これは」

些か乱暴ではある、あるが――穣子の言葉にも、一理くらいはある。
今の反町は、あくまで立場としては中学生。
当然ながら親元で過ごし、そして友人らと仲良く遊ぶというのが普通だ。
だが、反町も大人になれば親元は離れる。進路が違えば友人と会う機会も少なくなる。

穣子「要は早いか遅いかの話でしょ? 違う?」
反町「いや……」
穣子「幻想郷に残るにしたってそうよ。 オータムスカイズを離れたくない、
   って言ったって、このチーム出来てまだ半年すら経ってないくらいよ?」
反町「………………」
穣子「私だって愛着はある。 でも、それに引きずられてちゃ駄目でしょ」

108 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:17:39 ID:???
穣子「……もっと先の事考えなさいよ」
反町「先の事って……なんだよ?」
穣子「将来、どうなりたいとか。 どうしたいとか、あるんじゃない?」
反町「………………」

将来、と言われても、反町には当然明確なビジョンというものは無かった。
反町一樹15歳、将来を考えてもおかしくない年齢ではあるが、そんなこと考えずアッパラパーに遊び呆けてるのが大半の年代である。
しかし、ことここに至って、反町は考える。

反町「(Jrユース大会の時は……)」

いつだったか、偶然観客席で西ドイツのダブルストライカーと相対した事があった。
即ち、西ドイツの皇帝――カール=ハインツ=シュナイダー。
そして、紅魔館の吸血鬼――レミリア=スカーレット。
彼女たちを前にして、あの大会でNo.1のストライカーとなると宣言をした反町。

実際、反町はその証明として西ドイツに快勝。
それどころか得点王と大会MVPのW受賞までし、名実ともに大会No.1ストライカーとなったのは記憶に新しい。

反町「(シュナイダーやレミリアさん達だけじゃない……)」

ウルグアイのラモン=ビクトリーノことブラックファルコンと、星熊勇儀。
イタリアのフランドール=スカーレット。
フランスのルイ=ナポレオン。
魔界の魅魔と……幽香。
そして、全日本の日向小次郎と比那名居天子。

いずれとも戦い……しかし、ストライカーとして勝利をしてきた。
だが、まだ足りない。

109 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:18:57 ID:???
反町「(フランス国際Jrユース大会では……確かに、俺は得点王が取れた。
    だけど……あの大会には、ブラジルをはじめとして、他の強豪国と呼ばれるチームも参加はしていなかった。
    それに……俺は、森崎から一度もゴールを奪えていない……)」

祝勝会の際、輝夜に対して吐露した心情――森崎有三からゴールを奪えなかった事への、悔しさ。
頂点を掴んだ、掴んだが――それでも、まだ目指すべき場所がある。辿り着きたい境地がある。

反町「俺は……俺は、世界一のストライカーになりたい」
穣子「………………」
反町「誰にも文句を言わせないくらい、お前が一番だって言われるくらいの決定力を手に入れて。
   ……そして、どんなキーパーが相手でも負ける事が無い。
   世界一のストライカーに、俺はなりたい」

この幻想郷へとやってきたのは、反町からしてみれば偶然であった。
チームを作ったのも、成行きだった。
劇的な成長を遂げたのは、ただ勝ちたいが故だった。

成長をして、強くなり――その上で、自分が何をしたいのか……何になりたいのか。

反町一樹はこの時、初めて考え、結論を出した。
先ほどまで迷っていた三択とは違い、スッパリと、綺麗に。
それを聞いて、穣子は少しだけ寂しそうに笑みを浮かべ……。

穣子「……なら、どうするのが近道か。 わかるんじゃない?」
反町「………………」

言われ、反町は考えた。

110 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:20:20 ID:???
まず、外の世界へと戻るというもの――強くなる、という一点を考えれば……まずその選択肢は消えた。
『秀才』である反町にはわかっていた。
確かに前回のJrユース大会で、全日本は準優勝という、アジアの島国にしても優秀な成績を収めたと言える。
だが、そもそも世界と日本とのサッカーのレベル差というものは、大きく開いている。
Jrユースレベルならともかく、この先――ユースレベルとなってくるとどうなるのか。
予想をするのは、決して難しい事ではなかった。

ならば取るべき道は、幻想郷へ残るというもの。
オータムスカイズに残るか、守矢フルーツズに移籍をするか――二択に絞られる。

反町「(強くなりたいなら……強くなる、という観点だけを見るなら……)」

練習設備は、守矢フルーツズの方が整っていた。
オータムスカイズが練習で使用をしているのは、人里近くのコート。
決して設備が整っている訳ではなく、そして移動をするのも多少不便ではある。

逆に守矢フルーツズは、専用の練習グラウンドを神社のすぐ近くに設置していた。
乾と坤を創造するらしい二柱が主に手作業と河童たちの手伝いをもとに作ったというそれは、
地面が土の人里近くのコートと違い芝が生え、電気が通っているらしく夜間に練習出来るようライトもある。
おまけに神社からは近い、と文句のつけようがなかった。

反町「(それに……大妖精と早苗さん……)」

そして、反町が主に練習相手としたいのはGK――オータムスカイズならば大妖精、守矢フルーツズなら早苗となる。
どちらも幻想郷を代表するレベルで高い技術を持ったキーパー同士であったが……。

反町「(大妖精……俺のシュート練習にあまり付き合ってくれないんだよな)」

反町も薄々感づいてはいたが、大妖精は反町の事を――。
というよりは、反町のシュートを畏怖している。

111 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:21:21 ID:???
元々気弱な性格である大妖精。
反町が何人もの守備陣を吹き飛ばし、派手にゴールを決める所を見て最初は頼もしく見ていたものの、
しかし、やがてそれは自分の身に降りかかったらどうしようという恐怖心と成り下がっていた。
当然ながら、そんなシュートを食らう練習を、彼女が付き合ってくれる道理はない。

逆に早苗ならどうだろう、と反町は思う。
彼女も基本的には好戦的なタイプではないが――だからといって、臆病ではない。
Jrユース大会が始まる以前は、幾度となく反町の暴力的なシュートを受けながら、吹き飛びながらも、
何度も立ち上がり果敢にゴールを守ろうとしていた。
お互い思いを通じ合えたから、というだけでなく。
共にサッカーをするという上でも……練習を行う上でも、彼女はきっと反町の大きな助けになるに違いない。

反町「………………」

2つの事柄を考えるに、強くなる為には――。

穣子「守矢に行きたいんでしょ?」
反町「…………」

守矢に行った方が、一層、レベルアップを図りやすくなる。
少なくとも、反町はそう結論づける事が出来た。

だが、それでもなお――迷う。

反町「俺は……このチームを立ち上げた時、言ったんだ。 『和を大切にするチーム』にしたいって」
穣子「ん、そうね。 覚えてる」

112 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:22:36 ID:???
チームメンバーを集め、キャプテンに就任した時、反町はそう宣言した。
東邦学園とは違う、全日本とも違う、仲間との協調と和を大切にしたチームにしたいと。
……実際の所はともかくとして、少なくとも、反町はそうなるよう努めてきたつもりだったし、
これからもそうしていきたいと思っていた。

反町「その俺が、チームを抜けてどうするんだ? ……神奈子さんの話では、吸収合併でも構わないと言ってたけど」
穣子「それは無理ね。 ……私達が抜けるつもりがないから」
反町「……うん」

或いは、まだ、オータムスカイズが守矢に吸収されるという形でならそれもよかったかもしれない。
だが、それは穣子たちが否定をする。

『信仰』

穣子と静葉は、信仰を集める為にサッカーをしている。
無論、吸収合併された所で、彼女たちに出番が来て、相応に活躍をすれば……それなりに集まるかもしれない。
ただ、それはあくまでそれなりだ。
チームの顔は、やはり『守矢フルーツズ』と名乗る以上は、守矢に名を連ねる神々である。

穣子「それに信仰云々は抜きにしたって、私はこのチームに愛着あるしね。 さっきは半年も経ってないとは言ったけどさ」
反町「それを言うなら、俺だって……!!」
穣子「あんたは違うでしょ。 明確に、やりたい事が見つかったんだもん。
   ……惰性や責任感で、このチームに残り続けるなんて……そんなのあんたが許しても、私が許さない」

反町がなお縋ろうとしても、キッパリと穣子は言い切った。

穣子「あんたはあんたの夢を追いなさい。 ……ここまでずっと、チームの為に頑張ってきたんだもん。
   あんたが多少の我儘を言った所で、バチは当たらないわよ」
反町「……いいのかな」
穣子「とーぜん! この私が『バチが当たらない』って言ってんのよ?」
反町「………………」

113 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:23:52 ID:???
選択肢を出され、迷い、項垂れていた少年は――女神の後押しを受け、一歩踏み出す事を決意した。
目の前の女神は、いつもの快活な笑みを浮かべている。

穣子「いつか言ったでしょ? あんたには感謝してるって。
   何があっても、私は絶対あんたにご利益を与えてあげるって」

それはいつの事だったか。
ヒューイやリグルを始めとして伸びていく選手たち、新たに加入をした戦力。
それらに押しつぶされそうになった時期が、穣子には確かにあった。
その際、助けてくれたのは誰か。見捨てなかったのは誰か。
穣子は確かに記憶をしている。

穣子「八坂様達には及ばないけど、これでも神様なんだからね!
   信仰してくれた人間には、とーぜん! その分の見返りを与えないと!」
反町「………………」
穣子「皆が反対するなら、私が話つけてやるわ。 あんたはあんたの事だけ考えなさい」
反町「……うん」
穣子「勿論、あんたが守矢に移ろうが何しようが、私達だって負ける気はないけどね!
   私達にほえ面かかされて、間抜けな顔しないようにあんたも頑張りなさいよ!」
反町「ああ……ありがとう、穣子。俺……」
穣子「………………」

反町「俺、守矢フルーツズに移籍するよ」
穣子「…………ん、それでよし!」

………
……


114 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:25:36 ID:???
それから一言、二言、2人は会話を交わし……穣子は反町の部屋を出た。

穣子「ふぅ……」

部屋を出るなり溜息一つ――それでも、パンパン、と、顔を張ると自分の部屋に戻ろうとして……。

静葉「……一樹くんとは話が出来た?」
穣子「姉さん……」

廊下で、静葉と顔を合わせる。
ぎこちなく首を縦に振る穣子に対し、静葉は無言で自身の部屋を指さし穣子を招き入れ……。
穣子はそれに素直に従い、2人は静葉の部屋で対面をする。

静葉「…………それで?」
穣子「ん……やっぱ、姉さんの言う通り、八坂様に勧誘されたってさ」
静葉「そう……(やっぱり、そうなるわよね……)」

今日、反町が守矢神社へ挨拶に行くと言っていた際――否、もっと前。
即ち、あの祝勝会で度胆を抜かれる大告白があった際から、静葉はそうなる事を予感していた。

愛する者と戦うよりは、チームを共にして支えとなるという選択肢。
ついでに言えば守矢のFWはポストプレイヤーである諏訪子――純粋なストライカーである反町は、喉から手が出る程欲しい筈だ。
感情論で言っても、理屈で言っても、早苗と反町が互いに愛し合っており、
そしてその早苗があの2柱に信仰を捧げている以上は自然な流れである。

静葉「それで……一樹くんは?」
穣子「迷ったって。 愛着のあるオータムスカイズに残るか、それとも家族のいる外の世界に戻るか、それに守矢に移籍するか。
   でも……聞いたの。 あいつ、世界一のストライカーになりたいって」
静葉「……うん」
穣子「だったらね……どこに行くのが1番いいか、わかるんじゃない?って……私言ったの」
静葉「…………そう(早苗を支える訳でもなし、ね)」

115 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:27:31 ID:???
穣子の言葉を聞きながら、静葉はそう考える。
無論、そういう気持ちも多分にはあるのかもしれない――ただ、揺れ動いていた1番の要因となったのは、
そういった感情ではなく、実利の面だった……というのは、静葉の脳裏にしっかりと刻まれている。
目の前にいる妹は、自分がそう背中を押したのだからかは知らないが、そんな事を考えている由は無いが。

穣子「そしたら……反町は、守矢に行きたいみたいでさ」
静葉「ええ……」
穣子「ハッパかけてやったわ! ならうじうじ迷ってないで、とっとと行きなさいって!
   これまでこのチームを支えてきたんだもん、そんくらいの我儘、皆許してくれるわよって」
静葉「……そう」

それは静葉にとっては予想の範疇で――しかし、当たって欲しくは無かった事である。
許す許さないで言えば、静葉としても……許さざるを得ない。
そもそも幻想郷サッカー界では選手の移籍自体、頻繁に起こっている。
反町が――例えキャプテンだとしても、オータムスカイズを離れるという事に、誰も文句を言う道理はない。
道理はないが……あまりにも、痛すぎる損失だ。

静葉「(穣子なら……そうね、穣子なら、そういうわよね……)」

今日、穣子が反町の部屋を訪れ、今後の事について話し合うという事も静葉は知っていた。
或いは穣子の言葉なら、反町が思い直し、オータムスカイズに残る選択肢を選ぶのではないかとも思って。
――神奈子に誘われた際、反町の気持ちがそちらに傾くというのは、静葉にはわかりきっていた事である。
ここよりも、外の世界よりも、優れた環境である守矢フルーツズ。
ただ『強くなる』という一点だけを見れば、その選択肢を選ばない筈が無い。

それでも、静葉は反町がオータムスカイズにかける愛着にかけたかった。
穣子に対する感情にかけたかった。
しかしながら、それは敵わなかった――と、知った。
それを伝えた穣子の後押しがあったからなのか、純粋に実利だけを見ての選択だったのか、反町ではない彼女にはわからなかったが。

116 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:29:07 ID:???
静葉「……寂しくなるわね(そしてそれ以上に、チームとしては戦力の大幅ダウンが逃れられない。
   一樹くんだけじゃなく……他の事を考えると)」
穣子「まあね……でもさ、仕方ないじゃない」
静葉「穣子……」

穣子を励ましながらこの先を考えていた静葉は……しかし、視界に映った穣子の顔を見て声を失くす。
彼女は笑っていた。笑いながら――大粒の水滴を、ポロポロとその瞳から流していた。

穣子「あいつは……強くなりたいって、言ってるんだもん。 もっともっと、だってさ。
   大会で得点王取っても、MVP取っても、まだまだ満足してないのよ」
静葉「………………」
穣子「私だってさ、もっとあいつと同じチームで一緒にいたかった。 けどさ、もう、邪魔だもん」

