キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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【SSです】幻想でない軽業師

1 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/01/20(土) 21:45:02 ID:???
Act.1 その時の結末

後半16分。

45分ハーフ、現時点で5−3でのビハインドという劣勢。

佐野「ハァ……ハァ……!」

フランス国際Jrユース大会、準決勝。
全幻想郷Jrユース対、魔界Jrユース。
どこからどう見てもJrユースという年齢層には見えない選手たちを抱えながら、
両チームはぶつかりあっていた。

ぶつかり合った結果が、先に出したスコアである。
電光掲示板に映るその数字を見ながら、魔界Jrユースの――キャプテンですらない、一選手。
"彼"は、走り回る。
走り回る事しか、今の自分に出来る事は無いと知っているから。

佐野「(ふざけんな……! ふざけんなふざけんなふざけんな!!!!)」

叫びたい気持ちを、押し殺しながら"彼"はひた走る。
その脳裏に、ここまでの道程がフラッシュバックした。

ボール運び程度なら出来ると、幻想郷へと召喚され。
しかしながらゲームメイカーには到底足りないと勝手気ままに烙印を押され、あっさり現実へと送還。
かと思えば使い道はあると言われ、妖怪の賢者に送り込まれた先はサッカー未開の地、命蓮寺。
まるでサッカーの素人ながら、素質はある彼女たちと切磋琢磨をし、
召喚の根本となった賢者の傍らにいる天才に羨望の目を送り、そして要因となった魔王をめざし。

168 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:19:31 ID:???
橙「(うぅ……どうすればいいですかにゃ〜!)」

などという事がありつつ、場面は再び話し合いの場に戻る。
相変わらず、橙は頭を抱えて項垂れていた。
彼女としても、ある意味ではメディスンと同じ――反町についていくという選択肢ではなく、それ以外の事で悩んでいた。
オータムスカイズを離れ、藍の期待に応える為にも武者修行へと行くのか。
それともこのままオータムスカイズに在籍し続けるのか。

橙はその小さな頭を捻り、懸命に考える。
敬愛する藍からの信頼、期待に精一杯応えたい。
今よりも更にレベルアップをして、八雲一家として恥じる事の無い実力を身に着けたいという思い。
その気持ちは、橙の中に確かにあった。

橙「(でもでも、私が今離れたら……どうなっちゃうんですか……)」

チルノたちDF陣が抜けた事について、橙が残った所で解決できる事は何ら無い。
何故なら彼女の守備はからっきしであり、名無しの妖精とも大差無いレベルなのだから。
だが問題はこのチームの攻撃面である。

橙「(今日の朝に聞いた反町さんの移籍……それに、風見幽香もいない)」

爆発的なシュート力を持つストライカーと、幻想郷有数のMFの離脱。
チルノ、レティ、大妖精という守備の柱を失う以上に、攻撃面での低下も著しい。
唯一、静葉が引き留めてくれたお蔭でリグルの流出が防がれたのはオータムスカイズにとって朗報であったが、
それでも手数が明らかに足りない……と、橙は感じている。

橙「(なんだかJrユース大会でも凄く活躍してたし、実際それくらいリグルは強くなってるけど……。
   でもでも、リグル1人じゃ無理。 他に得点力がいる選手が殆どいないにゃ……)」

169 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:21:06 ID:???
ドリブル、パス、シュートと全てにおいて万能であり、
なおかつその必殺シュートは幻想郷においても上位に入る程のリグル。
反町がいなくなった後、このチームで最も総合力が高い選手は彼女になるだろう。
静葉が引き留めの際に使った『オータムスカイズのエース』という言葉も、決して誇張やおべっかではない。

ただ、だからといって彼女がいるだけで攻撃全てが上手くいくかと言われれば話は別である。

そもそも彼女自身、あまり周囲の指示を聞かず、おつむが大変残念である。
PA内を固めているのにドリブルで突っ込む、作戦をあまり理解しない、挑発には乗りやすく頭に血が上りやすい。
と、実力以外の面での大きな問題も抱える。

更に、スタミナの方も決して多い方ではない。
……スタミナについてはそもそもオータムスカイズの選手陣、殆どの者たちが足りていないという話もあるが、
その点を考えても手数というものがまるで足りない。

何よりも得点力を持つ選手がリグル以外にほぼいないというのが問題点である。
静葉もミドルシュートを持つが、その威力は決して高いものではない。
恐らく、永遠亭のお姫様でも取れるくらいだろうと橙は認識している。
かつてはFW・MF・DFとあらゆるポジションをこなし、
FWとして出場をした際には恵まれたスタミナからシュートを乱打していた妹紅も、
しかし、オータムスカイズに加入をしてからはほぼDFとしての起用が主である。
シュートに関しては、大きく錆びついてしまっている。

橙「(リグルにマークつけられたらそれで終わる話だにゃ……でも……)」

もしも自分が残留をすれば、違う――と、橙は考える。

170 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:22:40 ID:???
守備能力についてはなんども言っているように、あまりにもお粗末な橙。
しかしながらドリブル、パス、シュートと攻撃面に関してはかなり高いレベルで纏まっていた。
特にドリブルに関しては――流石に霊夢やパルスィといった超がつく程の一流には一歩及ばないかもしれないが、
それでも幻想郷上位には入れるだろうという自信もあったし、
サイドアタッカーとして重要な正確なパスも磨いてある。

橙「(シュートは……流石にリグルには負けちゃうけど)」

それは単純にリグルのライトニングリグルキックが規格外の高火力シュートなだけである。
純粋なキック力だけで見れば橙はリグルと伯仲していたし、
FWとして起用をするのならば最低限と言えるだけのシュート力は身に着けていた。

橙「(私が残れば、静葉さんだってやりやすくなる筈ですにゃ……)」

恐らく――反町が離脱をした後、キャプテンマークをつける事になるのは静葉になるだろう、と橙は考えていた。
実際、今までも副キャプテン的な役割に回る事が多く、
一同を引っ張るような力は無いまでも、纏め、一歩引いた所から見守る事の出来る人だと橙は信頼をしていた。
そんな静葉と、同じMFとして切磋琢磨をしてきた橙は、
パサーである彼女がパスを出す先の選択肢が増える事はきっと喜んでくれる筈だとも思う。

橙「(私も、このチームには最初から……本当に最初からいたんだ)」

橙がチームに加入をしたのは、反町達がチームを立ち上げたその翌日。
妖精トリオの後、静葉らの勧誘を受けて入った。言わば、初期メンバーの一員である。

橙「(妖精トリオも残るんだろうし……静葉さんや穣子さんも、このチームで頑張ろうって……。
   反町さん達がいなくなっても、戦えるようにって思ってる筈ですにゃ)」

理性はそんな思いだけで反町達が抜ける穴を埋める事は出来ないだろうと感じていた。
だが、感情は違った。共に戦い、切磋琢磨してきたチームメイト――。
橙が幻想郷上位の力(なお守備は壊滅的)を手に入れる事が出来たチームの、崩壊の危機。

171 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:23:46 ID:???
橙「(もっと強くなりたい、藍様の期待に応えたい……でも……でも! 強くなるのに、必ず離れる必要がある訳じゃない。
   私がここで、もっと強くなれれば……何も問題ないんだから!)
  あのっ! わ、私も……私も、チームに残りますにゃ!」
静葉「! そう……ええ、ありがとう。 歓迎するわ」
橙「(藍様も紫様も、きっと許してくれる……今更、みんなを裏切れない)」

熟考の末に橙が下した結論は残留であった。
情に絆された、と言ってもいい。

冷静に考えれば、そもそも八雲一家である橙がここまでオータムスカイズに肩入れする必要は無い。
主命があったのだから、そちらを取る方が余程自然と言えた。
式神――主人の言葉には忠実である存在である事を考えれば、尚更である。

ただ、それでも橙は選んだ。
確固たる意志で、泥船に乗る事を望んだ。

橙「(反町さん達がいなくなっても、また強くなっていけばいいんだ)」

弱者が決して強者になれないという訳ではない。
それは主人が在籍をするチームの橋姫が、見事に体現している。

橙「(パルパルズはオータムスカイズの打倒が目標って言ってた……私達は、そうやって強くなってきたパルパルズを目指して、
   これから頑張るんだ)」

同じドリブル巧者として、(性格までは勘弁だが)橋姫の飽くなき向上心を目指しつつ橙はそう誓った。

橙「(その為にも、明日からドリブル練習だにゃ!)」

因みに、守備を鍛えるつもりは全くなかった。


172 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:25:21 ID:???
静葉「(よかった……これで、少なくとも、チームの形は出来る。
    チルノとレティ、大ちゃんの離脱はあまりにも大きすぎるけど……)」

それでも、まだこれならば戦える――と、静葉は考えていた。
攻撃面ではリグルと橙を主体とし、守備面ではにとりに妖精1、妹紅、穣子とそれぞれ長所が別れるDF陣を巧みに使える。
中盤に関しては……複雑な話だが、風見幽香が来る以前に戻るだけである。
自身が彼女には到底及ばない能力しか持っていない事は静葉自身理解もしていたが、
チームを纏める為に精一杯の努力はする所存であった。