静葉はゆっくりと静葉に近づき、その背中を摩る。

静葉「………………」

いつだか、フランス国際Jrユース大会の際――試合中、体力を使い果たして倒れこんだ穣子。
医療室へと担ぎ込まれ、大事には至らなかったものの気絶をして眠り……。
その際、見舞いへとやってきた静葉との問答を思い出す。

穣子は確かに、反町に対して親愛の感情を抱いていた。
それが男女のそれだったのか、或いは家族としてだったのかはわからない。
少なくとも、その時は、弟みたいなものだから、放っておけないから、と穣子は言っていた筈だ。
そう、放っておけなかった。
放っておきたくなかった。
ずっとそばで、彼の成長を見守り――彼と共にありたかった。

117 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:30:54 ID:???
穣子「だけど、あいつは早苗が好きだって言うし、早苗もあいつが好きだし!
   強くなれて、思い人のいる所にいれるなら、それが1番じゃない!」
静葉「……そうね」

しかし、それは叶わない。
いつかの時に静葉が言ったように、少年は成長をする。いつまでも見守るという事は出来ない。
そして、どれだけ絆を結んでも、それは男女の愛にはきっと敵わないのだろう。

穣子「私は、あいつに言ったわ。 いつかあいつに受けた恩は、信仰は、必ず返してやるって」
静葉「………………」
穣子「それが女神である私の誇りだって。 でも、でもね……私、あいつにまだ何も出来てない……」

それは違う、と静葉は言いたかった。
確かにサッカーではずっと反町の世話になっていた、反町がここまで引っ張ってきた――それは疑いようの余地も無いだろう。
だが、日常生活でも――そして、繋がりとしても、誰よりも支え続けていたのは穣子だ。
いきなり幻想郷へとやってきて、右も左もわからない反町を助けていたのは、穣子だ。
……それを言っても、彼女は納得しないのだろうから、静葉はじっと口を噤んでいたが。

穣子「私だって、別れたくない……」
静葉「………………」

それがきっと、穣子の本音なのだろう。
それでも、彼女は、自身の誇りや、何よりも反町の事を思って、身を引く事を決断した。

静葉「(一樹くんを……引き留めたい、所なのだけど)」

誰よりも近くにいた穣子がそう言うのだ。一体、どうして静葉が引き留める事が出来るだろう。
それは静葉だけではなく、このオータムスカイズにいる――他の誰にも言える事だ。
穣子がそう決断をした、ならば、それに口を挟める者など――空気を読まない何人かはいるだろうが、それもまた、静葉が許さない。

118 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:32:35 ID:???
穣子「反町と離れるなんて……やだよぉ……」
静葉「………………」

いつしか静葉のやや寂しい胸に顔を埋めながら、嗚咽し、穣子は呟いた。
静葉はやはり、黙ってその頭を撫でてやる。

静葉「よく頑張ったわね、穣子。 本当に……よく頑張ったわ」
穣子「うぅぅ……」
静葉「(ただ……穣子と一樹くんは、神と人としては、あまりにも近すぎた。
    ……結果的には、これが良かったのかもしれない。 ……穣子には、残酷な事かもしれないけれど)」

穣子を慰めながら、そうも思う静葉。
確かに穣子と反町の関係は、近かった――近すぎた。
それを考えれば、反町がオータムスカイズから離れる事も、決して悪い事ばかりではないと。

彼女はまだ知らない、白熱した幻想郷サッカーブームが、これから更なる盛り上がりを見せていく事を。

静葉「(……後は、私が頑張る番ね。 穣子の為にも……このチームの為にも)」

彼女は知っていた、反町が守矢フルーツズに移籍する上で、何名かの選手が反町に続き移籍をする可能性を。

静葉「(このチームが得てきた名声を……失墜させる訳にはいかない)」

誰もまだ知らない、稔りに稔った秋の空に……静かに終焉の日が近づいていた事を。

反町一樹が守矢フルーツズへの移籍をチームメイトに発表したのは、その翌日の事である。

119 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/28(日) 22:36:13 ID:???
早苗「(ヒロインレースに)勝ったッ!第3部完!!」
という事で早苗さん大勝利で一旦ここまで。
ここまでの流れは賛否両論あると思いますが、多分、あの時あのまま続いていたとしても、仮にJrユース大会後の進路は、
反町は守矢移籍ルートになっていたかなと思います。

次回は、反町移籍を受けてのオータムスカイズチームメイトの動向などを書けたらと思います。
それでは。

120 :森崎名無しさん:2018/01/28(日) 23:33:03 ID:???
乙です
穣子さんが良い女すぎる…妻として反町を支えてやってほしい

121 :森崎名無しさん:2018/01/29(月) 01:29:16 ID:???
移籍の理由の一部としてシュート練習したいからってのがなんともシュート魔王らしいというか
とはいえ、穣子が行かないでって言ったら残ったんだろうなぁ
穣子もそれが分かってて移籍しろって言ってるんだろうな

122 :森崎名無しさん:2018/01/29(月) 06:29:58 ID:???
早苗さんルートだと移籍しか道がなかったんやなって……
穣子ルートも見たかった

123 :森崎名無しさん:2018/01/29(月) 08:47:43 ID:???
メタ的に大妖精が練習に付き合ってくれないって結構影響あったんですか?
これがプロチームの話しだったら大妖精が批判される案件だとは思うが

124 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 21:56:46 ID:???
>>120
乙ありです。
早苗「浮気は絶対許早苗」

>>121
行かないでと言っていたら……まぁ、残っていたでしょうねぇ。
結局の所はやや守矢移籍に傾いていたくらいなので、ぐいっと引き戻せばそちらに行っていました。
穣子さんはそこを逆に押し返しちゃった感じですね。

>>122
途中までは穣子をヒロインのつもりで書いていたんですけどね……。

>>123
練習に付き合ってくれない、付き合ってくれてもビビりまくってて罪悪感が半端無いって感じですね……。
批判とかもされないと思います。殆どの人は付き合いたくないと思うでしょうし。
実は大妖精の反町に対する感情とかは、本編の日向に対するタケシや反町のそれのオマージュのつもりでした。
反町「選べ、俺のオータムドライブを受けて全治不明の重体になるか、俺が敵を吹き飛ばす所を味方として見るか」

短いですが投下します。

125 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 21:57:51 ID:???
Act.4 終焉の秋

反町一樹が守矢フルーツズへの移籍を発表したその日である。
秋静葉は、所属をしているチームメンバーに召集をかけた……当人である反町を除いて。
機を失う訳にはいかないと、彼女の行動は迅速であった。

静葉「(一樹くんが移籍をすると発表して日を置けば置くほど、状況は悪くなる……対応は迅速に。
    だけど、冷静に)」
橙「お、遅くなりましたにゃ……藍様に呼び出しを受けていて……」
静葉「いえ、時間通りよ。 さ、座って」

オータムスカイズの誇る右の俊足サイドハーフ、橙の謝罪を笑顔で許しながら、
静葉は橙に着席するよう促す。
橙はそれに至極申し訳なさそうにしながらも、ちょこんと空いていた席に腰掛ける。

静葉「…………レティ、風見幽香は?」
レティ「駄目ね、まるで便りも何もないわ。 ……あの大会から」
静葉「……そう(それも、ある程度は予想の範疇。 ……大丈夫、まだ大丈夫)」

Jrユース大会が終わってから、まるで姿を見せる事のない風見幽香。
かつて静葉や橙、にとりとひと悶着を起こし、
加入をしてからもそのルール無用の残虐ファイトで色々と物議を醸したチームの一員である。
魔界Jrユースとして戦ったその時より、一層その残虐性は磨かれ……。
或いはこのチームにはもう二度と戻ってこないのかもしれない、と、静葉はある程度の予想はつけていた。

オータムスカイズの中でも、疑いようの無い総合力を持っていた幽香の離脱。
反町の移籍同様、これもまた痛い。
ただ、その痛さはこの2人の純粋な戦力としての計算以上に波紋を呼ぶ事になる。

126 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 21:59:17 ID:???
リグル「幽香もいなくなっちゃったのかぁ……(反町もいなくなるんだよなぁ。つまんないなぁ……)」
メディスン「………………」
静葉「(一樹くん、それに風見幽香を慕う者も多い……)」

人当たりがよく、基本的には品行方正であった反町。
暴力的ではあるものの、カリスマ性を持ち多くのメンバーを率いてオータムスカイズへと加入した幽香。
彼らがいなくなる――そして、移籍をする。
これを受けてこのオータムスカイズからこれ以上の選手の漏洩を防ぐ……それが今、静葉に求められた役割であった。

静葉は己に求心力があるとは思っていない。
力があるともまるで思っていない。
それでも、秋の空と名付けられたこのチームの為に、昨日、辛い決断を下した妹の為に。
冷静に、顔には笑みを浮かべたまま、その口を開く。

静葉「皆も聞いたけれど、一樹くんが守矢フルーツズに移籍することになったわ」
サンタナ「そうそう、あれ、なんでなの!? あの妖怪の山の変態GKになんかされたの!?」
穣子「そういう訳じゃないわよ……反町も、色々考えての結論だわ」
静葉「ええ、一樹くんも色々考えて……そして、守矢フルーツズへと移籍をする事になった。
   ………………」

そこまで言って、静葉は一拍置き、周囲を見回し……。

大妖精「あ、あの……他の選手で、オータムスカイズから守矢に移るのって……いいんでしょうか?」
静葉「(そこが1番手……か)いえ……幻想郷のチーム事情で言えば、選手のチーム間の移籍自体は何ら問題は無いわ。
   誰かが移籍をしたいというのなら、それを止める事は誰にも出来ない」
大妖精「だ、だったらその……わ、私も守矢フルーツズに移籍したいかなぁ……って」

その大妖精の発言に、多くの者たちは驚きのまなざしを向ける。
ただ、これも――やはり静葉によっては予想の範疇であった。

127 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:00:50 ID:???
静葉「(大ちゃんは一樹くんを恐れている……正確には、一樹くんのシュートを……だけど、まあそれは些細な事。
    要は彼女は、一樹くんのシュートを受けたくない。 敵対したくない。 ただ従順にいるしかない、と考えている。
    ……一樹くんのシュートで吹き飛ばされる側を選ぶか、それとも味方として一樹くんがゴールを奪う場面を見るか。
    その二択を提示されれば、迷わず後者を選ぶのは自明の理ね……)」

大妖精自身は、幻想郷でもトップクラスのセービングを誇るGKである。
ただし、彼女はその実力に見合わない程にまで、気弱だった。臆病と言える。
そんな彼女がオータムスカイズに残るという選択肢を取る筈が無い。
ある意味ここまでは予定調和であると言え……。

大妖精「チ、チルノちゃんも一緒に行こう! ね!?」
チルノ「うぇ? あたい?」
静葉「(そう、そうなる……)」

問題はその後――即ち、大妖精がチルノを引き連れて守矢へ移籍しようとする事である。
チルノと大妖精の仲については、今更説明する必要も無いだろう。
勝気でおてんばで頭が弱くて、しかし誰よりもド根性があるチルノ。
そして、そんなチルノと何故か仲良く、誰よりも彼女を気にかけている大妖精。

大妖精の性格ならば自分だけがこのチームを離れるという事を良しとしなかっただろうし、
何よりもチルノの顔面が反町のシュートで粉々にされるなど許せる筈が無いだろう。
よって、大妖精が移籍をする際にチルノを誘うというのもまた、予想が出来た。

静葉「私としては……チルノには、残って貰った方がありがたいのだけど」
チルノ「ん?」
静葉「大ちゃんがいなくなれば……やはりゴールを守るのに不安は残るもの。
   シュートに対して無類の強さを発揮するチルノがいてくれれば、それでも安心は出来るわ」
チルノ「ん……んん?」
リリーW「チルノはゴール前にて最強って言ってるですよー」
チルノ「そう! やっぱりあたいってばさいきょーね!!」

128 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:02:46 ID:???
まだ大妖精は仕方がない――彼女の意志は固い、まず説得は不可能だろう。
だが、チルノに関してはそうではない。
元々、チルノにしても当初はオータムスカイズと敵対していたのだ。
言ってみれば、大妖精と離れたチームで活動をするという事にもそこまで抵抗が無い筈である。

後はその自尊心を言葉巧みにくすぐってやれば、自然とその気になって残ってくれるだろうと考え、静葉は引き留める。

実際、静葉の予想通り、チルノはすっかりその気になった。
事実としてチルノのブロックが大妖精が抜けた場合チームの守備の柱になるとはいえ、
あっさりと感情がオータムスカイズに残る方へと傾く。

静葉「ええ、これからもチルノにはオータムスカイズの頼れる壁として……」
大妖精「だっ、駄目だよチルノちゃん!」
チルノ「え?」
静葉「……!」

後もうひと押しすれば、チルノはいとも簡単に残留を表明するだろう……と考えた矢先である。
先ほどよりも更に大声で、その静葉の言葉に待ったをかけたのが大妖精であった。
元来どちらかといえば小声である大妖精のその大声に一同が再び驚き視線を向ければ……。

大妖精「だ、駄目だよチルノちゃん……駄目だよぉ……」
チルノ「だ、大ちゃん?」

更に一同は驚く。
何せ、大妖精はその瞳に涙を浮かべていたのだから。

静葉の誤算は、大妖精の反町に対する畏怖が想像以上に大きかったという点だろう。
なまじセーブ力だけならば幻想郷トップクラスであるだけに計算違いをしていたのかもしれない。

129 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:04:19 ID:???
だが、実際に、彼女はそれだけ反町を恐れていた。
無論、大妖精は反町の事をいい人だとは思う。世話になった事もある。尊敬が出来る人だとも思う。
しかしながら、それと、反町のシュートを受けるという事は別問題だ。

大妖精「お願いだからチルノちゃんも一緒に行こう! 私、チルノちゃんがボロボロになる所、見たくないよぉ……」
チルノ「………………」

自分がそんな事になる訳ない、と、いつものチルノなら言っていた所である。
ただ、相手が親友の大妖精だ。
彼女が本当に自分の身を案じていて、親身になって言ってくれているという事は誰よりもわかっていた。
それでも、チルノは迷いを見せる。
静葉がいて欲しいと言ってくれた事もある、そして……。