静葉「(ただ、中盤は底にヒューイを置ける。 彼女がいてくれれば、大ちゃんの穴を埋める事が出来る)」

チルノたちが離脱した事で、ミドルシューターに対して取れる対策が、
ほぼにとりのブロック頼みになってしまう。
よって、これからのオータムスカイズの守備での方針は――打たせる前に止める、が第一となってくる。
その際に誰よりも頼りになるのが、ヒューイである。

リグル同様――否、元が名無しの妖精である事を考えれば、成長率だけで言えばオータムスカイズ1のヒューイ。
既にその実力は……少なくともタックルに関しては、まず間違いなく世界でもトップレベル。
ボランチとして最低限の攻撃能力も持ち、彼女こそが守備と攻撃、両方における要となるだろうと静葉は考えていた。

静葉「これからもよろしくね、ヒューイ」
ヒューイ「ほえ?」

何の気なしに、静葉はそう声をかけた。
声をかけてから思い出す――そういえば、彼女はこの話し合いで一言もしゃべっていなかった、と。

声をかけられたヒューイは、「お夜食」として穣子が用意したお芋を頬張りつつ、首を傾げる。

173 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:27:17 ID:???
ヒューイ「よろしくって何が?」
静葉「?」

最初、言われてる意味が静葉はわからなかった。
よろしくとは言葉通り、これからも同じチームの一員としてよろしく、という意味である。
如何におつむが弱い妖精といえど、それくらいは理解出来る。
出来る筈である――だからこそ、静葉は一瞬虚を突かれた。

妖精1「何が?じゃないわよ……これからも同じチームとして、って事でしょ」
ヒューイ「?」

思わず二の句が継げなかった静葉に代わり、妖精1がフォローをする。
それでも、ヒューイはよくわかってない様子でやはり首を傾げ……口の中で咀嚼していたお芋をごっくんすると、
その大きく丸い瞳をぱちくりさせながら、ただ一言、言った。


ヒューイ「……私、あの人間についてくよ?」


静葉「……は?」

その一言に、静葉は思わず間の抜けた声を出し。

妖精1「え?」
サンタナ「え、えええええええええっ!?」

残る妖精2人は、片方は呆気にとられたように――そして、もう片方は驚きのあまり絶叫をするのだった。

174 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:28:59 ID:???
驚愕をしていたのは、3人だけではない。
ほぼオータムスカイズ所属の選手たち、全てが驚いていた。
彼女たちの認識としては、ヒューイは反町と一応の師弟関係こそ結んでいるものの、
その絆については妖精1とにとりのように固いものでは無い。
むしろ縁深く、親しいのは妖精トリオ同士であった。

だからこそ、妖精1とサンタナが残留を決めた際、ヒューイも残るものと決めていた。決めつけていた。
だが、静葉が感じたように、ここまで彼女はこの話し合いの場で一言も喋っていなかった。
己の意志を示してはいなかった。
故に、ここで移籍を表明するというのも――反町についていく、というのも……可能性としては残っていただろう。

静葉「な……何故?」

頭を鈍器で殴られたような、頭痛を覚えながらようやくの想いで静葉は言葉を紡いだ。
いや、妖精は気まぐれなのだ。計算通りに行かない事も、多々ある。
反町についていく――と言っても、それが一時的な思いなのだとしたら、或いは、引き留める事も出来るかもしれない。
サンタナと妖精1が残留を表明しているのだから、少し突いてやれば天秤はこちらに傾く。
そう考えて、静葉はヒューイの言葉を待った。

ただ、結論から言えば静葉のその考えは見当違いのものだった。

ヒューイ「何故って……だってさ」

それは感情ではなく。

ヒューイ「人間の所にいた方が、強くなれるしレギュラーになれるもん」
静葉「…………は」

実利だけを求めての移籍。

175 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:30:21 ID:???
今のヒューイなら、どこに行こうがレギュラーを取れるだけの実力がある。
反町がいたから強くなったという訳ではない、
無論、反町がヒューイの練習を見てやったという事も多々あったが、ヒューイ自身の努力の結果もあっての事だ。
ただ、少なくともヒューイはそう感じてしまっている。

かつてサンタナがチルノを忌み嫌い、そして練習で勝利を収め、
チルノに勝った=自分こそが最強であると思いこんだように。

妖精1が代表レベルの闘いで相応の活躍が出来る程に成長をしても、
しかし、未だに過去のトラウマから己の力量に自信を持てていないように。

妖精という種族は根本的に短絡的であり、そして思い込みが激しく、意固地なのだ。

ヒューイの場合もまた、そうだった。
彼女は反町がいたから自分は強くなれた、反町がいたからレギュラーが取れたと思い込んでいる。
それが事実かどうかはさておき、少なくとも、彼女にとっては真実だった。
そんな彼女が、どうして反町から離れられるだろう。
例え妖精1やサンタナと別れる事になったとしても、彼女は反町が移籍をするという話を聞いた時から自分もついていくと決めていた。

静葉「あ、あのね、ヒューイ……落ち着いて聞いて」
ヒューイ「それにさ」

それでもなんとか説得しようとする静葉の言葉を無視して、ヒューイは続ける。
大人びていて、臆病で、劣等感に塗れ、やや斜に構えているが本心は素直な妖精1。
人一倍元気で、やかましく、時に傲慢で暴走する事も多いサンタナ。

彼女らに比べるとヒューイは子供っぽく、いつも腹を空かせ、しかしながら他の妖精たちに比べると人一倍無邪気で――。

ヒューイ「弱いチームにずっといる理由なんて、無いでしょ?」
静葉「…………」

――人一倍、残酷であった。

176 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:31:58 ID:???
こうして、話し合いは終わった。
反町と幽香、2人の移籍と失踪を発端とした、4人の離脱。
名門と呼ばれていたオータムスカイズは、計6人――あまりにも大きすぎる戦力を、失った。

妖精1「ヒューイ……」
サンタナ「なんでよ……あっちにはチルノいるじゃん。 なんでよ」

眠くなったと言って我先に部屋へと戻ったヒューイに、妖精1達はかける言葉が見つからなかった。
妖精1とサンタナは何故ついてこないのか、と逆に首を傾げ問いかけてきたヒューイ。
予想だにしない離別を前にして、そもそも自分たちの精神を整える方が彼女たちには先決であった。

リグル「ハッハァー! 大丈夫大丈夫、6人いなくなってもエースが残ってる限りはオータムスカイズは安泰だよ!」
リリーW「……実際リグルに頼るしかないですよー、このチーム」
リリーB「ホワイト、明日から私はGKの練習する……。 ……多分、今更FWとして鍛えてもついてけない」
メディスン「(ホワイトもMFなら使えるかっていうとそうでもないけど……パスだけなら、それなりには出来るしね)」

能天気な者もいる。
ある意味彼女が一番幸せ者であり……そんな彼女に頼るしかない現状に、不安を覚える者たちもいた。

にとり「(妖精1……辛いだろうけど、幻想郷サッカーじゃ移籍や離脱は日常茶飯事だ。
     ……敵として戦う時、お前の実力をヒューイに見せてやるんだよ)」
橙「……反町さん達がこの家を出て行くのって、いつになるんですかにゃ?
  (移籍が決まった以上は、早めに出て行って貰った方がいいんじゃ……このままだと、絶対歪みが出来るにゃ)」
妹紅「具体的にはわからないけど、まあ、近い内になるんじゃないかな。 ……あ、そうだ穣子!
   出て行く日には、豪華なお料理作ってよ! 盛大に、送り出そう! ね!!」
穣子「もっちろん、そのつもりよ! (私があいつに料理作ってあげれるのも、もう少しだけだもんね)」

身内を心配する者、チームを考える者、出て行く者を想う者もいた。
確固たる信念で残留を決めた彼女たちはそれなりに表情は明るかったが、それでもいつもに比べればぎこちなかった。

177 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:33:02 ID:???
静葉「(弱いチーム……ね)」

そして、率いる者は――残酷にも告げられた言葉を受け止めていた。

事実、現状のこのチームは弱いだろう。チームとしての格どころの話ではなく、純粋な力として。
幻想郷トップクラスチームである紅魔スカーレットムーンズや、博霊神社連合は当然として、
そこから格が落ちるであろう、永遠亭ルナティックス、地霊アンダーグラウンド、ネオ妬ましパルパルズにも……。
かつては勝利を収めたそれらチームにも、今ならば負けてしまうかもしれない。

いや、高い確率で負けるだろう。それ程までに戦力の流出が痛い。

静葉「(でも、やるしかない……やるしかないのよ)」

信仰を集める為に闘う。チームに愛着があるから闘う。倒したい相手がいるから闘う。
己の存在を証明する為に闘う。ただなんとなく闘う者もいる。
それぞれ思いも、その深さも千差万別なのは相変わらずだ。
ただ、これからはそんな一同を――自分がまとめなければならない。

静葉「(私の為にも、穣子の為にも――そして、このオータムスカイズの為にも)」

静葉はこの場にいる10名をぐるりと見回してから……大きく手を叩いて、注目を集める。
一体何事かと一同が勘ぐる中、静葉は些か緊張しながらも……それでも、一同の視線を受けながらその口を開いた。

静葉「みんな、よく聞いて。 それじゃあこれから――明日の予定について、決めるわ!」

何度となく繰り返されてきた、明日の予定を決める夜の恒例行事。
彼女の手には、既に一同から提出をされていた一週間の予定表が記されてある。
後はこれをもとに、練習と自由行動を計画的に織り交ぜていくだけ。

静葉「まずは午前だけど……」

オータムスカイズ新キャプテン――キャプテン静葉の初仕事であった。

178 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:35:00 ID:???
………
……


ちなみに。

うどんげ「いっ、いいのかなぁ……勝手に何も言わないで出てきて」
てゐ「ええんやええんや! どーせ私達がオータムスカイズに加入してた事なんてみんな覚えてへんてウサ!」

夜の帳が落ちた中、竹林を颯爽と走っていたのはうどんげとてゐであった。
彼女たちの肩には私物が入った風呂敷包み……さながら夜逃げ同然の格好をしている理由といえば、
彼女たち自身が行っている通り、オータムスカイズを何も言わずに離脱してきたからに他ならない。
誰も覚えていないかもしれないが、一応、彼女たちもオータムスカイズ所属である。

うどんげ「うぅっ、最後にお別れくらい言いたかったなぁ。 だってみんな、仲間だもんげ!!」
てゐ「そんな事言ってる場合じゃないでしょ! 師匠からとっとと戻って来いって言われてんじゃん!
   大体、どーせ私達があそこに入ったのだって、博霊連合じゃアカンわと思って入っただけだし……」
うどんげ「でも結局オータムスカイズも負けちゃったけどね」
てゐ「うっさいウサ!」

ゲシィ!

うどんげ「痛い!」

179 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:36:53 ID:???
そもそも永遠亭所属の彼女たちは、あまりオータムスカイズ所属というイメージが無い。
その上に在籍期間も短かった為、幸か不幸か話し合いの場にいなくても誰も気づかなかった。
……或いは、気づいていても無視した者もいたかもしれない。
いたらいたで戦力低下している中でありがたい話だが、さりとて無理に引き留める程の実力者ではないのだから仕方ない事だった。

そして、彼女たちは反町の移籍を耳にする前から永遠亭に帰ってくるようにと師匠である永琳と主人の輝夜に告げられていた。
このどさくさに紛れてそのまま帰っちまおう、という魂胆である。

うどんげ「でも師匠もなんでこんな急に戻って来いって言ったんだろ。
     私、結構オータムスカイズの事気に入ってたなんだけどなぁ……何も言わなくてもご飯が出てくるし」
てゐ「知らんウサ。 ま、重要な事なんじゃないの?」

割と未練がましいうどんげに対して、てゐの方はさっぱりしている。
ちらちらと来た方角を見ているうどんげは、誰も聞いてはいないのに口を開く。

うどんげ「あそこにいたら私もストライカーとして才能が開花……してたような!」
てゐ「(またうどんちゃんの妄想がはじまったウサ……)」
うどんげ「妖精たちの合体シュートあったでしょ! ああいう感じで、私もてゐと合体シュートしたり!
     真実の友情に目覚めたり!!」
てゐ「はいはい、また聞いてあげるからとっととかえろ。 ね?」
うどんげ「あわわ、待ってよー」

呆れを通り越して悲しさすら覚えてきたてゐは、強引に話を打ち切って駆け出した。
慌てて、うどんげもその後を追う。

文字通り、脱兎の如く秋空から脱出する2名であった。
なお、あまり戦力に影響はないもよう。

180 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/05(月) 22:39:19 ID:???
という事で一旦ここまで。
多分新生オータムスカイズのフォーメーションはこうなると思います。

−−J−− Jリグル
−−−−H H橙
−−−−−
G−I−F Gサンタナ I静葉 FリリーW
−−E−− Eメディスン
D−B−C D穣子 B妖精1 C妹紅
−−A−− Aにとり
−−@−− @リリーB

……うーん。

ひとまず、これで幻想のポイズン、その後の後処理のようなものはおしまいです。ここまでで序章くらいです。
次からは幻想郷の他の勢力、ならびに表題の人も出てくると思います。それでは。

181 :森崎名無しさん:2018/02/05(月) 22:47:34 ID:???
乙でした
分かってた事だけどヒューイの選択が辛すぎるな
初期は反町の標榜する和を尊重しててくれたのに……まあその反町が自分からその和を捨てたのが原因だけど

182 :森崎名無しさん:2018/02/05(月) 23:23:04 ID:???
乙でしたー
今回もボリュームあって中身も濃くて読んでて楽しかったです!
キャプテン静葉は難易度高そうだけどやってみたいな

183 :森崎名無しさん:2018/02/06(火) 03:05:42 ID:???
乙でした
全幻想郷の選出メンバーが7人+派遣選手が1人居る名門チームという見方もあるのかな
橙も残ってくれたし、それなりにコマは揃ってると思うのよね
ただ、ラスボスの守矢がヒューイ加入でさらに強化されてどうしたものやら

うどんちゃん完全に忘れてた(小声)

184 :森崎名無しさん:2018/02/06(火) 20:38:30 ID:???
雑魚ではないけど強豪ではない絶妙なバランスのうどんげすき
忘れてたけどw

185 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/06(火) 23:47:36 ID:???
>>181
乙ありです
ここら辺はそれぞれの中で何を最優先事項とするかという所ですからねぇ
>>182
乙ありです
本当はもうちょっと短く纏めたいのですが、ボリュームがでてしまいましたね
キャプテン静葉は……もしやるとすると、相当な高難易度になると思います
チーム自体はある程度纏まってるので変に不穏な事になる事は無いと思いますが、何せ戦力が……
>>183
乙ありです
選出メンバー、とはいえ……能力値的には石崎や高杉や修哲トリオクラスばかりのようなものですからね
辛うじてリグルが早田あたりより若干上という程度です

うどんちゃんは犠牲になったのだ……シリアスが続いた中での一服のギャグパートの、その犠牲にな
>>184
うどんチャンスが多分その内回ってくると思うのでご期待下さい!(活躍するとは言ってない)


本日も更新はお休みします。それでは。

186 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 01:33:03 ID:???
本日も更新はお休みします。
明日には投下できると思います。

187 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:38:47 ID:???
Act.5 佐野満の憂鬱

オータムスカイズの分裂から、再び数日が経った。
幻想郷Jrユース大会が終わってから数えればこの頃で2週間程。
既にこの頃になると各勢力、各サッカーチームも普段通りの日常へと戻っていた。

幻想郷では新参に入る勢力である命蓮寺。
ここもまた、日常へと戻っていた。
朝のお勤めを果たし、昼食時になった為にみんな揃ってのお昼ご飯タイム。
本日のメニューは金曜日である為、キャプテン・ムラサ特製カレーである。

ナズーリン「うーむ……しかし、これは驚いた。 あの守矢の風祝とオータムスカイズのキャプテン……。
      ああいや、元キャプテンとが恋仲だったとは」

そんな中、小食であるが故に一足先に昼食を取り終えていたナズーリンは、
今朝方投函をされていた新聞を熱心に読んでいた。
一面に載っているのは、先ほど口にしたように守矢神社の風祝――東風谷早苗と、外来人反町一樹の熱愛報道。
幻想郷Jrユースに参加をした選手が誰一人としていない命蓮寺である為、実際に見聞きした訳ではないが、
その事自体は風の噂で聞いていた。

少女たちが中心である幻想郷。噂の流れる速度は早い。色恋沙汰となれば尚更である。

星「でもいい事ですよね。 祝福されるべき夫婦が増える事は、大変喜ばしい事です。
  あ、ムラサ、おかわり」
ムラサ「いやー、まだ夫婦になった訳じゃないんじゃない? あと星はどんだけ食うのよ……いつもの事とはいえ」

本日4皿目となるカレーを要求する星と、呆れながらも皿を受け取りおかわりをよそうムラサ。

188 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:40:08 ID:???
ルーミア「私もおかわり〜。 でも、いつもの事って言えば〜、カレーなのにお肉入ってないんだね」
小町「いいんじゃないかい? これはこれで美味いよ」
ルーミア「……ところで死神さんは今日平日なのにお仕事しなくていいのか〜?」
小町「なんのなんの、今日はプレミアムフライデーで花金だから問題ないのさ」
ルーミア「そーなのかー」

命蓮寺のチームに所属をするルーミアと小町の両名もいた。
割とフットワークが軽い彼女たちであるが、Jrユース大会が終わっても離脱する事はなく、チームに在籍を続けている。
それだけこの命蓮寺というチームの居心地が良かったのかもしれない。

ぬえ「しかし、こんなもん一面にするってどうなのかぬぇ……。 週刊誌じゃないんだし」
ナズーリン「まあ似たようなものだろう、天狗の新聞も。
      ……それに、サッカー関連でも大きな関連記事があるからね」

つまらなそうに新聞を横から見ていたぬえが茶々を入れるが、このニュースは一面で取り上げられる程大きなものである。
ナズーリンの言う通り、反町一樹と東風谷早苗の交際が発覚、正式に公表をしたのと同時、
守矢フルーツズは反町をはじめ、元オータムスカイズ所属である選手数名を加入させた。
Jrユース大会で猛威を振るったストライカーの移籍となれば、それはやはりビッグニュースだ。