チルノ「(あの人間が移籍するんだもんなぁ……)」

元々、チルノ自身が反町を嫌っているという問題もあった。
妖精トリオにばかりかまけている……依怙贔屓しかしない人間、というのがチルノの反町に対する印象である。
実際の所は言う程妖精トリオの面倒も見ている訳ではないのだが、そこはそれ。
とにもかくにも、彼女が反町に対していい感情を持っていないというのは事実だ。

チルノ「(でも、大ちゃんがここまで誘ってくれてる……)」

故に迷う。
大妖精についていきたいと思う自分、必要とされる所で――かつ、嫌いな人間のいない場所でサッカーをしたいと思う自分もいる。
あまりおつむがよろしくないチルノは、それでも目いっぱい、うんうん唸りながら悩み、考え……。

チルノ「………………」

ちらり、と視線を横に向けた。
それを受け、視線を受けた女性は口を真一文字に引き――逡巡するようにその目を閉じ。

静葉「(! まずい……)チルノ、あのね……」

130 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:06:05 ID:???
レティ「チルノが行くならば、私も行くわ」
静葉「っ!」

静葉が言葉を言い切る前に、その女性――レティ=ホワイトロックは短く告げた。

大妖精「そ、そうです! レティさんも一緒に行きましょう!!」
静葉「(……拙い。 これは……あまりにも……)」
レティ「(ごめんなさいね、静葉。 私もこのチームには愛着があるのだけど……)」

心の中で謝罪をするレティに対し、しかし、静葉は内心で歯噛みをする。
考えてみればそうである。
大妖精に誘われ、迷った挙句、チルノが最後の指針としうるのは誰なのか。
どう考えても、大妖精の次に縁の深いレティだ。

ならばレティはこの件について、どういうスタンスを取るのか。
彼女自身は、幻想郷全土で見れば希少とも言えるDFとして多くのチームから引っ張りだことなる……。
幻想郷界隈でも古参に入る選手である。
そんな彼女がこのチームに入った経緯と言えば、風見幽香とチームを結成していた為、
このチームに幽香が加入をする際共に入ったというもの。

131 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:07:09 ID:???
チルノや大妖精という顔なじみがいたという事もあり、また元々春夏冬の4人組でチームを組んでいた中、
秋姉妹がいれば真に春夏秋冬がそろい踏みする事になるというものもあったが、
大本を辿れば至って単純なものであった。

では幽香がいなくなった現状――彼女の立ち位置はどうだろう?
……非常にフラットなのである。
彼女が内心で思ったように愛着があれど、執着は無い。

レティ「(キャプテンが抜けて、幽香もいない……戦力の大幅なダウンは免れない。
     その上で私達が抜けたら、守備にまで大きく下がってしまうけれど……)」

それは重々承知ながら、レティは思う。

レティ「(あえて弱体化したチームでやる程の愛着まではない。 大ちゃんやチルノが移籍をするというのなら、なおのことね)」

レティ=ホワイトロック。体型通りの大らかさと雪のようなクールさを持つ彼女は、冷徹にそう決断を下した。

132 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:08:11 ID:???
或いはチルノや大妖精が残っていれば彼女も残留を表明したのだろうが、
大妖精は頑なに移籍を望み、チルノも迷っている状況である。
チルノに選択権を視線で委ねられた時から、彼女の選択は決まっていた。

レティ「(あちらの方が総合的な能力の高い選手が多いとはいえ、やはりDFの頭数自体はいなかった筈。
     大ちゃんは正GKを取るのは難しいでしょうけど、そういうのを気にする性格ではないし……。
     私とチルノなら、十分レギュラーとして活躍は見込める。 やはり、移籍をしない手は無いわね……)」
チルノ「そう! じゃあそうね、あたいも大ちゃんと一緒にいくわ!!」
大妖精「う、うん! うぅ……良かった。 良かったよぉ……」
レティ「……ごめんなさいね、みんな」
静葉「……いえ。 (止められなかった……守備の要が……3人も)」

叫びたくなる程の衝撃を受けながらも、それでも静葉は笑みを絶やさなかった。
大妖精、レティ、チルノ。いずれもオータムスカイズの守備の要である。
特に、大妖精の移籍は何よりも痛い。

静葉「(ストライカーと正GKを同時に失う……というか、誰をGKにすればいいのよ……!)」
リグル「チルノも行くんだ。 そっかぁ、反町もそっちなんだし私もそっちに移籍しようかな〜……」
静葉「リグルちゃんは……『オータムスカイズのエース』なんだから。 移籍するのはおかしくないかしら?」
リグル「え?」
静葉「それに、一樹くんがいなくなって……得点力が下がるのは目に見えているわ。
   この上リグルちゃんまでいなくなったら、私達、どうしていいのか……」

リグル「ハッハァー!! そーだよね! うん、そーだと思ってたよ!!
    しょうがないなぁ、私ってばエースだしね! うんうん、まっかせて!!
    チルノ、大ちゃん、レティ! 負けないからね!!」
チルノ「おー!!」

静葉「(……みんなこれほど上手く、単純に事が運べばいいのだけど)」

因みに、あっさりと残留を表明していたものもいたという。

133 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/29(月) 22:09:40 ID:???
一旦ここまで。

134 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 02:13:06 ID:???
乙でした
これは反町も責任感じちゃうだろうなぁ
静葉さんに頑張って勧誘してもらわないと…

135 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 09:33:54 ID:???
性格的に仕方ないが楽な方に逃げちゃったか大妖精
選手としては−の選択だしこの性格を少しでも変えないと後で厳しくなりそう

136 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 11:32:07 ID:???
乙でした
殺伐とした展開の中に安定のリグルw

137 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/30(火) 20:43:17 ID:???
本日は更新をお休みします。
何か質問や疑問があれば可能な限りは答えますので何かあればどうぞ。

>>134
乙ありです。キャプテン静葉、はじまります。
>>135
大妖精に関しては、根本的にそこまでサッカーに熱意がある訳ではないので、
文中でレティさんに言われてるように第二、第三キーパーになってものほほんとしてるでしょうね。
個人的には、幻想のポイズン中に変えて欲しかった1人ではあります。
>>136
乙ありです。リグルはまぁ……リグルですから。

138 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 22:03:44 ID:???
引退なり、コンバートなりすれば魔王シュートを受けなくて済むと思うんだけど
そうしない理由が大妖精には何かあるのかな?

139 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 22:12:51 ID:???
大ちゃんの反応が反町のオマージュなのか
という事はもし反町が日向ばりの恐怖政治をやってたら魔王大ちゃんが誕生してた可能性が微レ存?

140 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 22:21:50 ID:???
本来は気弱なキーパーが下克上……
それただの森崎じゃね?

141 :森崎名無しさん:2018/01/30(火) 22:22:37 ID:???
新外伝 現実の大ちゃん

142 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/31(水) 22:46:14 ID:???
申し訳ないですが本日も更新はお休みします。明日は更新出来ると思います。

>>138
反町のシュートさえ受けなければ、サッカーを楽しめるのかもしれないです。
あとはチルノと一緒の事したいとかかなぁ。と思います。
>>139
反町「な、なにィ!?俺のオータムドライブがはじかれただと!?」
大妖精「(うーん完全にキャッチ出来ず>1で弾いてしまいました。完全にキャッチできるようにまだまだ練習しないと!!)」
>>140
死に能力になってましたが、一応MF適正自体は大妖精にもありましたね……。
>>141
現実世界に大ちゃんが行くとしたらどこが最適ですかねぇ。
岬に上手く利用されそうな南葛か、純粋にいい人レベルで高そうな葵と(ロリには)優しいナンデスがいるインテルか。

143 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:21:09 ID:???
上機嫌に「私はエース♪」などと鼻歌を歌っているリグルを後目に、静葉は考える。
実際のところ、リグルの引き留めは最優先事項であった。
先ほど静葉が口にした「反町がいなくなった後、得点力で誰を頼ればいいのかわからない」というのも事実である。
反町が抜け、幽香が行方をくらました現状――リグルしか得点源が無いと言っても過言ではない。
そういった意味では、あっさりと残留を表明したリグルの存在は何よりありがたい。

静葉「(そして、リグルちゃんが残留を表明してくれたお蔭で……)」
リリーB「私達は……」
リリーW「オータムスカイズに残るですよ〜」
サンタナ「あっ、私も!」
静葉「ええ、ありがとう(流れはこちらに傾いてくれる……)」

大妖精の言葉を皮切りに、多くの者たちが移籍へと傾こうとする中。
リグルの残留宣言は流れを断ち切るには格好の材料であった。

元々、レティと同じく幽香と共にオータムスカイズへと加入をしたリリーWとリリーB。
彼女たちの立ち位置は、オータムスカイズ内でも決して高いものではなかった。
というか、ほぼベンチウォーマーであった。
その要因は彼女たちの基礎的な能力が余りにも低すぎたという点もあるが、
それ以上に彼女達のポジションがFWかMF――或いはGKと、それぞれ不動のレギュラーが固まっていた場所であった為である。

今までのFW陣で言えば、反町とリグル、そして攻撃能力しか無い橙。
MFで言えば幽香とヒューイはほぼ固定ながら、静葉・メディスン・橙・ボランチ起用された穣子と、まず出番は来なかった。
正GKである大妖精の代わりは、前述以上に苦難の道である。
それが正GKがいなくなった時点で既にリリーW、もしくはリリーBの出番は確約されており、
おまけにFW・MFどちらも絶対的な強さでレギュラーを誇った選手が離脱する。

こうなれば彼女たちが残留の意を示すのもなんとも自然な事であった。

144 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:22:20 ID:???
サンタナに関してはリリーたちの考えよりも更に単純。

サンタナ「(人間がいるなら私も移りたいけど……チルノが行くチームになんか意地でも行ってやるもんか!
      へへーんだ、むしろいなくなってくれてありがたいくらいだわ!!)」

チルノを嫌う妖精トリオの中で、1番にチルノの事を敵対視しているのがサンタナである。
妖精トリオの中で反町に1番懐いているのも彼女とはいえ、
それ以上にチルノに対する悪感情が強かった彼女が残留を表明するのは自明の理と言えた。

或いは、彼女たちも、静葉たちが幻想郷Jrユースとして活動する傍ら、
オータムスカイズの一員として数多のチームと野良試合を繰り広げた事で、このチームへの愛着を人一倍持ったのかもしれない。

サンタナ「(大妖精がいなくなってもキーパーはいるし! ね、ボナンザ!!)」
ボナンザ「…………」シャンシャンシャーン

静葉「(チルノちゃんとサンタナちゃんは両天秤だった。
    大ちゃんやレティの事を考えればチルノちゃんに残って貰った方がありがたかったわね……。
    とはいえ、その両天秤も絶対とは言えなかった。
    チルノちゃんへの敵意より、サンタナちゃんの一樹くんへの信頼が上回っていればそれまで。
    ……正直言って、全員が守矢へと移籍する可能性だってあった)」

そういう意味では、反町がそこまで全員と親交を深めあっていなかった事に安堵をする静葉。
ただ、それでも依然として戦力が不足しているというのは事実である。
何せ残留を表明した中でリグルはともかく、サンタナ、リリーW、リリーBは何れも一線級とは到底呼べない選手たち。
もう一言、ここで欲しいと静葉は考え……。

静葉「……妹紅は、どうかしら?」
妹紅「…………ああ」

視線を横へと向け、考え事をしていた少女――藤原妹紅へと問いかけた。

145 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:23:38 ID:???
妹紅は考えていた。
そもそも――彼女自身も、オータムスカイズには途中加入をした選手である。
当初はコーチとして、未熟な選手たちが多い中で得意とするタックルや競り合い、シュートを教えてきた。
その切っ掛けとなったのは、やはり反町である。

元来、蓬莱人――不死の体を持つが故に、人との関わりを避けようとしてきた妹紅。
そんな彼女が再び人妖と交わろうとするようになったのは、反町のお蔭であった。
彼と出会い、交流を深め、時には草サッカーの助っ人として呼ばれ、
そして世捨て人のような、達観したようなそぶりを見せながらも、その実、人に焦がれ寂しがっていた妹紅。
その外殻を捨て去り、素直に1つのチームの一員としてチームスポーツを楽しむ事を教えてくれたのは反町なのだ。

妹紅「(感謝してる……感謝してるんだ。 でも……)」

ただ、それと同時に妹紅を助けたのは静葉でもある。

妹紅「(あの時、私の庵に反町と静葉が来てくれて……2人が揃って私を誘ってくれたんだ。
    そのおかげで私はオータムスカイズにいる)」

妹紅にとってオータムスカイズで過ごす日々は楽しいものだった。
久方ぶりに多くの者たちとの共同生活を行い、サッカーを通じて友情を育んだ。
長年の宿敵であった輝夜とも打ち解けるようになり、妖精1とにとりの猛特訓に付き合った思い出もある。
日数で言えば、今まで妹紅が過ごしてきた日々に比べれば本当に極僅か。
それでも、妹紅にとっては掛け替えのない時間だった。
本音を言うならば、誰も移籍する事なく、同じチームでずっとサッカーをしていたい。

妹紅「(でも……駄目なんだよね)」

それは永遠を生きる妹紅がいつも繰り返してきた事。
永遠に、ずっとこの"今"が続いて欲しいと願う妹紅とは対照的に、"生きる"者たちは変化をしていく。

146 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:24:47 ID:???
妹紅「(昔はそれが嫌だったんだ……今は続かない。永遠なんてものは本来無い筈なんだ。
    こういう思いがしたくないから、人と関わり合うのだって嫌だった……けど)」

それを受け入れて、人の中で生き続けると妹紅は決めたのだ。
他ならぬ反町と、静葉の言葉によって。
だからこそ、今の状況を受け入れなければならない。

妹紅「(そう、わかっていた事なんだ。 変わっていく事は。
    まさかキャプテンの反町が……っていうのは驚いたけど、幽香だっていなくなってるし……。
    それを受けて大妖精たちも移籍に傾いてる。 そういう流れが来たって、別におかしくはない。
    問題はそれを受けて、私がどうするか……)」

空返事をしてから考え込むようにしていた妹紅を、静葉は不安げに見やる。
静葉だけではない――多くの者たちは、極端な熱血漢へと変貌した妹紅の物珍しい大人しい姿に呆気を取られていた。
そんな視線を知ってか知らずか、迷いに迷った妹紅は、1つの決断を下した。

妹紅「私は……残る。 オータムスカイズに残るよ」
静葉「! そう……ええ、歓迎するわ妹紅」
妹紅「こっちこそ、これからもよろしくね!」

喜びを隠さずに声を上ずらせる静葉に対して、妹紅は笑みを浮かべながら返答する。
その笑みの裏側で、妹紅は考えていた。
反町にも静葉にも感謝はしている、恩がある。ならばどちらを取るのか。

妹紅はどちらも取らなかった。というより、個人を対象とする事を止めた。

妹紅「(反町にも静葉も、本当に感謝してる。 でも……私が一番感謝してるのはこのチームに対してなんだ。
    みんながバラバラになるなら――いや、なっても。 このチームの皆が私にしてくれた事を忘れない為に。
    私はこのチームの存在が無くなるまでここにいる。 仮になくなったとしても――ずっと忘れない)」

人ではなく、チームへの感謝。自身を変えてくれた、受け入れてくれた多くの仲間たち。
短い間だったとはいえ、共にいた事を忘れないように。藤原妹紅は残留の意志を表明した

147 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:25:52 ID:???
にとり「(妹紅は残る事を選ぶかぁ、そっかぁ……あー、私はどうしよう!)」

この妹紅の残留宣言を聞いて、更に悩んでいたのはにとりであった。
彼女もまた妹紅と同じく、反町・静葉共に親しい。
しかもそれだけではなく、よりにもよって守矢フルーツズ――即ち、妖怪の山に本拠を置くチームが関わっているというおまけつき。
妖怪の山は幻想郷でも珍しい程の縦社会が形成された地域である。
河童であるにとりは、その中でもあまり地位が高い方とは言えない。

守矢神社の二柱である神奈子と諏訪子に対しても、別段直属の上司といった訳ではないが、
それでもご近所のとっても偉い人という関係性だ。

にとり「(本来なら戻る方が自然なんだろうけど……でもここでのびのびやりたいんだよね……。
     やっぱ睨みきかされるとやりづらいし)」

割と小心者な一面も持つにとりとしては、現状、オータムスカイズの方がやりやすくはある。
とはいえ、だからといってそう簡単に残留を示せるものではなかった。

にとり「(チルノとレティが向こう行っちゃうとはいえ、DFの数自体はまだまだ不足してそうだしなぁ、あっち。
     ……反町を通して八坂様とかに勧誘されたらなんて断ればいいんだか。 うーん……)」

何度も言うように、幻想郷サッカー界では移籍というのは日常茶飯事である。
だからこそ、にとりとしてはそういった心配事があった。
残留を表明しながら、勧誘されたらホイホイついていく――などという事があれば、
そちらの方が余程静葉らに対して残酷である。

故に今のにとりに必要なのは、覚悟であった。
勧誘をされたとしても突っぱねられるくらいの、大きな覚悟。

にとり「(静葉を取るか反町を取るか……じゃ、覚悟は出来ない。 問題はそうじゃないんだ。
     勿論私がサッカーをのびのび出来るかどうかって話でもない)」

148 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:27:00 ID:???
そう考えながら、にとりはそっと視線を斜め向かいへと向けた。

妖精1「………………」
にとり「………………」

そこでは少しだけ不安そうに、しかし話し合いが始まってからじっとこちらに視線を向ける愛弟子の姿がある。
かつて才能があると見出し、師弟関係を結びながら、
しかし放任主義から大きく他の妖精たちと実力差をつけられてしまった妖精1。
彼女の訴えを聞き、初めてにとりは己の過ちを理解し、彼女の為に全てを捧げた。
自分の練習時間を削り、妖精1を鍛え上げた。幻想郷Jrユースの合宿でも、常に共に過ごしてきた。

それでもまだ足りない。

にとり「(私が思っていた妖精1は、思慮深くて大人びていて、こっちの考えをしっかりわかってくれてる奴だった。
     ところが、話し合ってみればなんてことない。あいつもやっぱり妖精なんだ)」

それは悪い意味ではない。

にとり「(思慮深いんじゃなくて臆病なんだ。 大人びているんじゃなくて諦めているんだ。
     こっちの考えをわかってくれて黙ってるんじゃない、自分を出すのが苦手なんだ)」

なんてことはない、1番理知的に思えた妖精1も……やはり、ただの子供に近い精神構造をしているだけである。
それを知らなかったにとりは、かつて傷つけてしまった。
だからこそ周囲に対して劣等感を抱き、自分に自信を持てない妖精1をなんとかしてやりたかった。

にとり「(だから私が1番に考えるべきは妖精1の事だ。
     どうするのが妖精1の為になるか、妖精1の成長に繋がるのか。
     ……妖精1が自信を持てるようになるのか。 考えるんだ)」

149 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:28:11 ID:???
にとりは思考する。オータムスカイズの中でも割と頭脳派に分類される頭を使って。

にとり「(守矢に移籍した場合――メリットはなんといっても反町が味方にいるって事だろ。
     反町が相手なら、DFとしてはこれ以上無い環境で練習出来るって事になる)」

奇しくもそれは反町が守矢に移籍を表明した一因である、練習環境。
幻想郷どころか世界レベルで見てもまず間違いないストライカーである反町。
彼を相手に練習ができ、尚且つ、設備の方も守矢の方が優れている。

にとり「(新しい環境に身を置くことになるし、妖精1が嫌ってるチルノも移籍するからそこはアレだけど……。
     まあ、メリットに比べれば些細な事だね。
     逆にオータムスカイズに残留すれば? ……多分、妖精トリオが残る事になるだろうなぁ)」

既に残留を表明しているサンタナに加え、妖精1も残るとなれば、まず間違いなくヒューイも残留するだろう。
劣等感を抱いているとはいえ、3人は親友である。
妖精1が彼女たちと共にサッカーを出来る環境は、やはり妖精1自身が望むだろう。

にとり「(とはいえ、それはメリットとするには本当に微々たるものだ。
     成長を考えれば、1番はやっぱり守矢に移籍する事になるんだろうけど……)」

そこまで考え、にとりはもう一度妖精1を見やる。

妖精1「………………」
にとり「(それは『ブロッカーとしての成長』を考えれば、だ。
     ……お前はそうじゃない、なぁ妖精1)」

150 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:29:46 ID:???

にとりが妖精1に見出した才能――それは群を抜いたマンマーカーとしての才覚である。
特別鋭いタックルが出来る訳ではない、パスカットが得意という訳でもない、ブロック出来るのは三流ストライカーのシュートくらい。
ただ、彼女は類まれなる反射神経と、マンマークについた際に発揮する粘り強さを持っていた。
即ち、ストライカーが打ってから止めるのではない。
打たれる前に止めるのである。

にとり「(勿論そういった面でも反町は格好の練習相手になるだろうさ。
     でも違う、私はこいつに自信をつけさせてやりたいんだ)」

自信をつけるにはどうするか。成功体験をさせるのが1番である。
それも、出来れば大きな事で成功させてやるのが1番いい。

にとり「(それなら……『反町が敵に回った方』が、よっぽどやりやすい筈だ)」

現状でも、妖精1のマンマーク技術ならば反町がボールをキープ出来る確率もそこまで高くない。
無論、守矢に移籍してからも反町が練習を積み重ね、ドリブル技術を向上させる可能性もあるが、
そこはそれ。にとりも信頼と実績の鬼コーチング(河童だが)で更に上をいけばいいだけの話である。

にとり「(実際、妖精1の才能はまだまだこんなもんじゃない。 反町が相手なら、高い確率でボールを奪えるようにだってなる筈だ。
     反町は……ストライカーとしては一流だけど魔理沙みたいになんでも器用にってタイプじゃないしね。
     だからこそ、敵に回す方がいい。 世界トップだろうストライカーを止められれば、何よりの自信になる! よし……!)
    妖精1、いいかい?」
妖精1「……うん」

1つ断りを入れてから、にとりは大きく頷くとその口を開いた。

にとり「私と妖精1も残留するよ。 ……いいね?」
妖精1「ん……(河童がそう判断するなら、私は信じるだけよ)」

かつて崩壊しかけ、しかし何よりも強固となった師弟の絆を確認しながら、
こうしてにとりと妖精1は残留を表明した。

151 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/01(木) 22:30:49 ID:???
一旦ここまで。次でこのパートは終わると思います。
中々進まず申し訳ないです。

それでは。

152 :森崎名無しさん:2018/02/01(木) 23:32:15 ID:???
乙です
かつては忘れることを怖れていたもこたんのそれでも忘れないという決意が涙腺に来た……
友として末長く秋姉妹を支えてやってほしいな

153 :森崎名無しさん:2018/02/02(金) 00:30:26 ID:???
乙でした
もこたん空気読んでくれた良かった
今のところ残ったメンツで中堅より上くらい?FWとGKが弱いかなー
反町が加わった守矢相手だと勝てるビジョンが見えない

154 :森崎名無しさん:2018/02/02(金) 00:31:35 ID:???
別スレでも守矢は超巨大戦力になってたな

155 :森崎名無しさん:2018/02/02(金) 18:56:13 ID:???
某スレでの自爆を見た後にこっちのにとりを見ると知的レベルの差に吹いてしまうw

156 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/02(金) 21:37:16 ID:???
>>152
乙ありです
妹紅に関しては、きっと余程の事でも無い限りはオータムスカイズから離れないでしょう
JOKER効果で色々とはっちゃけたキャラになってしまいましたが、
本質としては不器用な寂しがりやの人情家ですね
>>153
乙ありです
FWの選択肢はリグルとリリーB、GKはリリーBかリリーWになりますからね……
どちらも反町、大妖精と比較をするとガクッと実力が下がりますね
>>154
現状守矢の弱点であったDF陣と諏訪子の相方(ストライカータイプのFW)がガッチリと強化されてしまいましたからね
チルノ・レティというブロックに強いDF、大妖精というサブGKが加入する事で早苗さんの弱点であるスタミナ不足も解消されそうですし
>>155
こちらのにとりは心綺楼要素が無いという点もあるかもですね
風時点のにとりと、以降のにとりとでは二次創作でも割と扱いが変わりますので

本日は更新をお休みします。それでは。

157 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/04(日) 00:10:10 ID:???
ちょっと横になるつもりが気づいたらガチ寝でした……申し訳ありませんが本日も更新はお休みさせていただきます。

158 :森崎名無しさん:2018/02/04(日) 13:21:36 ID:???
乙です。無理なさらず、続き楽しみにしています。

159 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/04(日) 23:58:02 ID:???
>>158
乙ありです。

書けるは書けたのですが、キリのいいとこまで行けなかったので本日もお休みします。
明日には投下出来ると思います。

160 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:08:10 ID:???
大妖精たちの離脱を聞き、内心気落ちをしていた静葉であったが、
ここで妹紅とにとり、妖精1が残留をしてくれた事でホッと一息、胸を撫で下ろす。
何せ、彼女たちの動向については、静葉でも全く読めなかったのだ。

静葉「(妹紅もにとりも、一樹くんとは親しい……それと同時にこのオータムスカイズに残る可能性も勿論あったのだけど、
    どちらに転んでも決しておかしくはなかったわ……)」

妖精1に関してはにとりを慕ってどちらにつくか決めるだろうと推測出来た為、
問題は2人が残ってくれるか否かであったのだが、運よく残る事を決めてくれた。
理由については静葉の知る所ではないが、大妖精たちが抜けた今、
ブロッカーであるにとり、万能性のある妹紅、マンマークに長ける妖精1の残留は何よりも嬉しい。

静葉「(一歩間違えばDFが穣子だけ……という事態にもなりかねなかった。
    さて、これで残るは……)」

橙「(うぅぅ……ど、どうしようかにゃ……)」
メディスン「…………」
ヒューイ「…………」

静葉「(橙ちゃんにメディスン、それにヒューイ……ヒューイに関しては、サンタナと妖精1が残るとするなら、
    まず間違いなく残ってくれる。 問題は……後の2人)」

攻撃能力だけならば、オータムスカイズでもトップクラスに位置付ける橙。
そして、基礎的な能力こそ低いもののエース殺しの極意を持ちボランチとして期待が持てるメディスン。
既にほぼ残留が確定しているボール狩りの名手ヒューイに加え、
2人が残留を表明してくれれば、まだ、戦える。

静葉「(そう、まだ戦える。 これ以上選手が流失しては……うちは中堅すら名乗れないレベルになってしまいかねない。
    だからこそ……)メディスンは、どうかしら?」
メディスン「………………」

161 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:09:18 ID:???
静葉の言葉を受けて、しかし、メディスンは黙ったままであった。
元々、彼女自身は反町に不可思議なシンパシーを受けて途中加入をした選手。
元来人間嫌いである彼女にとっては、人間である反町に誘われてというのは非常に珍しい出来事であった。
とはいえ、そのシンパシーを感じたというのも当時の話である。

メディスン「(今はもう……どうでもいい……)」

あれはただの気まぐれか勘違いか、いずれにせよ、あれ以後、反町とメディスンの間に何かがあったという訳でもなく。
ただ惰性でメディスンはこのオータムスカイズに所属をしていた。
それでも――まだ、幽香が加入をしてからはこのチームに所属をする意義も見いだせた。
ひょんな事から知り合い、友人関係となったメディスンと幽香。
人見知りなきらいもあるメディスンにしては珍しく。
だからこそ、というべきかもしれないが……唯一とも言える幽香には非常に懐き、共にサッカーが出来る喜びを感じていた。
ただ、その幽香もいなくなった。

メディスン「(だから、もうこのチームからいなくなっても別に問題無いんだけどね……。
       ……あの人間についていくっていうのもまっぴらごめんだけど)」

メディスンが揺れていたのは、反町について守矢に行くかこのチームに残るか、という問題の話ではない。
そもそもこのチームに残る必要があるのか、というものだった。
サッカーを止めても構わない……そういう決断も選択肢の1つに上がる。

162 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:10:45 ID:???
リグル「メディスンも一緒に残ろうよ! 幽香もふらっと戻ってくるかもしれないし!」
メディスン「…………(戻ってくるとは思えないけど)」

幽香には割と、気まぐれな所もあるという事はメディスンも知っていた。
勝手気ままに幻想郷中を巡り、四季折々の花を愛でる幽香。
昨日までいた場所に今日はいない、という事もままある。ただ……。

メディスン「(四季が廻れば、また戻ってくる事も、あるけど……)」
静葉「……悩むくらいなら、一旦、保留でも構わないわ。 何かがあれば、出て行ってくれても問題は無いのだから」
メディスン「…………ん」