小町「しかしまぁ、純そうな顔してやる事やってんだねぇ。
   どうだい椛、あんたがいた頃からこの子と早苗ってそんな雰囲気あったりしたのかい?」
椛「……どうッスかねぇ」

189 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:41:27 ID:???
小町に話を振られた椛は、苦笑をしながらそう返答するのが精いっぱいだった。
元々、オータムスカイズに所属をしていたとはいえ、椛と反町の仲は決して深いものではない。
少なくとも彼女が見てきた内では逆はあっても、反町が早苗に好意を抱いているとは思えなかったのだが……断言はできなかった。

椛「(っていうか、そもそもそういう色恋沙汰に興味があるとは思わなかったッスよ……)」

むしろサッカーにしか興味が無いんじゃないか、と心の片隅で思っていたのは内緒である。

ムラサ「はいおかわりお待たせっと。 で、聖はまだ帰ってこないのかしらね」
星「お昼までには戻ってくるとは言ってましたが……」

白蓮「ただいま戻りました〜」

ナズーリン「噂をすればなんとやらだね」

190 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:42:50 ID:???
………
……


ナズーリン「お疲れさま、話し合いは上手くいったかい?」
白蓮「ええ。 話し合いと言っても、難しいものではありませんでしたので……ああ、いい匂いですね」
ムラサ「あっ、お昼ご飯まだ? すぐに用意するわ」
白蓮「ええ、ありがとう」

一同が昼食を取っていた広間に、この命蓮寺の主人――住職である聖白蓮が帰ってきた。
ここまで星たちが言っているように、彼女は朝方から、とある会合へと出席していたのである。
朝方から食事を取っていなかった白蓮は広間に香る強烈な匂いに鼻を鳴らし、
早速白蓮へとムラサがお手製カレーを配膳すると、白蓮は瞑目し合掌をしてから匙を手に取った。

星「……聖、話し合いの内容とはなんだったのですか?」
白蓮「はい?」

早速匙で白米とルーを小さく混ぜ合わせ、パクり。
余程お腹が空いていたのか、黙々と食べ勧める白蓮に対し、星もまた匙を動かしたまま問いかける。
ちなみに星は既に7皿目に突入しようとしていた。

小町「八雲紫主催の会合なんだ。 内容が気になるのは皆同じだよ」
ナズーリン「ああ……しかも、集められたのは各勢力の代表なんだからね」

191 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:44:43 ID:???
この日、白蓮が参加をした会合にはナズーリンの言うように各勢力の代表が集まっていた。
即ち、紅魔館のレミリア=スカーレット。白玉楼の西行寺幽々子。永遠亭の蓬莱山輝夜。
守矢神社の八坂神奈子。地霊殿の古明地さとり。更には地獄から四季映姫。
……そして、命蓮寺の聖白蓮に、主催である八雲紫である。

幻想郷の重鎮達を集めた場で、一体何が話し合われていたのか。
一同が気になるのも自然な話であった。

ルーミア「おかわり〜」
星「すみません、こちらもおかわりを」

ちなみにまるで気にせず食事をするもの、気にしながら食事をするものもいた。

白蓮「内容ですか……そうですね。 別に、そんなに恐ろしいような……多分皆が考えているような、物騒な事じゃありませんでしたよ」
ムラサ「そうなの?」
白蓮「ええ。 今回紫さんが私達を集めたのは、サッカーについて……」
ナズーリン「サッカー?」

ナズーリンの言葉に首を縦に振りながら、白蓮は続ける。

192 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:46:00 ID:???
白蓮「各勢力から各々選手を一名ずつ……外界へとサッカー留学させないか、という提案だったのです」
椛「サッカー留学……ッスか!?」

そして放たれた言葉は、一同が驚愕するに値する、衝撃的なものだった。
元々、先のJrユース大会に幻想郷と魔界が参加をし、
更には各国に選手たちが派遣された事からも――外界と幻想郷との間に、大きな隔たりというものは無くなってきている。
とはいえ、それでもやはり幻想郷と外界とは違う世界。

反町一樹が当初、外の世界に戻るか幻想郷に残るか迷ったように。
本来ならばそう簡単に行ったり来たりができるような関係性ではないのだ。
よりにもよって幻想郷の秩序というものを何よりも大切にしている八雲紫が提案するようなものとは思えない。

小町「……胡散臭いねぇ。 なんだってそんな事を提案したんだい?」
白蓮「先のJrユース大会で、外の世界と交流を深めた事で幻想郷の人妖にもいい影響があったからと聞いてます。
   それに、幻想郷サッカーというものは閉鎖的なもの。
   外界に選手を留学させ、見聞を広め吸収させる事によって新たなカンフル剤としたいと言っていました」
ナズーリン「(胡散臭い……)」
ムラサ「(胡散臭い……)」
星「なるほど! 確かに、幻想郷サッカーは頻繁に移籍があるといえど、主だった選手というのは変わりありませんからね。
  それに我々は前回魔界Jrユースとしての参加でしたから、外界の方々とはあまり大きく接触してません。
  新たに交流が出来るというのは、とてもいい事かもしれませんね」
ルーミア「そーなのかー」

一応理由を聞いてみるものの、その内容はやはり完全に信用出来る――とは言い難いものだった。
……信頼しきっている者も一部にはいたが。

193 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:47:44 ID:???
ムラサ「っていうか、外界にサッカー留学って言っても……幻想郷の方が強いんじゃないの?」
白蓮「そうでもないようですよ。 実際、派遣選手が各国へと渡ってからの1か月間で、
   外の世界の選手たちは大きく成長を遂げていましたし、ぽてんしゃるというものがあるらしいのです。
   既に一定の実力となった以上、ここからはより一層外の世界の選手たちも強くなるだろうというのが紫さんの見解でした」
椛「…………で、それって受けるんスか?」
白蓮「ええ。 各勢力で1名ずつ、という条件ですが賛成多数で可決されました。
   我が命蓮寺からも、誰かを外界へと送らなければなりません」
星「なるほど……それで、期間の程は?」
白蓮「およそ3年間、と聞いています」

3年――という言葉を聞いた途端、一同には衝撃が走った。
精々長くても数か月程度、と思っていた者が多かったのである。
幻想郷から3年もの間離れる……永きを生きてきた者たちばかりとはいえ、それでもその歳月は決して短いものではない。
特に、聖を封印から解放し、ようやく共にいる事が出来た命蓮寺のメンバー達にとっては尚更であった。

とはいえ、白蓮が持ち帰った話である。
ここで誰も行かない――という選択肢も、恐らくはつける事が出来るのだろうが……。

ナズーリン「(うちは他所の勢力と比べても結構な大所帯だからね……さて、断った所でどうなるか)」

幻想郷全土で見ても、命蓮寺はかなりの大所帯を持つ勢力である。
椛や小町、ルーミアという他勢力からの移籍組を除いても6名。
これだけの人数がいて態々八雲紫が集めて発表した提案を断る、となれば……相応の理由というものが必要となるだろう。
まさか聖から離れたくありません、というだけで認めてくれるとも思えない。

小町「先手を取って言わせてもらうけど、あたいはパスだよ。 映姫様も呼ばれてたんだろ?」

そして、まず己の意志を表示したのは小町であった。
そもそも移籍組であり、かつ、明確に他所に上司を持つ彼女が断りを入れるのは道理。
一同もそれを理解していたのか、特に小町を責める事は無かった。

194 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:49:21 ID:???
小町「(とはいっても、映姫様の持つ方の留学権とやらで飛ばされるのもやだな〜……。
    外界にわざわざ行くって事は毎日サッカー漬けになるんだろうし。 嫌いじゃないけど、そこまで必死こくのはねぇ……)」

もっとも、当人は例え映姫の言葉があっても外界へ留学するというのは断るつもりであったが。

ナズーリン「(そして……まあ、ルーミアもまずアウトだな)」
ルーミア「?」

この命蓮寺に身を寄せている間は大人しくしているとはいえ、ルーミアの根本は人食い妖怪である。
命蓮寺を離れ、人々が暮らす外界へと1人放り出すというのは、餓えた獣を放つというのと同義であった。
よって、こちらも話が出る前に、多くの者たちにとって『無し』となる。

星「……では、私が参りましょう! 不肖、この寅丸星! この命蓮寺の為ならば!」
ナズーリン「……いや、流石に本尊であるご主人がいなくなっちゃ駄目だろう」
星「……そういえばそうですね」
椛「(そういえばって……)」

では結局命蓮寺に住まう者たちから出さなければならないのか、とここで一番に名乗りを上げたのは寅丸星である。
本人もやる気は満々であったが、生憎と彼女はこの命蓮寺の本尊であった。
当然ながらそんな立場の者が3年間も命蓮寺を離れる訳にはいかない、と、即座に却下される。
そして、星が残るというのならば、その星の監視役でもあるナズーリンが離れる訳にもいかない。