結果、迷いに迷ったメディスンは、結論を先延ばし――現状維持を選んだ。
どれを選んでも構わないからこそ、どれも選べない者もいたという事である。

橙「(にゃー……メディスンも、残るんだぁ。 うぅ、私はどうしたら……)」

一方で、橙は目に見えて狼狽した様子を見せながら、ペタンと耳を畳み視線を下に向けていた。
この話し合いが行われる前――入室をしてきた橙が言っていたように、
この日、彼女は主人である藍の元を訪れていた。
……正確に言えば、藍"達"の元に、である。

163 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:12:17 ID:???
     〜回想〜

橙「お久しぶりですにゃ、藍様!! それに紫様!!」
藍「ああ、おかえり橙。 とはいっても、Jrユース大会では久しぶりにずっと一緒に過ごせたのだけどね」

オータムスカイズに所属をする選手たちの中で、橙は珍しく1つの他勢力に所属をしていた選手であった。
彼女がオータムスカイズに参加をした切っ掛けは、紫が反町をほぼ強引に連れてきた事を知った藍が、
なんとか手を貸してやりたいと感じ、新チームに興味を持った橙を加入させた事。
好奇心旺盛で無邪気ながらも、サイドアタッカーとしての実力は相応に高い橙は、
今ではオータムスカイズには無くてはならない攻撃手段の1つとなっている(なお成功率はあまり高くない)。
そんな彼女は日ごろから定期的にマヨヒガへと帰り定期的に報告などをしていたが、この日は特別に呼び出されての帰宅であった。

橙「はい! 私も久しぶりに藍様と同じチームになれてうれしかったです!」
藍「うんうん、パルパルズとオータムスカイズ……2つのチームに分かれて橙と戦うのも悪くは無かったけど、
  2人一緒だとコンビプレイも出来るからね」

対する主人である藍もまた、その身を所属するマヨヒガ連合から移し、
オータムスカイズと同じく弱小から成り上がっていったチーム――ネオ妬ましパルパルズへと移籍をしていた。
外来人であるシェスターにJrユース大会では魔界として参加をしたアリス。
そして、キャプテンであるパルスィに、藍。
4人で形成される中盤は幻想郷でもトップクラスの支配率を誇り、
FWの決定力不足や守備陣のボールカット能力のお粗末さを補って余りある程のもであった。

主人と式という間柄ながら、幾度となく戦いを繰り広げてきたのは、
偏に彼女たちが互いのチームに対して愛着を持っていたからであろう。

164 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:13:26 ID:???
橙「ところで今日は何用ですかにゃ? 私にお話があるって聞きましたけど」
藍「うん……それについては、紫様から話してもらおう。 紫様……」
紫「はいはい」

藍の豊満なボディにいつまでも顔を埋めていた橙であったが、
そういえば果たして自分への用件とはなんだったのだろうか……と疑問を口にする。
すると一旦藍は非常に名残惜しそうにしながらも橙を離し、紫へと視線を向けた。

紫は相変わらず仲のいい2人に苦笑をしながらも、一歩、歩み出ると橙の頭に手をやりながら言う。

紫「橙……全日本で知らない選手たちと一緒に戦ったのは、楽しかった?」
橙「はい! 最初は凄く緊張しましたけど……でも、藍様もいましたし、それにみんないい人!……ばかりじゃなかったですけど、
  でも仲良くなれた人もいました!」
紫「そう、それはよかったわ」

国際Jrユース大会が開かれる折、各国へと派遣された選手たち。
橙はその一員として、藍達と共に全日本へと渡った。
新天地で、見知らぬ者ばかりのチームの中に溶け込めるかと当初は不安だった橙だが、
そこは元々人懐っこく、好奇心旺盛な橙である。
性格も子供っぽい所もありながら天真爛漫となれば、個性派揃いである全日本の中でも孤立するという事は無く、
練習を見た立花兄弟を中心にそれなりには交友を深めた仲の選手も出来ていた。

橙「でもどうしてそんな事を聞くんですか……?」
紫「まだ詳しくは言えないのだけど……うぅん、そうね……。 橙、あなた、今よりもっと強くなりたいかしら?」
橙「はい! 勿論ですっ!!」

165 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:14:29 ID:???
質問に対して質問で返すのはルール違反であるが、勿論賢い橙は主人の主人である紫に対して指摘はしない。
素直に質問にしっかりと答える。
それに紫は一つ頷くと……更に1つ問いかけた。

紫「なら……強くなる為に、今のチームから離れるのはどう思う?」
橙「にゃっ!?」

その問いかけに対し、橙は思わず飛び上がらん程に驚いた。
今のチーム――即ち、オータムスカイズから離脱をする。
彼女としては、はっきり言って考えた事の無い事柄である。

橙「離れ……え、えっと……それは、マヨヒガに帰ってこいって事、ですかにゃ?」
藍「ああいや、違うんだよ橙。 ……先ほど紫様が仰られたように、まだ詳しくは言えない。
  ただ……そうだね、言ってしまえば、橙に武者修行をしてもらおうか、と思っているんだ」
橙「む、武者修行……ですかにゃ?」

武者と聞いて橙の頭の中で、どこぞのPK絶対外すウーマンな半霊シューターがちらつく。
あまりいいイメージが沸かなかった。

藍「サッカーの修行をね。 ……橙は今のままでも十分トップクラスの攻撃能力を持ってる。
  ただ、もっと上手くなれる筈だ」
紫「って、藍がどうしても勧めるからね。 私としては本来なら藍に行ってほしかったんだけど……」
橙「あの……? 藍様が行く予定だったっていうのは?」
藍「うん……まあ、色々あってね。 私か、橙か。 どちらかしか行けないんだ。
  だが、私は橙に行ってほしいと思って紫様に推薦したんだよ。
  さっきも言ったように、橙はもっともっと上手くなれるからね」
橙「(ら、藍様に期待されてるんだにゃ……!)」

その言葉は、橙にとってこれ以上ない歓びであった。
事実として、橙はその攻撃能力"だけ"を見れば、既に藍に伯仲―― 一部は凌駕すらしてしまっている。
出来る事なら、その気持ちには応えたい。が……。

166 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:16:42 ID:???
橙「あ、あの! それって期間はどれくらいになるんですかにゃ?
  この前の大会の時みたいに、1ヵ月か2か月くらい……」
紫「いえ、今度はみっちり行ってもらうつもり……そうね、おおよそ、3年程度を予定しているわ」
橙「さっ、3年ですかにゃああ!?」

長い。
先ほどまでの紫と藍の口ぶりからして、恐らくはまるで知らないような新天地に飛ばされる事になるのだろう。
そしてそこには藍達がついてくる事もなく、橙は1人、3年もの月日を過ごさなければならない。
無論、行ってみればその場その場で友人なりを作れる事もあるのかもしれないが、
それでも藍達と離れるという事に寂しさを感じない筈もない。

藍の期待には応えたい、強くなれるなら行ってみたい、だが、離れる事は寂しいし不安がある。
ぐるぐると橙の頭の中で様々な思い、感情が鬩ぎ合い、思わず橙は頭を抱えるのだが……。

藍「……すぐに答えを出す必要は無いよ。 突然こんな話をしたんだ、混乱するのも無理が無い」
紫「ゆっくり考えなさい。 ……私としては、受けて欲しいのだけどねこの話」
藍「勿論断っても構わない。 勝手な話なんだからね。
  しっかりと自分で考えて……自分が納得出来る答えを私達に教えておくれ」
橙「は、はい……」

突然の言葉に混乱するのも無理は無いと、藍と紫はすぐに答えを求めなかった。
それでもやはり目をしぱしぱしながら、橙は言葉少なにオータムスカイズの住居へと戻っていき……。
紫と藍はそれを見送りながら、言葉を交わす。

紫「……受けるかしら、橙?」
藍「どうでしょう。 ……或いは、あの事が無ければオータムスカイズから離れる事も厭わなかったかもしれませんが」

言いながら、藍は目を細める。
反町一樹が東風谷早苗と交際をしている――というニュースは、当然ながらここにも届いていた。
勿論、彼女たちが反町が移籍を決断した事を知っていた訳ではないが……。
交際をしている、となった以上はそういう話が出るのは時間の問題だろうという予想もしていた。

167 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:17:57 ID:???
紫「……大きく変わるわね」
藍「ええ。 そして、その余波を一番大きく受けるのがオータムスカイズです。
  ……橙としては、苦しいかもしれません」
紫「さっきも言ったけれど、離れるなら離れた方が上策よ。 今のあそこは、沈むのがわかりきっている泥船状態。 未来は無い、と言える」
藍「かもしれません。 それは、橙も当然わかっているでしょう」

反町が移籍をする。そうなれば当然、オータムスカイズの戦力は大幅なダウンだ。
幻想郷どころか世界を見渡してもまず間違いなくトップであろうストライカーの離脱。
何かと内紛が起こっていたチーム事情を、綱渡りながらも纏めてきた手腕も含め。
反町の移籍は、オータムスカイズがこれまで築き上げてきた地位を崩壊させる一手となるだろう。
紫の言うように、未来の無い泥船という表現もわからないでもない。

藍「ただ……私も橙も、このままオータムスカイズが終わるとは思いたくない」
紫「……そう」

オータムスカイズに愛着を持っている橙だけではない。
ネオ妬ましパルパルズに所属をする事で、パルスィたちと共に打倒オータムスカイズを目指してきた藍もまた、
このまま秋の空が終焉に向かうとは思いたくは無かった。
だからこそ、強く橙にオータムスカイズを離れる事を勧める事が出来ない。

藍「…………いずれにせよ、橙の意志を私は大事にしたいですね」
紫「まあ、無理強いは出来ないからね。 ……ところで、もしも橙が行かない場合、あなたも……」
藍「私もネオ妬ましパルパルズを離れるつもりはありませんよ。 紫様には、ご迷惑をおかけしますが」
紫「そ。 ……ま、わかりきっていた事ね」

今までの事ならば、主命には何があっても従っていただろう藍に橙。
しかしながら彼女たちは、その言葉に迷い――或いは、キッパリと断りを見せた。
小さく溜息を吐きながら紫は……それでも、ハッキリと見えた式たちの変化に対して、薄く微笑みを浮かべるのだった。

紫「(とはいえ……どちらも行かない、となった場合困るのも事実。 どうしたものかしらね……)」

………

168 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:19:31 ID:???
橙「(うぅ……どうすればいいですかにゃ〜!)」

などという事がありつつ、場面は再び話し合いの場に戻る。
相変わらず、橙は頭を抱えて項垂れていた。
彼女としても、ある意味ではメディスンと同じ――反町についていくという選択肢ではなく、それ以外の事で悩んでいた。
オータムスカイズを離れ、藍の期待に応える為にも武者修行へと行くのか。
それともこのままオータムスカイズに在籍し続けるのか。

橙はその小さな頭を捻り、懸命に考える。
敬愛する藍からの信頼、期待に精一杯応えたい。
今よりも更にレベルアップをして、八雲一家として恥じる事の無い実力を身に着けたいという思い。
その気持ちは、橙の中に確かにあった。

橙「(でもでも、私が今離れたら……どうなっちゃうんですか……)」

チルノたちDF陣が抜けた事について、橙が残った所で解決できる事は何ら無い。
何故なら彼女の守備はからっきしであり、名無しの妖精とも大差無いレベルなのだから。
だが問題はこのチームの攻撃面である。

橙「(今日の朝に聞いた反町さんの移籍……それに、風見幽香もいない)」

爆発的なシュート力を持つストライカーと、幻想郷有数のMFの離脱。
チルノ、レティ、大妖精という守備の柱を失う以上に、攻撃面での低下も著しい。
唯一、静葉が引き留めてくれたお蔭でリグルの流出が防がれたのはオータムスカイズにとって朗報であったが、
それでも手数が明らかに足りない……と、橙は感じている。

橙「(なんだかJrユース大会でも凄く活躍してたし、実際それくらいリグルは強くなってるけど……。
   でもでも、リグル1人じゃ無理。 他に得点力がいる選手が殆どいないにゃ……)」

169 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:21:06 ID:???
ドリブル、パス、シュートと全てにおいて万能であり、
なおかつその必殺シュートは幻想郷においても上位に入る程のリグル。
反町がいなくなった後、このチームで最も総合力が高い選手は彼女になるだろう。
静葉が引き留めの際に使った『オータムスカイズのエース』という言葉も、決して誇張やおべっかではない。

ただ、だからといって彼女がいるだけで攻撃全てが上手くいくかと言われれば話は別である。

そもそも彼女自身、あまり周囲の指示を聞かず、おつむが大変残念である。
PA内を固めているのにドリブルで突っ込む、作戦をあまり理解しない、挑発には乗りやすく頭に血が上りやすい。
と、実力以外の面での大きな問題も抱える。

更に、スタミナの方も決して多い方ではない。
……スタミナについてはそもそもオータムスカイズの選手陣、殆どの者たちが足りていないという話もあるが、
その点を考えても手数というものがまるで足りない。

何よりも得点力を持つ選手がリグル以外にほぼいないというのが問題点である。
静葉もミドルシュートを持つが、その威力は決して高いものではない。
恐らく、永遠亭のお姫様でも取れるくらいだろうと橙は認識している。
かつてはFW・MF・DFとあらゆるポジションをこなし、
FWとして出場をした際には恵まれたスタミナからシュートを乱打していた妹紅も、
しかし、オータムスカイズに加入をしてからはほぼDFとしての起用が主である。
シュートに関しては、大きく錆びついてしまっている。

橙「(リグルにマークつけられたらそれで終わる話だにゃ……でも……)」

もしも自分が残留をすれば、違う――と、橙は考える。

170 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:22:40 ID:???
守備能力についてはなんども言っているように、あまりにもお粗末な橙。
しかしながらドリブル、パス、シュートと攻撃面に関してはかなり高いレベルで纏まっていた。
特にドリブルに関しては――流石に霊夢やパルスィといった超がつく程の一流には一歩及ばないかもしれないが、
それでも幻想郷上位には入れるだろうという自信もあったし、
サイドアタッカーとして重要な正確なパスも磨いてある。

橙「(シュートは……流石にリグルには負けちゃうけど)」

それは単純にリグルのライトニングリグルキックが規格外の高火力シュートなだけである。
純粋なキック力だけで見れば橙はリグルと伯仲していたし、
FWとして起用をするのならば最低限と言えるだけのシュート力は身に着けていた。

橙「(私が残れば、静葉さんだってやりやすくなる筈ですにゃ……)」

恐らく――反町が離脱をした後、キャプテンマークをつける事になるのは静葉になるだろう、と橙は考えていた。
実際、今までも副キャプテン的な役割に回る事が多く、
一同を引っ張るような力は無いまでも、纏め、一歩引いた所から見守る事の出来る人だと橙は信頼をしていた。
そんな静葉と、同じMFとして切磋琢磨をしてきた橙は、
パサーである彼女がパスを出す先の選択肢が増える事はきっと喜んでくれる筈だとも思う。

橙「(私も、このチームには最初から……本当に最初からいたんだ)」

橙がチームに加入をしたのは、反町達がチームを立ち上げたその翌日。
妖精トリオの後、静葉らの勧誘を受けて入った。言わば、初期メンバーの一員である。

橙「(妖精トリオも残るんだろうし……静葉さんや穣子さんも、このチームで頑張ろうって……。
   反町さん達がいなくなっても、戦えるようにって思ってる筈ですにゃ)」

理性はそんな思いだけで反町達が抜ける穴を埋める事は出来ないだろうと感じていた。
だが、感情は違った。共に戦い、切磋琢磨してきたチームメイト――。
橙が幻想郷上位の力(なお守備は壊滅的)を手に入れる事が出来たチームの、崩壊の危機。

171 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:23:46 ID:???
橙「(もっと強くなりたい、藍様の期待に応えたい……でも……でも! 強くなるのに、必ず離れる必要がある訳じゃない。
   私がここで、もっと強くなれれば……何も問題ないんだから!)
  あのっ! わ、私も……私も、チームに残りますにゃ!」
静葉「! そう……ええ、ありがとう。 歓迎するわ」
橙「(藍様も紫様も、きっと許してくれる……今更、みんなを裏切れない)」

熟考の末に橙が下した結論は残留であった。
情に絆された、と言ってもいい。

冷静に考えれば、そもそも八雲一家である橙がここまでオータムスカイズに肩入れする必要は無い。
主命があったのだから、そちらを取る方が余程自然と言えた。
式神――主人の言葉には忠実である存在である事を考えれば、尚更である。

ただ、それでも橙は選んだ。
確固たる意志で、泥船に乗る事を望んだ。

橙「(反町さん達がいなくなっても、また強くなっていけばいいんだ)」

弱者が決して強者になれないという訳ではない。
それは主人が在籍をするチームの橋姫が、見事に体現している。

橙「(パルパルズはオータムスカイズの打倒が目標って言ってた……私達は、そうやって強くなってきたパルパルズを目指して、
   これから頑張るんだ)」

同じドリブル巧者として、(性格までは勘弁だが)橋姫の飽くなき向上心を目指しつつ橙はそう誓った。

橙「(その為にも、明日からドリブル練習だにゃ!)」

因みに、守備を鍛えるつもりは全くなかった。


172 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:25:21 ID:???
静葉「(よかった……これで、少なくとも、チームの形は出来る。
    チルノとレティ、大ちゃんの離脱はあまりにも大きすぎるけど……)」

それでも、まだこれならば戦える――と、静葉は考えていた。
攻撃面ではリグルと橙を主体とし、守備面ではにとりに妖精1、妹紅、穣子とそれぞれ長所が別れるDF陣を巧みに使える。
中盤に関しては……複雑な話だが、風見幽香が来る以前に戻るだけである。
自身が彼女には到底及ばない能力しか持っていない事は静葉自身理解もしていたが、
チームを纏める為に精一杯の努力はする所存であった。

静葉「(ただ、中盤は底にヒューイを置ける。 彼女がいてくれれば、大ちゃんの穴を埋める事が出来る)」

チルノたちが離脱した事で、ミドルシューターに対して取れる対策が、
ほぼにとりのブロック頼みになってしまう。
よって、これからのオータムスカイズの守備での方針は――打たせる前に止める、が第一となってくる。
その際に誰よりも頼りになるのが、ヒューイである。

リグル同様――否、元が名無しの妖精である事を考えれば、成長率だけで言えばオータムスカイズ1のヒューイ。
既にその実力は……少なくともタックルに関しては、まず間違いなく世界でもトップレベル。
ボランチとして最低限の攻撃能力も持ち、彼女こそが守備と攻撃、両方における要となるだろうと静葉は考えていた。

静葉「これからもよろしくね、ヒューイ」
ヒューイ「ほえ?」

何の気なしに、静葉はそう声をかけた。
声をかけてから思い出す――そういえば、彼女はこの話し合いで一言もしゃべっていなかった、と。

声をかけられたヒューイは、「お夜食」として穣子が用意したお芋を頬張りつつ、首を傾げる。

173 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:27:17 ID:???
ヒューイ「よろしくって何が?」
静葉「?」

最初、言われてる意味が静葉はわからなかった。
よろしくとは言葉通り、これからも同じチームの一員としてよろしく、という意味である。
如何におつむが弱い妖精といえど、それくらいは理解出来る。
出来る筈である――だからこそ、静葉は一瞬虚を突かれた。

妖精1「何が?じゃないわよ……これからも同じチームとして、って事でしょ」
ヒューイ「?」

思わず二の句が継げなかった静葉に代わり、妖精1がフォローをする。
それでも、ヒューイはよくわかってない様子でやはり首を傾げ……口の中で咀嚼していたお芋をごっくんすると、
その大きく丸い瞳をぱちくりさせながら、ただ一言、言った。


ヒューイ「……私、あの人間についてくよ?」


静葉「……は?」

その一言に、静葉は思わず間の抜けた声を出し。

妖精1「え?」
サンタナ「え、えええええええええっ!?」

残る妖精2人は、片方は呆気にとられたように――そして、もう片方は驚きのあまり絶叫をするのだった。

174 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:28:59 ID:???
驚愕をしていたのは、3人だけではない。
ほぼオータムスカイズ所属の選手たち、全てが驚いていた。
彼女たちの認識としては、ヒューイは反町と一応の師弟関係こそ結んでいるものの、
その絆については妖精1とにとりのように固いものでは無い。
むしろ縁深く、親しいのは妖精トリオ同士であった。

だからこそ、妖精1とサンタナが残留を決めた際、ヒューイも残るものと決めていた。決めつけていた。
だが、静葉が感じたように、ここまで彼女はこの話し合いの場で一言も喋っていなかった。
己の意志を示してはいなかった。
故に、ここで移籍を表明するというのも――反町についていく、というのも……可能性としては残っていただろう。

静葉「な……何故?」

頭を鈍器で殴られたような、頭痛を覚えながらようやくの想いで静葉は言葉を紡いだ。
いや、妖精は気まぐれなのだ。計算通りに行かない事も、多々ある。
反町についていく――と言っても、それが一時的な思いなのだとしたら、或いは、引き留める事も出来るかもしれない。
サンタナと妖精1が残留を表明しているのだから、少し突いてやれば天秤はこちらに傾く。
そう考えて、静葉はヒューイの言葉を待った。

ただ、結論から言えば静葉のその考えは見当違いのものだった。

ヒューイ「何故って……だってさ」

それは感情ではなく。

ヒューイ「人間の所にいた方が、強くなれるしレギュラーになれるもん」
静葉「…………は」

実利だけを求めての移籍。

175 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:30:21 ID:???
今のヒューイなら、どこに行こうがレギュラーを取れるだけの実力がある。
反町がいたから強くなったという訳ではない、
無論、反町がヒューイの練習を見てやったという事も多々あったが、ヒューイ自身の努力の結果もあっての事だ。
ただ、少なくともヒューイはそう感じてしまっている。

かつてサンタナがチルノを忌み嫌い、そして練習で勝利を収め、
チルノに勝った=自分こそが最強であると思いこんだように。

妖精1が代表レベルの闘いで相応の活躍が出来る程に成長をしても、
しかし、未だに過去のトラウマから己の力量に自信を持てていないように。

妖精という種族は根本的に短絡的であり、そして思い込みが激しく、意固地なのだ。

ヒューイの場合もまた、そうだった。
彼女は反町がいたから自分は強くなれた、反町がいたからレギュラーが取れたと思い込んでいる。
それが事実かどうかはさておき、少なくとも、彼女にとっては真実だった。
そんな彼女が、どうして反町から離れられるだろう。
例え妖精1やサンタナと別れる事になったとしても、彼女は反町が移籍をするという話を聞いた時から自分もついていくと決めていた。

静葉「あ、あのね、ヒューイ……落ち着いて聞いて」
ヒューイ「それにさ」

それでもなんとか説得しようとする静葉の言葉を無視して、ヒューイは続ける。
大人びていて、臆病で、劣等感に塗れ、やや斜に構えているが本心は素直な妖精1。
人一倍元気で、やかましく、時に傲慢で暴走する事も多いサンタナ。

彼女らに比べるとヒューイは子供っぽく、いつも腹を空かせ、しかしながら他の妖精たちに比べると人一倍無邪気で――。

ヒューイ「弱いチームにずっといる理由なんて、無いでしょ?」
静葉「…………」

――人一倍、残酷であった。

176 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:31:58 ID:???
こうして、話し合いは終わった。
反町と幽香、2人の移籍と失踪を発端とした、4人の離脱。
名門と呼ばれていたオータムスカイズは、計6人――あまりにも大きすぎる戦力を、失った。

妖精1「ヒューイ……」
サンタナ「なんでよ……あっちにはチルノいるじゃん。 なんでよ」

眠くなったと言って我先に部屋へと戻ったヒューイに、妖精1達はかける言葉が見つからなかった。
妖精1とサンタナは何故ついてこないのか、と逆に首を傾げ問いかけてきたヒューイ。
予想だにしない離別を前にして、そもそも自分たちの精神を整える方が彼女たちには先決であった。

リグル「ハッハァー! 大丈夫大丈夫、6人いなくなってもエースが残ってる限りはオータムスカイズは安泰だよ!」
リリーW「……実際リグルに頼るしかないですよー、このチーム」
リリーB「ホワイト、明日から私はGKの練習する……。 ……多分、今更FWとして鍛えてもついてけない」
メディスン「(ホワイトもMFなら使えるかっていうとそうでもないけど……パスだけなら、それなりには出来るしね)」

能天気な者もいる。
ある意味彼女が一番幸せ者であり……そんな彼女に頼るしかない現状に、不安を覚える者たちもいた。

にとり「(妖精1……辛いだろうけど、幻想郷サッカーじゃ移籍や離脱は日常茶飯事だ。
     ……敵として戦う時、お前の実力をヒューイに見せてやるんだよ)」
橙「……反町さん達がこの家を出て行くのって、いつになるんですかにゃ?
  (移籍が決まった以上は、早めに出て行って貰った方がいいんじゃ……このままだと、絶対歪みが出来るにゃ)」
妹紅「具体的にはわからないけど、まあ、近い内になるんじゃないかな。 ……あ、そうだ穣子!
   出て行く日には、豪華なお料理作ってよ! 盛大に、送り出そう! ね!!」
穣子「もっちろん、そのつもりよ! (私があいつに料理作ってあげれるのも、もう少しだけだもんね)」

身内を心配する者、チームを考える者、出て行く者を想う者もいた。
確固たる信念で残留を決めた彼女たちはそれなりに表情は明るかったが、それでもいつもに比べればぎこちなかった。

177 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:33:02 ID:???
静葉「(弱いチーム……ね)」

そして、率いる者は――残酷にも告げられた言葉を受け止めていた。

事実、現状のこのチームは弱いだろう。チームとしての格どころの話ではなく、純粋な力として。
幻想郷トップクラスチームである紅魔スカーレットムーンズや、博霊神社連合は当然として、
そこから格が落ちるであろう、永遠亭ルナティックス、地霊アンダーグラウンド、ネオ妬ましパルパルズにも……。
かつては勝利を収めたそれらチームにも、今ならば負けてしまうかもしれない。

いや、高い確率で負けるだろう。それ程までに戦力の流出が痛い。

静葉「(でも、やるしかない……やるしかないのよ)」

信仰を集める為に闘う。チームに愛着があるから闘う。倒したい相手がいるから闘う。
己の存在を証明する為に闘う。ただなんとなく闘う者もいる。
それぞれ思いも、その深さも千差万別なのは相変わらずだ。
ただ、これからはそんな一同を――自分がまとめなければならない。

静葉「(私の為にも、穣子の為にも――そして、このオータムスカイズの為にも)」

静葉はこの場にいる10名をぐるりと見回してから……大きく手を叩いて、注目を集める。
一体何事かと一同が勘ぐる中、静葉は些か緊張しながらも……それでも、一同の視線を受けながらその口を開いた。

静葉「みんな、よく聞いて。 それじゃあこれから――明日の予定について、決めるわ!」

何度となく繰り返されてきた、明日の予定を決める夜の恒例行事。
彼女の手には、既に一同から提出をされていた一週間の予定表が記されてある。
後はこれをもとに、練習と自由行動を計画的に織り交ぜていくだけ。

静葉「まずは午前だけど……」

オータムスカイズ新キャプテン――キャプテン静葉の初仕事であった。

178 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:35:00 ID:???
………
……


ちなみに。

うどんげ「いっ、いいのかなぁ……勝手に何も言わないで出てきて」
てゐ「ええんやええんや! どーせ私達がオータムスカイズに加入してた事なんてみんな覚えてへんてウサ!」

夜の帳が落ちた中、竹林を颯爽と走っていたのはうどんげとてゐであった。
彼女たちの肩には私物が入った風呂敷包み……さながら夜逃げ同然の格好をしている理由といえば、
彼女たち自身が行っている通り、オータムスカイズを何も言わずに離脱してきたからに他ならない。
誰も覚えていないかもしれないが、一応、彼女たちもオータムスカイズ所属である。

うどんげ「うぅっ、最後にお別れくらい言いたかったなぁ。 だってみんな、仲間だもんげ!!」
てゐ「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 師匠からとっとと戻って来いって言われてんじゃん!
   大体、どーせ私達があそこに入ったのだって、博霊連合じゃアカンわと思って入っただけだし……」
うどんげ「でも結局オータムスカイズも負けちゃったけどね」
てゐ「うっさいウサ!」

ゲシィ!