ムラサ「私も船の修理とか色々あるしなぁ……」

次に口を開いたのはムラサであったが、こちらも問題があって留学には行けないというものだった。
現在彼女たちが住居兼寺として使っている命蓮寺は、元々は彼女が扱う船である。
魔界Jrユースへ合流する際、船へと変形させて使用し、また戻ってきてからは寺として使った為、
この命蓮寺のあちこちは色々と不具合が発生してしまっている。
現在、河童などの力も借りて修復中ではあるが、陣頭指揮を執るムラサがいなくなるというのは問題だ。

195 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:51:11 ID:???
ムラサ「ぬえはどうなの? あんたなら身軽でいいでしょ」
ぬえ「ん……」

そして話を振られたのは、この命蓮寺に居候をしているぬえである。
ムラサの言う通り、彼女はこの命蓮寺において大きな役割というものは持っていない。
住んではいるが、お勤めを手伝う訳でもなく。日がな一日ぶらぶらしている。
一番身軽であり、一番暇を持て余しているのがぬえだった。
ならば留学に行って貰っても問題無いのではないか、というムラサの意見は至極まっとうなものだったが……。

ぬえ「……留学ってさ、要は強くなりに行くって事だぬぇ?」
小町「そりゃそうだろう。 交流だなんだってのも目的としちゃあるだろうが、強くなるのが1番の主目的さ」
ぬえ「(強くなる、強くなるぬぇ……)」

ぬえ本人としても、今以上にサッカーの実力をつけたいとは思っている。
そういった意味では、このサッカー留学というものも悪くは無いと考えていた。
ただ、例えば――この留学をしてぬえがレベルアップをして帰還をした所で、
果たしてそれが命蓮寺を一気に強豪クラスのチームに押し上げるかというと疑問に思う。

ぬえ「(永遠亭は今でもなんとかなるとは思うけど……紅魔館はうちよりも強いだろうし。
    他にも橋姫のチームや地霊殿とかは……うん、厳しそう。 何より守矢にはまず勝てぬぇよね)」

意地が悪くて天邪鬼であるぬえであったが、その根本は仲間への思いやりで溢れていた。
普段の生意気な口の利き方なども、要はその裏返しである。
故に、この時も彼女は全体として――俯瞰的にチームの事を見て、自身に出来る事を探していた。
確かに留学をしてぬえ自身が強くなる事も一つの手である。だが、それは他の者にも出来る。

ぬえ「(……うちの強みって、オータムスカイズみたいに全員を名有りで固められてるって事だぬぇ。
    戦争は数だよって偉い人も言ってたし、うん……)私もやりたい事があるからパスだぬぇ!!」
ムラサ「えー……」

よって、ぬえまでもこの留学の件を断った。

196 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:53:04 ID:???
となれば他に行けそうな人物など、そう多くは残っていない。
この命蓮寺の代表である白蓮を除けば、自然と絞られてくる。
一同は一度、視線を椛へと集中させ――これを受けた椛は、やや俯きながら、苦笑しつつ口を開く。

椛「……申し訳ないッスけど、自分も妖怪の山の仕事がありますから。 3年なんてとてもとても……」
ナズーリン「ああ……まあ、そうなるだろうね」

元々彼女も妖怪の山に所属をしており、手に職を持つ妖怪であった。
哨戒天狗として組織においても下っ端に位置される彼女が、3年間もの長い間……。
仮に守矢神社などからの指令でならばともかく、命蓮寺の為にと仕事を休むという事が出来よう筈もない。

椛「(それに……サッカー留学をしても、ねぇ)」

ただ、それ以上に椛がこの話を受け入れられない理由もあった。
Jrユース大会から既に数日が過ぎていく中、多くの者たちはあの敗戦から立ち直り始めていたが、
椛の中では未だに尾を引いている。

かつてオータムスカイズに在籍をしながら周囲の成長に後れを取り、チームを立ち上げ始めたばかりだった命蓮寺へと移籍。
当初から今まで、得意とするブロックと数少ないサッカー経験者として主にディフェンス陣を引っ張ってきた。
練習などによる成果が芳しくない時もあったが、それでも努力を重ね、
魔界Jrユースではレギュラーとして起用される程には成長をした。

それでも負けた。完膚無きまでに。

椛「(反町さんどころか……魔理沙やリグルのシュートすら止められなかったッス……。
   今更、自分がサッカー留学した所で……この差が埋まるんスかねぇ……)」

強くなっても強くなっても、差は縮まるどころか逆に広がるばかり。
自信を喪失しつつあった彼女が乗り気になれないのも、無理からぬ事だった。

197 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:54:05 ID:???
ならば――と、一同は視線を縁側へと向けた。
ここまで話し合いに一度として参加をしていない……この命蓮寺のキャプテン。

白蓮「佐渡くんは……どうでしょうか?」
佐野「………………」

いつものように名前を間違える白蓮に、もはやツッコミを入れる事なく。
佐野満――椛同様、ボッコボコのケチョンケチョンにしてやられてしまった男は、縁側で静かに黄昏ていた。

ナズーリン「……やめておいた方がいい、聖。 今の彼には心の休養が必要だろう。 それと、彼の名前は佐野だ」
小町「元気だけが取り柄って感じだったのにねぇ……」
椛「(無理無いッスよね……)」

幻想郷へと戻ってきてからというもの、佐野はいつもこうであった。
命蓮寺で生活するようになって規則正しい生活が身についた為に朝は早朝に起床をし、
食事もしっかりと取り、手伝いなどもするものの、暇があればいつも縁側で黄昏るばかり。
無暗やたらとやかましく、根本的にアホで、割と一同からは呆れられる事も多かったかつての姿は潜めていた。

198 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:56:07 ID:???
その原因といえば、やはりあの大敗が原因なのだろう――と、一同は考える。
反町より後に幻想郷へと呼び出され、命蓮寺へと所属をし、これまで切磋琢磨をしてきた。
幻想郷内の大会で栄光を掴み、かつてからは想像も出来ない程の力をつけた反町に対し、
羨望と嫉妬とを混ぜたような複雑な感情を持ち合わせていた佐野。

そんな彼が初めて反町と対峙をしたのは、命蓮寺としての練習試合。
全幻想郷以上の猛特訓を繰り返して挑んだその試合に――しかし、佐野達はボッコボコにやられた。あまりにもあっさりと。
そこまでならばまだ佐野も立ち上がれた。頼れる仲間と師匠と共に、リベンジの機会を伺った。

だが、そのリベンジの機会がどういう結果になったのかは――先述の通りである。
得意のキープもある程度成功しようと、相手はその上を行く超火力で蹂躙する。
ダブルスコアをつけての大敗。

椛「(普段明るい人程、落ち込んだ時に立ち直るのが遅いって言うッスけど……)」
ぬえ「……バッカみたいだぬぇ。 いつまでもメソメソしててもしょうがないのにさ」

いつものぬえの悪態が鈍る程度には、佐野の気落ちは目に余るものだった。

199 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/08(木) 23:58:19 ID:???
一旦ここまで。

200 :森崎名無しさん:2018/02/09(金) 02:18:11 ID:???
乙でした
佐野くんすっかり大人しくなっちゃってまあ
復活の軌跡楽しみに待ってます

201 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:24:30 ID:???
となると結局、誰も留学に行かせる者がいなくなるという結論になってしまう。
その後も一同は喧々囂々と議論を重ねるのだが……。

魅魔「ちょいと邪魔するよ」
白蓮「あら?」
星「ああっ、魅魔さん! お久しぶりです!」

不意に聞こえてきたのは、件の佐野の師匠――魅魔の声であった。
佐野の師匠として普段から命蓮寺で過ごしていた彼女であったが、Jrユース大会が終わってからというもの、姿を見せない。
一体どうしているのだろうかと思っていた所にようやく姿を見せ、白蓮や星は喜ぶのだが。

ナズーリン「一体今までどこをほっつき歩いていたんだい? 先代の博麗の巫女殿は……今は神社にいるらしいが」
魅魔「いやなに、魔界の連中についてあたしゃあっちに戻ってたんだよ、色々と話もあったからね。 
    幻想郷に戻ってきたのはつい昨日の事さ」
ムラサ「それならもっと早く顔を出してくれればよかったのに……」
魅魔「そうしようとも思ったんだけど、ちょいと野暮用があってね……ほれ」

言いながら、魅魔が身を翻すとその背後から人影が現れる。
決して大柄という訳ではない彼女の背中に隠れる程の小柄、しかしながらこの場にいる全員がよく知る顔。

202 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:25:53 ID:???
魔理沙「よう」
小町「あれっ、魔理沙じゃないか?」

普通の魔法使い――霧雨魔理沙の姿が、そこにあった。

魔理沙「しかし……改めて見るとどういう集まりだこりゃ?
     寺の連中はともかく、死神に人食い妖怪に白狼天狗。 とんと共通点が見当たらんぜ」
椛「まあ、話せば色々長いッスよ」
魔理沙「じゃあいいや。 そこまで興味はない」
魅魔「バカタレ、興味が無かろうが話くらいは聞いとけ。 少なくとも、あたしがそこそこ長い間滞在したチームの事だ」

パコッ

魔理沙「いてて」

相変わらずの憎まれ口を叩く魔理沙の頭を引っぱたきながら注意をする魅魔。
いつまでも師匠面されて嫌になる、と肩を竦める魔理沙だったが――その表情が実に楽しげに見えたのは錯覚ではないだろう。
魅魔と魔理沙の関係性について、命蓮寺に所属をする一同は既にあらかた説明されており、
なるほど、幻想郷へと戻ってきた彼女が魔理沙の元へと向かうというのもわかる話であった。