うどんげ「痛い!」

179 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:36:53 ID:???
そもそも永遠亭所属の彼女たちは、あまりオータムスカイズ所属というイメージが無い。
その上に在籍期間も短かった為、幸か不幸か話し合いの場にいなくても誰も気づかなかった。
……或いは、気づいていても無視した者もいたかもしれない。
いたらいたで戦力低下している中でありがたい話だが、さりとて無理に引き留める程の実力者ではないのだから仕方ない事だった。

そして、彼女たちは反町の移籍を耳にする前から永遠亭に帰ってくるようにと師匠である永琳と主人の輝夜に告げられていた。
このどさくさに紛れてそのまま帰っちまおう、という魂胆である。

うどんげ「でも師匠もなんでこんな急に戻って来いって言ったんだろ。
     私、結構オータムスカイズの事気に入ってたなんだけどなぁ……何も言わなくてもご飯が出てくるし」
てゐ「知らんウサ。 ま、重要な事なんじゃないの?」

割と未練がましいうどんげに対して、てゐの方はさっぱりしている。
ちらちらと来た方角を見ているうどんげは、誰も聞いてはいないのに口を開く。

うどんげ「あそこにいたら私もストライカーとして才能が開花……してたような!」
てゐ「(またうどんちゃんの妄想がはじまったウサ……)」
うどんげ「妖精たちの合体シュートあったでしょ! ああいう感じで、私もてゐと合体シュートしたり!
     真実の友情に目覚めたり!!」
てゐ「はいはい、また聞いてあげるからとっととかえろ。 ね?」
うどんげ「あわわ、待ってよー」

呆れを通り越して悲しさすら覚えてきたてゐは、強引に話を打ち切って駆け出した。
慌てて、うどんげもその後を追う。

文字通り、脱兎の如く秋空から脱出する2名であった。
なお、あまり戦力に影響はないもよう。

180 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:39:19 ID:???
という事で一旦ここまで。
多分新生オータムスカイズのフォーメーションはこうなると思います。

−−J−− Jリグル
−−−−H H橙
−−−−−
G−I−F Gサンタナ I静葉 FリリーW
−−E−− Eメディスン
D−B−C D穣子 B妖精1 C妹紅
−−A−− Aにとり
−−@−− @リリーB

……うーん。

ひとまず、これで幻想のポイズン、その後の後処理のようなものはおしまいです。ここまでで序章くらいです。
次からは幻想郷の他の勢力、ならびに表題の人も出てくると思います。それでは。

181 :森崎名無しさん:2018/02/05(月) 22:47:34 ID:???
乙でした
分かってた事だけどヒューイの選択が辛すぎるな
初期は反町の標榜する和を尊重しててくれたのに……まあその反町が自分からその和を捨てたのが原因だけど

182 :森崎名無しさん:2018/02/05(月) 23:23:04 ID:???
乙でしたー
今回もボリュームあって中身も濃くて読んでて楽しかったです!
キャプテン静葉は難易度高そうだけどやってみたいな

183 :森崎名無しさん:2018/02/06(火) 03:05:42 ID:???
乙でした
全幻想郷の選出メンバーが7人+派遣選手が1人居る名門チームという見方もあるのかな
橙も残ってくれたし、それなりにコマは揃ってると思うのよね
ただ、ラスボスの守矢がヒューイ加入でさらに強化されてどうしたものやら

うどんちゃん完全に忘れてた(小声)

184 :森崎名無しさん:2018/02/06(火) 20:38:30 ID:???
雑魚ではないけど強豪ではない絶妙なバランスのうどんげすき
忘れてたけどw

185 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/06(火) 23:47:36 ID:???
>>181
乙ありです
ここら辺はそれぞれの中で何を最優先事項とするかという所ですからねぇ
>>182
乙ありです
本当はもうちょっと短く纏めたいのですが、ボリュームがでてしまいましたね
キャプテン静葉は……もしやるとすると、相当な高難易度になると思います
チーム自体はある程度纏まってるので変に不穏な事になる事は無いと思いますが、何せ戦力が……
>>183
乙ありです
選出メンバー、とはいえ……能力値的には石崎や高杉や修哲トリオクラスばかりのようなものですからね
辛うじてリグルが早田あたりより若干上という程度です

うどんちゃんは犠牲になったのだ……シリアスが続いた中での一服のギャグパートの、その犠牲にな
>>184
うどんチャンスが多分その内回ってくると思うのでご期待下さい!(活躍するとは言ってない)


本日も更新はお休みします。それでは。

186 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 01:33:03 ID:???
本日も更新はお休みします。
明日には投下できると思います。

187 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:38:47 ID:???
Act.5 佐野満の憂鬱

オータムスカイズの分裂から、再び数日が経った。
幻想郷Jrユース大会が終わってから数えればこの頃で2週間程。
既にこの頃になると各勢力、各サッカーチームも普段通りの日常へと戻っていた。

幻想郷では新参に入る勢力である命蓮寺。
ここもまた、日常へと戻っていた。
朝のお勤めを果たし、昼食時になった為にみんな揃ってのお昼ご飯タイム。
本日のメニューは金曜日である為、キャプテン・ムラサ特製カレーである。

ナズーリン「うーむ……しかし、これは驚いた。 あの守矢の風祝とオータムスカイズのキャプテン……。
      ああいや、元キャプテンとが恋仲だったとは」

そんな中、小食であるが故に一足先に昼食を取り終えていたナズーリンは、
今朝方投函をされていた新聞を熱心に読んでいた。
一面に載っているのは、先ほど口にしたように守矢神社の風祝――東風谷早苗と、外来人反町一樹の熱愛報道。
幻想郷Jrユースに参加をした選手が誰一人としていない命蓮寺である為、実際に見聞きした訳ではないが、
その事自体は風の噂で聞いていた。

少女たちが中心である幻想郷。噂の流れる速度は早い。色恋沙汰となれば尚更である。

星「でもいい事ですよね。 祝福されるべき夫婦が増える事は、大変喜ばしい事です。
  あ、ムラサ、おかわり」
ムラサ「いやー、まだ夫婦になった訳じゃないんじゃない? あと星はどんだけ食うのよ……いつもの事とはいえ」

本日4皿目となるカレーを要求する星と、呆れながらも皿を受け取りおかわりをよそうムラサ。

188 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:40:08 ID:???
ルーミア「私もおかわり〜。 でも、いつもの事って言えば〜、カレーなのにお肉入ってないんだね」
小町「いいんじゃないかい? これはこれで美味いよ」
ルーミア「……ところで死神さんは今日平日なのにお仕事しなくていいのか〜?」
小町「なんのなんの、今日はプレミアムフライデーで花金だから問題ないのさ」
ルーミア「そーなのかー」

命蓮寺のチームに所属をするルーミアと小町の両名もいた。
割とフットワークが軽い彼女たちであるが、Jrユース大会が終わっても離脱する事はなく、チームに在籍を続けている。
それだけこの命蓮寺というチームの居心地が良かったのかもしれない。

ぬえ「しかし、こんなもん一面にするってどうなのかぬぇ……。 週刊誌じゃないんだし」
ナズーリン「まあ似たようなものだろう、天狗の新聞も。
      ……それに、サッカー関連でも大きな関連記事があるからね」

つまらなそうに新聞を横から見ていたぬえが茶々を入れるが、このニュースは一面で取り上げられる程大きなものである。
ナズーリンの言う通り、反町一樹と東風谷早苗の交際が発覚、正式に公表をしたのと同時、
守矢フルーツズは反町をはじめ、元オータムスカイズ所属である選手数名を加入させた。
Jrユース大会で猛威を振るったストライカーの移籍となれば、それはやはりビッグニュースだ。

小町「しかしまぁ、純そうな顔してやる事やってんだねぇ。
   どうだい椛、あんたがいた頃からこの子と早苗ってそんな雰囲気あったりしたのかい?」
椛「……どうッスかねぇ」

189 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:41:27 ID:???
小町に話を振られた椛は、苦笑をしながらそう返答するのが精いっぱいだった。
元々、オータムスカイズに所属をしていたとはいえ、椛と反町の仲は決して深いものではない。
少なくとも彼女が見てきた内では逆はあっても、反町が早苗に好意を抱いているとは思えなかったのだが……断言はできなかった。

椛「(っていうか、そもそもそういう色恋沙汰に興味があるとは思わなかったッスよ……)」

むしろサッカーにしか興味が無いんじゃないか、と心の片隅で思っていたのは内緒である。

ムラサ「はいおかわりお待たせっと。 で、聖はまだ帰ってこないのかしらね」
星「お昼までには戻ってくるとは言ってましたが……」

白蓮「ただいま戻りました〜」

ナズーリン「噂をすればなんとやらだね」

190 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:42:50 ID:???
………
……


ナズーリン「お疲れさま、話し合いは上手くいったかい?」
白蓮「ええ。 話し合いと言っても、難しいものではありませんでしたので……ああ、いい匂いですね」
ムラサ「あっ、お昼ご飯まだ? すぐに用意するわ」
白蓮「ええ、ありがとう」

一同が昼食を取っていた広間に、この命蓮寺の主人――住職である聖白蓮が帰ってきた。
ここまで星たちが言っているように、彼女は朝方から、とある会合へと出席していたのである。
朝方から食事を取っていなかった白蓮は広間に香る強烈な匂いに鼻を鳴らし、
早速白蓮へとムラサがお手製カレーを配膳すると、白蓮は瞑目し合掌をしてから匙を手に取った。

星「……聖、話し合いの内容とはなんだったのですか?」
白蓮「はい?」

早速匙で白米とルーを小さく混ぜ合わせ、パクり。
余程お腹が空いていたのか、黙々と食べ勧める白蓮に対し、星もまた匙を動かしたまま問いかける。
ちなみに星は既に7皿目に突入しようとしていた。

小町「八雲紫主催の会合なんだ。 内容が気になるのは皆同じだよ」
ナズーリン「ああ……しかも、集められたのは各勢力の代表なんだからね」

191 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:44:43 ID:???
この日、白蓮が参加をした会合にはナズーリンの言うように各勢力の代表が集まっていた。
即ち、紅魔館のレミリア=スカーレット。白玉楼の西行寺幽々子。永遠亭の蓬莱山輝夜。
守矢神社の八坂神奈子。地霊殿の古明地さとり。更には地獄から四季映姫。
……そして、命蓮寺の聖白蓮に、主催である八雲紫である。

幻想郷の重鎮達を集めた場で、一体何が話し合われていたのか。
一同が気になるのも自然な話であった。

ルーミア「おかわり〜」
星「すみません、こちらもおかわりを」

ちなみにまるで気にせず食事をするもの、気にしながら食事をするものもいた。

白蓮「内容ですか……そうですね。 別に、そんなに恐ろしいような……多分皆が考えているような、物騒な事じゃありませんでしたよ」
ムラサ「そうなの?」
白蓮「ええ。 今回紫さんが私達を集めたのは、サッカーについて……」
ナズーリン「サッカー?」

ナズーリンの言葉に首を縦に振りながら、白蓮は続ける。

192 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:46:00 ID:???
白蓮「各勢力から各々選手を一名ずつ……外界へとサッカー留学させないか、という提案だったのです」
椛「サッカー留学……ッスか!?」

そして放たれた言葉は、一同が驚愕するに値する、衝撃的なものだった。
元々、先のJrユース大会に幻想郷と魔界が参加をし、
更には各国に選手たちが派遣された事からも――外界と幻想郷との間に、大きな隔たりというものは無くなってきている。
とはいえ、それでもやはり幻想郷と外界とは違う世界。

反町一樹が当初、外の世界に戻るか幻想郷に残るか迷ったように。
本来ならばそう簡単に行ったり来たりができるような関係性ではないのだ。
よりにもよって幻想郷の秩序というものを何よりも大切にしている八雲紫が提案するようなものとは思えない。

小町「……胡散臭いねぇ。 なんだってそんな事を提案したんだい?」
白蓮「先のJrユース大会で、外の世界と交流を深めた事で幻想郷の人妖にもいい影響があったからと聞いてます。
   それに、幻想郷サッカーというものは閉鎖的なもの。
   外界に選手を留学させ、見聞を広め吸収させる事によって新たなカンフル剤としたいと言っていました」
ナズーリン「(胡散臭い……)」
ムラサ「(胡散臭い……)」
星「なるほど! 確かに、幻想郷サッカーは頻繁に移籍があるといえど、主だった選手というのは変わりありませんからね。
  それに我々は前回魔界Jrユースとしての参加でしたから、外界の方々とはあまり大きく接触してません。
  新たに交流が出来るというのは、とてもいい事かもしれませんね」
ルーミア「そーなのかー」

一応理由を聞いてみるものの、その内容はやはり完全に信用出来る――とは言い難いものだった。
……信頼しきっている者も一部にはいたが。

193 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:47:44 ID:???
ムラサ「っていうか、外界にサッカー留学って言っても……幻想郷の方が強いんじゃないの?」
白蓮「そうでもないようですよ。 実際、派遣選手が各国へと渡ってからの1か月間で、
   外の世界の選手たちは大きく成長を遂げていましたし、ぽてんしゃるというものがあるらしいのです。
   既に一定の実力となった以上、ここからはより一層外の世界の選手たちも強くなるだろうというのが紫さんの見解でした」
椛「…………で、それって受けるんスか?」
白蓮「ええ。 各勢力で1名ずつ、という条件ですが賛成多数で可決されました。
   我が命蓮寺からも、誰かを外界へと送らなければなりません」
星「なるほど……それで、期間の程は?」
白蓮「およそ3年間、と聞いています」

3年――という言葉を聞いた途端、一同には衝撃が走った。
精々長くても数か月程度、と思っていた者が多かったのである。
幻想郷から3年もの間離れる……永きを生きてきた者たちばかりとはいえ、それでもその歳月は決して短いものではない。
特に、聖を封印から解放し、ようやく共にいる事が出来た命蓮寺のメンバー達にとっては尚更であった。

とはいえ、白蓮が持ち帰った話である。
ここで誰も行かない――という選択肢も、恐らくはつける事が出来るのだろうが……。

ナズーリン「(うちは他所の勢力と比べても結構な大所帯だからね……さて、断った所でどうなるか)」

幻想郷全土で見ても、命蓮寺はかなりの大所帯を持つ勢力である。
椛や小町、ルーミアという他勢力からの移籍組を除いても6名。
これだけの人数がいて態々八雲紫が集めて発表した提案を断る、となれば……相応の理由というものが必要となるだろう。
まさか聖から離れたくありません、というだけで認めてくれるとも思えない。

小町「先手を取って言わせてもらうけど、あたいはパスだよ。 映姫様も呼ばれてたんだろ?」

そして、まず己の意志を表示したのは小町であった。
そもそも移籍組であり、かつ、明確に他所に上司を持つ彼女が断りを入れるのは道理。
一同もそれを理解していたのか、特に小町を責める事は無かった。