白蓮「昨夜は魔理沙さんの所にお泊りになられたんですか?」
魅魔「ああそうさ。 しかし酷いもんだったよ、そこら中に物が散乱してて寝るスペースすら取れやしない」
魔理沙「普通だぜ」

呆れた様子の魅魔も、しかし嬉しげであり……そんな中、視線を彷徨わせて縁側で佇む、もう1人の弟子に目をつける。

203 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:27:08 ID:???
魅魔「……あいつはまだあの調子かい」

大会後、魅魔が一旦命蓮寺のメンバーから離れ魔界へと向かった際、彼女の気がかりとなったのが佐野の事である。
試合中、点差が決定的となった時から糸が切れた人形のように脱力し、試合が終わってからも立ち直る素振りすら見せなかった。
果たしてそんな彼を置いていって大丈夫か――と、後ろ髪を引かれながらも、
しかし、今後を考えて神綺たちと共に魔界へと戻った。

その期間中に、佐野ならば地力で立ち上がってくれるだろうと考えてはいたのだが……。
生憎と、魅魔の期待通りにはならなかったのは、一目見ればわかってしまう。

魔理沙「……魅魔様」
魅魔「ん……」

それは魔理沙から見ても明らかなものだったのだろう。
殆ど言葉を交わした事が無いと言えど、魔理沙にとって佐野は弟弟子である。
今、佐野に何が必要なのか――姉弟子である彼女は誰よりも理解しており、視線で魅魔に訴えかけた。
それに魅魔はただ頷くだけで了承し、ふよふよと佐野の傍まで移動をする。

魅魔「どうした、しょぼくれて」
佐野「…………なんだ、師匠か」
魅魔「なんだとはなんだ、久しぶりに会った師匠に対して」

204 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:29:14 ID:???
軽く声をかけてみても、返ってくるのは上の空の返事。
一目魅魔を見て、しかしすぐに視線を虚空へと向けて溜息を吐く佐野を見て、いよいよもって重症だと魅魔は悟る。

魅魔「(落ち込む事こそあれど……こいつはそこまで引きずるタイプには思わなかったがねぇ。
    ……まぁ、こういう事もあろうさ)」

体育座りこそしていないものの、ジメジメとした佐野の態度に眉を潜めながら、
それでも魅魔は佐野の隣へと腰かけた。

魅魔「……ちゃんと飯は食ってるかい?」
佐野「…………」
ムラサ「あ、今日の昼食はちゃんと2回おかわりしてたわよ」
魅魔「(……落ち込んでる割にはしっかり食ってるね)」

返事をしない佐野に代わってムラサが答える。
色々と言いたい事はあるが、ともかく、食欲があるのはいい事だとして魅魔は続ける。

魅魔「……そんなにショックだったかい、あの反町くんの事が」
佐野「………………」

無言ではあったが、反町の名を出した瞬間、佐野の体がピクリと震えるのを魅魔は見逃さなかった。
やはりあの大敗――そして、反町と己との格差というものが、彼の中では大きくのしかかっているのだろう。

佐野「………………」
魅魔「……お前さん、言ってたね。 自分と反町くんとやらは、元いたチームじゃ似たような立ち位置だったって」

反町一樹と佐野満。
両者は共に、全日本Jrユースへと召集をされたFWであった。
反町一樹は全国中学生サッカー大会の得点王。
そして、佐野満は初出場ながらもベスト8まで駒を進め、優勝チームである南葛を苦しめた比良戸の2年生FW。
大会でも両者ともに活躍をしたが、しかし、代表での扱いは決していいものではなかった。

205 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:31:20 ID:???
単純な力量不足ではあるものの、反町も佐野も十把一絡げの一員でしかなかった。
反町は単純に、雑魚チームを相手に得点を荒稼ぎしてなんとか得点王を取っただけの凡夫。
そして佐野はキープ力に関してはある程度目を見張るものがあるものの、FWとしては得点力の低さが目立ち、
おまけにそのキープ力についてもチーム内にはもっと上手いものがゴロゴロいるという有様だった。

圧倒的なシュート力を持ち、FWの中でも頭一つ抜けている日向小次郎の相方を任せるに足るサブFW。
その競争の中でも下位に位置をしていたのが両者である。

だが、この幻想郷へとやってきて両者は大きく変化を遂げた。
佐野はドリブルの精度を上げて更にキープ力を増し、不安だった得点力も(椛の力を借りてであるが)ある程度解消。
MFとしても十分通用をするだけのパス精度まで身に着けた。
……守備については、まるで手つかずであったが。
少なくとも、今、全日本へと戻ればレギュラーが確約されるであろう程の実力は得た。

ただ、それ以上に劇的な変化を遂げたのが反町だった。
元々は帯に短し襷に長し……総合的な能力で言えば日向、来生に次ぐ実力者でありながらも、
尖った部分が無い――長所が無い故に目立たない選手であった反町。
そんな彼はこの幻想郷で、爆発的なシュート力を身に着けた。
必殺シュートを編み出そうとしてたまたま見つけた、ドライブ回転をかけたシュートへの適性。
地道にコツコツと、努力を重ねて身に付いたシュートの威力。
そして、それらを最大限に生かせるだけの精密過ぎるシュートコントロール。
天才とは及ばないまでも秀才とも言える頭脳も武器とし、彼は大きな進化を遂げた。

佐野がレギュラー確定とするならば、反町はまずエースストライカーとしてチームの中心となれる程。
それ程までに互いに力をつけ――そして、その差は開いていた。

206 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:32:50 ID:???
佐野「……俺と反町さんの何が違うってんだ」
魅魔「………………」

魅魔の言葉を聞き、そして、それが彼の何かに触れたのか。
ぽつりと、小さく――しかし、隣にいる魅魔が聞こえる程度の声量でそう呟く。
佐野と反町の何が違う――かつては、立場はそう変わらなかった。
ユース世代になれば共に切り捨てられるような、そんな不安定な立ち位置だった筈だ。お互いに。

佐野「俺だってこの命蓮寺にやってきて、自分なりに必死こいてやってきた。
   師匠もいてくれて、チームメイトもどんどん増えて、キャプテンとして引っ張ってきたじゃねぇか」
魅魔「……ああ、そうだね」

それは事実だった。
佐野は確かに、このサッカーのど素人集団であった命蓮寺のメンバーを、キャプテンとして引っ張ってきた。
ともすれば少しばかり――いや、かなり頼りない所はあったが、
それでも持前の明るさと懸命さでチームを盛り立て、魅魔らに助けられながらも努力を重ねてきた。
その甲斐あって命蓮寺のメンバーも……今や、中堅から強豪と言える程の実力者が揃っている。
白蓮などに至っては、名門の選手とも遜色が無いレベルだ。

佐野「反町さんが華々しく大会で活躍してる時だって、大会に出るのは我慢して、練習に練習を重ねた!」

結局、佐野達が幻想郷のサッカー界でデビューを果たす事は無かった。
華々しい舞台を蹴ってでも、実力を上げる事を選択した。
それもこれも、最後には必ず笑う事が出来ると信じての選択である。

だが、結果はご存知の通りだった。

207 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:34:32 ID:???
佐野「俺と反町さんの何が違う……!」
魔理沙「………………」

いつしか大声となっていた佐野の言葉に、命蓮寺のメンバーは胸を締め付けられ、
そして、姉弟子である魔理沙もまた奥歯をギリとかみしめる。
彼女もわかっていた――立場が違えど、反町に苦しめられた者として……佐野の気持ちが痛い程わかる――。

佐野「なんで……なんで……!!」
魅魔「佐野……」


佐野「なんで反町さんに彼女が出来て!! 俺に出来ねぇんだよォォォオオオオ!!!」


――筈だった。

208 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:35:56 ID:???
「「「………………」」」

ルーミア「かのじょ?」

佐野の絶叫を受けて、唯一、言葉を発する事が出来たのはルーミアだった。
基本的に能天気であり、性質としてはオータムスカイズのリグルなどに近いのが彼女である。
あまりにも予想外過ぎる佐野の言葉に、純粋に疑問を持てたのが彼女だけだった。

魔理沙「………………」

逆に他の者たちはといえば、絶句である。
二の句を継げないどころか、一の句すら発する事が出来ない。
あれ?さっきまで反町との格差についてあれほど悲痛に語ってたんじゃなかったっけ?
一同の脳内は混乱を極め、しかし、佐野は更に続ける。

佐野「そうだよ彼女だよ、俺もさぁ、聞いてたよ! 噂に聞いてたよ、反町さんに彼女出来たって!!
   でもなんだよこれさぁ! 見ろよホラ!!」

言いながら佐野は立ち上がると、ナズーリンが読んでいた新聞を広げた。
ナズーリンが言っていたように、一面には反町と早苗の記事。
当然その記事にはデカデカと、それはそれはお似合いのカップルの写真が写っている。
照れた様子の反町と、同じく早苗。その背後ではややムッとした表情の神奈子と、嬉しげな表情の諏訪子の姿も見える。