194 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:49:21 ID:???
小町「(とはいっても、映姫様の持つ方の留学権とやらで飛ばされるのもやだな〜……。
    外界にわざわざ行くって事は毎日サッカー漬けになるんだろうし。 嫌いじゃないけど、そこまで必死こくのはねぇ……)」

もっとも、当人は例え映姫の言葉があっても外界へ留学するというのは断るつもりであったが。

ナズーリン「(そして……まあ、ルーミアもまずアウトだな)」
ルーミア「?」

この命蓮寺に身を寄せている間は大人しくしているとはいえ、ルーミアの根本は人食い妖怪である。
命蓮寺を離れ、人々が暮らす外界へと1人放り出すというのは、餓えた獣を放つというのと同義であった。
よって、こちらも話が出る前に、多くの者たちにとって『無し』となる。

星「……では、私が参りましょう! 不肖、この寅丸星! この命蓮寺の為ならば!」
ナズーリン「……いや、流石に本尊であるご主人がいなくなっちゃ駄目だろう」
星「……そういえばそうですね」
椛「(そういえばって……)」

では結局命蓮寺に住まう者たちから出さなければならないのか、とここで一番に名乗りを上げたのは寅丸星である。
本人もやる気は満々であったが、生憎と彼女はこの命蓮寺の本尊であった。
当然ながらそんな立場の者が3年間も命蓮寺を離れる訳にはいかない、と、即座に却下される。
そして、星が残るというのならば、その星の監視役でもあるナズーリンが離れる訳にもいかない。

ムラサ「私も船の修理とか色々あるしなぁ……」

次に口を開いたのはムラサであったが、こちらも問題があって留学には行けないというものだった。
現在彼女たちが住居兼寺として使っている命蓮寺は、元々は彼女が扱う船である。
魔界Jrユースへ合流する際、船へと変形させて使用し、また戻ってきてからは寺として使った為、
この命蓮寺のあちこちは色々と不具合が発生してしまっている。
現在、河童などの力も借りて修復中ではあるが、陣頭指揮を執るムラサがいなくなるというのは問題だ。

195 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:51:11 ID:???
ムラサ「ぬえはどうなの? あんたなら身軽でいいでしょ」
ぬえ「ん……」

そして話を振られたのは、この命蓮寺に居候をしているぬえである。
ムラサの言う通り、彼女はこの命蓮寺において大きな役割というものは持っていない。
住んではいるが、お勤めを手伝う訳でもなく。日がな一日ぶらぶらしている。
一番身軽であり、一番暇を持て余しているのがぬえだった。
ならば留学に行って貰っても問題無いのではないか、というムラサの意見は至極まっとうなものだったが……。

ぬえ「……留学ってさ、要は強くなりに行くって事だぬぇ?」
小町「そりゃそうだろう。 交流だなんだってのも目的としちゃあるだろうが、強くなるのが1番の主目的さ」
ぬえ「(強くなる、強くなるぬぇ……)」

ぬえ本人としても、今以上にサッカーの実力をつけたいとは思っている。
そういった意味では、このサッカー留学というものも悪くは無いと考えていた。
ただ、例えば――この留学をしてぬえがレベルアップをして帰還をした所で、
果たしてそれが命蓮寺を一気に強豪クラスのチームに押し上げるかというと疑問に思う。

ぬえ「(永遠亭は今でもなんとかなるとは思うけど……紅魔館はうちよりも強いだろうし。
    他にも橋姫のチームや地霊殿とかは……うん、厳しそう。 何より守矢にはまず勝てぬぇよね)」

意地が悪くて天邪鬼であるぬえであったが、その根本は仲間への思いやりで溢れていた。
普段の生意気な口の利き方なども、要はその裏返しである。
故に、この時も彼女は全体として――俯瞰的にチームの事を見て、自身に出来る事を探していた。
確かに留学をしてぬえ自身が強くなる事も一つの手である。だが、それは他の者にも出来る。

ぬえ「(……うちの強みって、オータムスカイズみたいに全員を名有りで固められてるって事だぬぇ。
    戦争は数だよって偉い人も言ってたし、うん……)私もやりたい事があるからパスだぬぇ!!」
ムラサ「えー……」

よって、ぬえまでもこの留学の件を断った。

196 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:53:04 ID:???
となれば他に行けそうな人物など、そう多くは残っていない。
この命蓮寺の代表である白蓮を除けば、自然と絞られてくる。
一同は一度、視線を椛へと集中させ――これを受けた椛は、やや俯きながら、苦笑しつつ口を開く。

椛「……申し訳ないッスけど、自分も妖怪の山の仕事がありますから。 3年なんてとてもとても……」
ナズーリン「ああ……まあ、そうなるだろうね」

元々彼女も妖怪の山に所属をしており、手に職を持つ妖怪であった。
哨戒天狗として組織においても下っ端に位置される彼女が、3年間もの長い間……。
仮に守矢神社などからの指令でならばともかく、命蓮寺の為にと仕事を休むという事が出来よう筈もない。

椛「(それに……サッカー留学をしても、ねぇ)」

ただ、それ以上に椛がこの話を受け入れられない理由もあった。
Jrユース大会から既に数日が過ぎていく中、多くの者たちはあの敗戦から立ち直り始めていたが、
椛の中では未だに尾を引いている。

かつてオータムスカイズに在籍をしながら周囲の成長に後れを取り、チームを立ち上げ始めたばかりだった命蓮寺へと移籍。
当初から今まで、得意とするブロックと数少ないサッカー経験者として主にディフェンス陣を引っ張ってきた。
練習などによる成果が芳しくない時もあったが、それでも努力を重ね、
魔界Jrユースではレギュラーとして起用される程には成長をした。

それでも負けた。完膚無きまでに。

椛「(反町さんどころか……魔理沙やリグルのシュートすら止められなかったッス……。
   今更、自分がサッカー留学した所で……この差が埋まるんスかねぇ……)」

強くなっても強くなっても、差は縮まるどころか逆に広がるばかり。
自信を喪失しつつあった彼女が乗り気になれないのも、無理からぬ事だった。

197 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:54:05 ID:???
ならば――と、一同は視線を縁側へと向けた。
ここまで話し合いに一度として参加をしていない……この命蓮寺のキャプテン。

白蓮「佐渡くんは……どうでしょうか?」
佐野「………………」

いつものように名前を間違える白蓮に、もはやツッコミを入れる事なく。
佐野満――椛同様、ボッコボコのケチョンケチョンにしてやられてしまった男は、縁側で静かに黄昏ていた。

ナズーリン「……やめておいた方がいい、聖。 今の彼には心の休養が必要だろう。 それと、彼の名前は佐野だ」
小町「元気だけが取り柄って感じだったのにねぇ……」
椛「(無理無いッスよね……)」

幻想郷へと戻ってきてからというもの、佐野はいつもこうであった。
命蓮寺で生活するようになって規則正しい生活が身についた為に朝は早朝に起床をし、
食事もしっかりと取り、手伝いなどもするものの、暇があればいつも縁側で黄昏るばかり。
無暗やたらとやかましく、根本的にアホで、割と一同からは呆れられる事も多かったかつての姿は潜めていた。

198 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:56:07 ID:???
その原因といえば、やはりあの大敗が原因なのだろう――と、一同は考える。
反町より後に幻想郷へと呼び出され、命蓮寺へと所属をし、これまで切磋琢磨をしてきた。
幻想郷内の大会で栄光を掴み、かつてからは想像も出来ない程の力をつけた反町に対し、
羨望と嫉妬とを混ぜたような複雑な感情を持ち合わせていた佐野。

そんな彼が初めて反町と対峙をしたのは、命蓮寺としての練習試合。
全幻想郷以上の猛特訓を繰り返して挑んだその試合に――しかし、佐野達はボッコボコにやられた。あまりにもあっさりと。
そこまでならばまだ佐野も立ち上がれた。頼れる仲間と師匠と共に、リベンジの機会を伺った。

だが、そのリベンジの機会がどういう結果になったのかは――先述の通りである。
得意のキープもある程度成功しようと、相手はその上を行く超火力で蹂躙する。
ダブルスコアをつけての大敗。

椛「(普段明るい人程、落ち込んだ時に立ち直るのが遅いって言うッスけど……)」
ぬえ「……バッカみたいだぬぇ。 いつまでもメソメソしててもしょうがないのにさ」

いつものぬえの悪態が鈍る程度には、佐野の気落ちは目に余るものだった。

199 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:58:19 ID:???
一旦ここまで。

200 :森崎名無しさん:2018/02/09(金) 02:18:11 ID:???
乙でした
佐野くんすっかり大人しくなっちゃってまあ
復活の軌跡楽しみに待ってます

201 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:24:30 ID:???
となると結局、誰も留学に行かせる者がいなくなるという結論になってしまう。
その後も一同は喧々囂々と議論を重ねるのだが……。

魅魔「ちょいと邪魔するよ」
白蓮「あら?」
星「ああっ、魅魔さん! お久しぶりです!」

不意に聞こえてきたのは、件の佐野の師匠――魅魔の声であった。
佐野の師匠として普段から命蓮寺で過ごしていた彼女であったが、Jrユース大会が終わってからというもの、姿を見せない。
一体どうしているのだろうかと思っていた所にようやく姿を見せ、白蓮や星は喜ぶのだが。

ナズーリン「一体今までどこをほっつき歩いていたんだい? 先代の博麗の巫女殿は……今は神社にいるらしいが」
魅魔「いやなに、魔界の連中についてあたしゃあっちに戻ってたんだよ、色々と話もあったからね。 
    幻想郷に戻ってきたのはつい昨日の事さ」
ムラサ「それならもっと早く顔を出してくれればよかったのに……」
魅魔「そうしようとも思ったんだけど、ちょいと野暮用があってね……ほれ」

言いながら、魅魔が身を翻すとその背後から人影が現れる。
決して大柄という訳ではない彼女の背中に隠れる程の小柄、しかしながらこの場にいる全員がよく知る顔。

202 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:25:53 ID:???
魔理沙「よう」
小町「あれっ、魔理沙じゃないか?」

普通の魔法使い――霧雨魔理沙の姿が、そこにあった。

魔理沙「しかし……改めて見るとどういう集まりだこりゃ?
     寺の連中はともかく、死神に人食い妖怪に白狼天狗。 とんと共通点が見当たらんぜ」
椛「まあ、話せば色々長いッスよ」
魔理沙「じゃあいいや。 そこまで興味はない」
魅魔「バカタレ、興味が無かろうが話くらいは聞いとけ。 少なくとも、あたしがそこそこ長い間滞在したチームの事だ」

パコッ

魔理沙「いてて」

相変わらずの憎まれ口を叩く魔理沙の頭を引っぱたきながら注意をする魅魔。
いつまでも師匠面されて嫌になる、と肩を竦める魔理沙だったが――その表情が実に楽しげに見えたのは錯覚ではないだろう。
魅魔と魔理沙の関係性について、命蓮寺に所属をする一同は既にあらかた説明されており、
なるほど、幻想郷へと戻ってきた彼女が魔理沙の元へと向かうというのもわかる話であった。

白蓮「昨夜は魔理沙さんの所にお泊りになられたんですか?」
魅魔「ああそうさ。 しかし酷いもんだったよ、そこら中に物が散乱してて寝るスペースすら取れやしない」
魔理沙「普通だぜ」

呆れた様子の魅魔も、しかし嬉しげであり……そんな中、視線を彷徨わせて縁側で佇む、もう1人の弟子に目をつける。

203 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:27:08 ID:???
魅魔「……あいつはまだあの調子かい」

大会後、魅魔が一旦命蓮寺のメンバーから離れ魔界へと向かった際、彼女の気がかりとなったのが佐野の事である。
試合中、点差が決定的となった時から糸が切れた人形のように脱力し、試合が終わってからも立ち直る素振りすら見せなかった。
果たしてそんな彼を置いていって大丈夫か――と、後ろ髪を引かれながらも、
しかし、今後を考えて神綺たちと共に魔界へと戻った。

その期間中に、佐野ならば地力で立ち上がってくれるだろうと考えてはいたのだが……。
生憎と、魅魔の期待通りにはならなかったのは、一目見ればわかってしまう。

魔理沙「……魅魔様」
魅魔「ん……」

それは魔理沙から見ても明らかなものだったのだろう。
殆ど言葉を交わした事が無いと言えど、魔理沙にとって佐野は弟弟子である。
今、佐野に何が必要なのか――姉弟子である彼女は誰よりも理解しており、視線で魅魔に訴えかけた。
それに魅魔はただ頷くだけで了承し、ふよふよと佐野の傍まで移動をする。

魅魔「どうした、しょぼくれて」
佐野「…………なんだ、師匠か」
魅魔「なんだとはなんだ、久しぶりに会った師匠に対して」

204 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:29:14 ID:???
軽く声をかけてみても、返ってくるのは上の空の返事。
一目魅魔を見て、しかしすぐに視線を虚空へと向けて溜息を吐く佐野を見て、いよいよもって重症だと魅魔は悟る。

魅魔「(落ち込む事こそあれど……こいつはそこまで引きずるタイプには思わなかったがねぇ。
    ……まぁ、こういう事もあろうさ)」

体育座りこそしていないものの、ジメジメとした佐野の態度に眉を潜めながら、
それでも魅魔は佐野の隣へと腰かけた。

魅魔「……ちゃんと飯は食ってるかい?」
佐野「…………」
ムラサ「あ、今日の昼食はちゃんと2回おかわりしてたわよ」
魅魔「(……落ち込んでる割にはしっかり食ってるね)」

返事をしない佐野に代わってムラサが答える。
色々と言いたい事はあるが、ともかく、食欲があるのはいい事だとして魅魔は続ける。

魅魔「……そんなにショックだったかい、あの反町くんの事が」
佐野「………………」

無言ではあったが、反町の名を出した瞬間、佐野の体がピクリと震えるのを魅魔は見逃さなかった。
やはりあの大敗――そして、反町と己との格差というものが、彼の中では大きくのしかかっているのだろう。

佐野「………………」
魅魔「……お前さん、言ってたね。 自分と反町くんとやらは、元いたチームじゃ似たような立ち位置だったって」

反町一樹と佐野満。
両者は共に、全日本Jrユースへと召集をされたFWであった。
反町一樹は全国中学生サッカー大会の得点王。
そして、佐野満は初出場ながらもベスト8まで駒を進め、優勝チームである南葛を苦しめた比良戸の2年生FW。
大会でも両者ともに活躍をしたが、しかし、代表での扱いは決していいものではなかった。

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