佐野「なんっっっでこんな可愛い彼女出来てんの!? ビックリするわ!!」

そう、早苗は可愛かった。
無論、佐野もフィールドで相対し、その顔を見た事もある。
だが写真に写る彼女の姿は正に恋する乙女。はにかむ姿はなんとも麗しく、
フィールドで奇跡のGKとしてゴールは絶対許早苗とか言う姿からはまるで想像できない。

209 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:37:12 ID:???
佐野「こんなの絶対おかしいよ……」
小町「あー……あー……えーっと、あれか。 つまり……」
星「……反町くんに、伴侶が出来たとあって落ち込んでいた、という事でしょうか?」
椛「いや、別に伴侶って訳じゃ……いや、もうどうでもいいッス……」

えぐえぐと、涙すら流し始めながら慟哭する佐野だったが――。
ここにきて、ようやく一同は気づいた。
佐野がここまで落ち込んでいたのは、とどのつまり、反町に彼女が出来たのに自分にはいないから――という事に。

……無論、彼自身も試合に負けた事で、反町に完膚無きまでにボコボコにされた事で大いに凹んでいた。
凹んでいたが――割とすぐに立ち直ってもいた。
ただ、幻想郷へと戻ってくるなり、風の噂で聞いた反町に彼女が出来たという話。
これは大いに彼を混乱させ、迷走させ、そして奈落へと突き落とした。

佐野満、中学2年生、思春期。
割と彼女が欲しいお年頃である。

佐野「俺と反町さんの何が違うってんだよ……反町さんだってそんなにイケメンじゃないじゃん、整ってる方とは思うけど、
   点数にしたら6点くらいだと思うぞ、ホント。
   やっぱサッカーで活躍したから? したからなの?」

割とサッカーで活躍したからというのは正解ではあるが、佐野は答えを求めている訳ではないし、
何より誰も答えを知らない――というか知っていても言いたくない。

ムラサ「……そういえば、こういう子だったね佐野くんは」
ぬえ「(……心配したのがバカみたいだぬぇ)」
ナズーリン「佐野くん……」
佐野「うぅっ……な、ナズー……」

ナズーリン「君は……実にバカだなあ」

210 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:38:35 ID:???
………
……


佐野「……という事で、どうすれば俺に彼女が出来るか会議をこれから始めたいと思います」
ムラサ「却下」
小町「否決」
ぬえ「死ね」
佐野「あれ……なんかみんないつもより辛辣……」

落ち込みも、しかし溜まっていたものを全て吐き出してスッキリしたのか、佐野はすっかり元の調子に戻っていた。
……あっさりと戻った事によって、今までの心配はなんだったんだと一同は思い切り肩すかしを食らい、
佐野への対応が冷たくなるのだがそれも致し方ない事だろう。因果応報である。

魔理沙「……魅魔様、これがホントに私の弟弟子か? なぁ……こんなのがか?」
魅魔「……まあ、うん。 バカ弟子同士仲良くやっとくれよ」
魔理沙「これと同じ尺度で語られるのは流石に勘弁願いたいんだが……」

一方、師匠である魅魔と姉弟子である魔理沙も――こちらはただただ、呆れかえっていた。
特に魔理沙としては、佐野とは殆ど面識も無い。
魅魔が新たに迎えた弟弟子がどんな奴だろうと、改めて話すこの機会をある程度楽しみにこそしていたのだが、
それがご覧の有様な為になんとも言えない表情で溜息を吐くばかりである。

椛「(とはいえ……あんだけ完膚無きまでにやられておきながら、すぐに立ち直って馬鹿馬鹿しい事考えられてるのはスゲェッスよ……。
   ……真似したくないッスけど。 ……メンタルで言えばリグルとかに似てるんスかねぇ。
   あぁ……やっぱ真似はしたくないッスね……)」

ほんの少しだけ、佐野の事を評価する者もいた。
無論、それはほんの少しだけであり――感情の9割9分方は呆れの方が優っていたが。

211 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:39:36 ID:???
魅魔「オホン……さて、まあそれはともかくとしてだ。 佐野、ちょいと話がある」
佐野「ん? なんだよ師匠?」

とにもかくにも、これでは話が進まない――と、魅魔はコホンと咳払いをしてから佐野に告げた。
うかうかしていると本格的に佐野が彼女を作りたい会議を始めかねない。

魅魔「その前にだ……割と心配だから一つ聞いとくよ。 ……お前さん、まだ反町くんと戦う意思はあるかい?」
佐野「ったりめーだろ! あんな可愛い彼女いる人にサッカーでまで負けてたまるか!!
   大体二回負けたくらいで諦めてられっか!!
   守矢だかヤモリだか知らんけど、今度の大会ではケチョンケチョンに仕返してやる!」

いずれにせよ、佐野の折れた心は既に修復をされていた。
完膚無きまでに負けた悔しさと屈辱は、こんな態度ではあるが佐野の心中にしっかりと刻まれている。
それでもなおバカバカしい事に意欲を傾けられる程には立ち直り、
そして必ずやリベンジを果たしたいという意思もある。
魅魔の言葉に鼻息荒くそう宣言する佐野に、魅魔は満足そうに頷く。

魅魔「ならいい、牙はまだ抜けてないようだ。 ……と、それはいい。
   そこで1つ提案があるんだがね。 ……佐野、お前さん外界へ戻ってみないかい?」
佐野「ん?」
白蓮「あら……?」
魅魔「おや?」

そして魅魔が佐野に告げたのは――外界へと戻らないか、という誘いであった。
突然の言葉に困惑をする……訳ではない。
一同はつい今しがた、まったく同じような話を白蓮から聞いていたのだから。
即ち――。

佐野「それってサッカー留学の事か? さっき白蓮さん達が話してた」

外界へのサッカー留学。

212 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:41:09 ID:???
一体どうして佐野の頭脳でピタリと目的を言い当てたのか、と魅魔は目を丸くして驚いていたが……。
しかし、佐野のみならず他の者たちの反応を見て、思い当たる。

魅魔「ははぁ、なるほど……どうやら、幻想郷の方でも同じ事をしてるようだね」
白蓮「幻想郷の方でも……と、いう事は魅魔さんは私達命蓮寺の持つ留学権を行使しての留学の事を言っている訳ではないのですね」
魅魔「ふん、そっちの口ぶりだと幻想郷の方は各勢力にそれぞれ留学させようって魂胆みたいだね。
   ……ああ、私のは別件さ。 さっき言ったろ、魔界の方に用があったって」

つまるところ、魅魔の持ってきた話は魔界繋がりでの外界への留学であった。
話を聞いてみれば、内容についてもほぼ同じ。
おおよそ3年間の外界へのサッカー留学をもって、外界のサッカーを吸収し交流を深めて戻る。
そうする事で閉塞的な環境を打破する意図がある、というものだ。

魅魔「まあ、それに加えて3年間ってのは意味がある。 ユース大会を見据えての事だ。
   八雲紫も、きっとそれを考えての案なんだろうね。
   (恐らくもっと深い所でも考えてるんだろうが……ま、そっちはうちにゃ関係無い話だ)」
佐野「ユース大会……え? またユース大会に幻想郷と魔界が参加すんの?」
魅魔「そりゃするだろうさ。 Jrユースには参加したのにユースには参加しないなんて道理もなかろう」

割と無茶苦茶な話ではあるが、実際、Jrユース大会に参加をしたというだけでも無茶苦茶なのだ。
そこらへんは悪い大人――もとい、悪い妖怪さん達が考えているだろう事なので、
佐野も深くは考えなかった。

佐野「つってもなぁ……さっきの話聞いてる限りじゃ、命蓮寺の方も誰送るかで困ってんだろ?」
魅魔「おや? その口ぶりだと留学に行くこと自体は問題無いって事かい?」
佐野「まあな。 それで強くなれんだったらいくらでも行くさ。 ……まあ、ここを離れるってのも寂しい話だけど」

なんのかんのとこんな佐野を温かく迎えてくれている命蓮寺である。
当然、佐野当人としては愛着があるし、出来る事ならば離れたくは無かった。
とはいえ、強くなれる機会があれば是非ともそれに参加をしたい。

――まるで性格は正反対だが、選択した道のりは守矢への移籍を決めた反町と似通っているものであった。

213 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:43:35 ID:???
星「その……魅魔さん、佐野くんは私達側から外界へ送らせてもらう訳にはいかないのでしょうか?」
ムラサ「そっちはほら、魔理沙もいるんでしょ?」
魅魔「……私も佐野か魔理沙、どっちかを送ろうと思ったんだけどねぇ」
魔理沙「悪いが私はパスだ。 残ってやりたい事が、色々あるんでな」

なんとか外界へと留学させる選手が見つかった――かと思えば、今度は留学権が2つに増えたという事態である。
白蓮たちからしてみればたまったもんではなく、魔理沙と2人で行かせてはどうかと言っても、
返ってくる言葉は望んだものではなかった。

佐野「やりたい事って何だよ」
魔理沙「……お前にゃ関係ねーことだよ。 あと、私は姉弟子なんだから敬語使え」
佐野「姉弟子ったって歳はそう変わりゃしねーじゃねーか」
魔理沙「魅魔様、こいつクッソ生意気だぞ」
魅魔「あーあー、もう喧嘩するんじゃないよ……」

因みに、割とこの姉弟弟子――そんなに相性は良くないらしい。

しかし、それはともかくとして、一同は大いに困る。
結局佐野は、既に留学が決定だ――とはいえ、後もう1人を捻出しなければならない。
先ほどまで繰り広げていた議論をもう一度繰り返すしかないのか、と考え――。

その時、混迷する命蓮寺メンバーの中から、1人の少女が立ち上がった。
決意を秘めて。

一輪「わかりました……私が行きましょう! 姐さんの為にも!!」

……… ……… ………

佐野「い……イチさん!?」
白蓮「一輪……」

214 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:45:05 ID:???
雲居一輪。
命蓮寺に在籍をする入道を操る妖怪であり、そして聖白蓮を慕う尼僧である。
青と白を基調とした尼を想像させる装束に身を包み、頭を隠す頭巾。
やはりどこからどう見ても尼僧である。

性格は至って真面目であるが、機転が利いて要領がいい。
命蓮寺の中ではうっかりものの星、悪戯好きのぬえあたりの面倒を見、
また、お勤めの際にも聖の補佐など様々な役割を買って出るしっかりものであった。

そんな彼女がチームの中で務める役割は、GK。
相棒である入道の雲山の力も借り、必殺の『げんこつ』を繰り出すセーブが得意技である。

……ここまで説明をして、え、誰?とか言ってはいけない。
彼女はしっかりここまで話し合いにも参加をしていたし、
命蓮寺のメンバーとして――魔界Jrユースのメンバーとしても試合に参加をしていた。

実際、彼女が発言をした所で――驚いてはいるものの、それはその内容について。
いきなり知らない人が出てきた事を驚いている、という訳では断じてない。
その証拠として、改めてここまでの彼女の動きを書き記すとしよう。

215 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:46:46 ID:???
* * *

ぬえ「ぬえぇ……あいつ、もう完全に棒立ちになっちゃってるぬぇ……」
星「無理ありません……私にもっと力があれば……」

場面は戻ってJrユース大会準決勝。
反町一樹がゴールを決めた直後、佐野の心がポッキリ折れた(すぐ治るが)頃に遡る。
この時、フィールドでは佐野がその心中を吐露して白蓮たちに謝罪をし……。
一方でぬえや星といった出番の無かった者たちは、ベンチから佐野達の事を想い悔しさと哀しみをかみしめていた。

では一輪はどうしていたのだろう?

一輪「ふぅ……いよいよ出番ね」

答えはウォーミングアップを終えて出番待ちをしていた、である。
魔界Jrユースの正GKは、元々魔界に所属をしていた夢子。
彼女の方が一輪よりも一段上を行く技術を持つが為に、一輪自身はサブキーパーの身に甘んじていたのだが……。

夢子「ハァ……ハァ……ごめんなさい」
一輪「いえ、謝られるような事は何もありません。 後は私に任せて、ゆっくりお休みください」

元々、夢子は必殺セーブを駆使してセービングをするタイプの選手であった。
反町、魔理沙、リグルと吹っ飛び係数持ちシューターに幾度となく吹き飛ばされ、おまけにセーブの濫用。
そのスタミナが持つ訳もなく、こうして一輪に出番が回ってきたという訳である。

一輪「(点差は絶望的……もうチームにも諦めムードが漂っている。
    でも……私が入って、これ以上点差を広げられる訳にはいかない!)いざ!」

こうして、一輪は夢子の代わりにフィールドへと向かった。勇ましく。
ただ悲しい事に、この時は誰もが精神的にも肉体的にも披露していた為、一輪に声をかけるものは誰一人としていなかったのだが……。

* * *

216 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:48:05 ID:???
では先ほどまでの会議では一輪はどこにいたのか。
もう一度よく見てみよう。

ムラサ「しっかし星もルーミアも相変わらずよく食べるわホント……」
一輪「水蜜、お皿貸して。 ルー入れてくるわ」
ムラサ「サンキュー、一輪」

昼食を取っている時は、ムラサの手伝いをして台所などに立っていた。故にあまり視界に入らなかった。

* * *
一輪「ふぅ……さてと、食事の後片付けは水蜜に任せるとして、私はお掃除を終わらせておきましょ。
   姐さんが帰ってくるまでに終わらせて、褒めてもらうんだ〜ふふふ〜ん」

自分の食事が終わった後は、その前までやっていた掃除の仕上げをしていた。
よって聖が帰ってきた際、すぐに広間に顔を出す事が出来なかった。

* * *
一輪「(外の世界への留学……3年間も……それは即ち、姐さんとの3年間もの離別を意味してる。
    ようやく一緒になれたのに、3年も離れ離れになるなんて……。
    いえ、でも私が強くなる事で姐さんの助けになるなら! でも……)」

白蓮の話を聞かされたあとは、ただただ悶々と悩んでいた。
白蓮を慕うと同時、役に立ちたいとも思う彼女が真剣に悩むのは命蓮寺メンバーからしてみればわかりきった事であったので、
その思考を邪魔する事は無いだろうと、あえて彼女には声をかける事はなかった。

* * *
一輪「お久しぶりです魅魔さん、あ、お茶淹れてきますね」

魅魔がやってきた時はお茶を淹れに向かっていた。
よって中々会話にも入る事が出来なかった。

217 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:51:12 ID:???
とまあ、いたのである。一輪は確かにそこに存在をしていた。
ただ、致命的なまでにタイミングが悪く、そして目立った行動も取っていなかったが為に存在感が薄かった。
薄かったが――ことここに来て、ようやく姿を現した。
先にも記したように、大きな決意を胸に秘めて。

佐野「いいのかよイチさん、3年だぜ3年? 3年もどこともわからん場所で過ごすんだぜ?」
一輪「心配無用。 覚悟は決めたわ」

佐野も当然、一輪が白蓮を慕っている事は知っている。
何せ常日頃から白蓮の後をついて回り、何か白蓮に声をかけられればそれだけで幸福そうな表情を浮かべ、
ただただ白蓮の言う事に付き従い、白蓮の為に動いてきたのだ。
一種の盲目的――盲信的なまでの行動に、佐野としては色々と勘繰りそうになったものの、
そういったものではなく純粋な憧れである……と一応一輪には聞かされたが、ともかく。
そんな一輪が白蓮から離れて平気でいられる筈が無いと思っている。

ただ、一輪の中では既に留学に対する決意は固いらしい。

一輪「確かに姐さんのお傍を離れるのは悲しいけど……でも、現実的に考えたら私くらいしか行けそうなのはいないし」

一輪のこの命蓮寺での役回りは、主に白蓮の補佐などである。
本尊である星のようにいなくなってはそもそも立ち行かない訳でもなければ、ナズーリンのように他の重要な任務を持っている訳でもない。
言ってみれば、いないと困る存在ではあるが――いなくても、それはそれでギリなんとかなる。
周囲でカバーしようと思えばカバー出来る穴であった。

一輪「それに、これもまた姐さんの為ならば!」
白蓮「一輪……そこまで……」
一輪「お任せ下さい、姐さん! この雲居一輪、見事命蓮寺の代表としてお勤めを果たしてまいります!!」

218 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:52:28 ID:???
何よりも、この時ばかりは一輪の白蓮の役に立ちたいという思い。
そして――GKとして更に強くなりたいという気概が堅固であった。
思い返せばあの練習試合――一輪はゴールを守りながら、しかし、やはりボッコボコにやられた。
反町、魔理沙、リグルにそれはもう完膚無きまでフルボッコであった。
佐野は試合に大敗した事に気落ちをしていたようだが、GKである一輪の衝撃といえばその比ではない。
ただ、それでも彼女の精神力は折れる事は無かった。
偏にこれ以上白蓮へ汚名を着せられないという一点からの想いである。

一輪「金輪際姐さんに、そしてこの命蓮寺の名に泥を塗らぬ為にも!
   この一輪、修行をして更に大きくなって帰ってきますとも!」
ムラサ「お、おぉ……(あ、これ一輪のヤバイスイッチ入ってるかもしれない)」

この寺で一番一輪と仲の良いムラサは、いつも以上にテンションの高い一輪を見て聡く気づいた。
真面目で要領がよくて機転がいい。しかしながら一輪の短所として――。

一輪「さぁ、行きましょう佐野くん! うんざーんっ!!」
雲山「………………」ニュニュニュッ
佐野「うおっ!?」
一輪「この世はでっかい宝島! 今こそアドベンチャーの時よ!! では、行ってまいります!!」

ビューンッ!!!

人の話を聞かず、これと決めた事に猪突猛進気味に突き進んでしまうというものがあった。
とどのつまり、暴走である。

彼女は佐野の手をひっつかむと、相棒である雲山を呼び出してそのまま一気に空へと向かう。
別に心が清い人でないと乗れない訳ではない雲山には、佐野もしっかりしがみ付いていた。

ムラサ「あ……あーあぁ」
ぬえ「……行っちゃったぬぇ」

……… ………

219 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:53:45 ID:???
一輪「あの……ところで、私達どこに行けばいいのかしら?」

そして、5分後、戻ってきた。勿論、佐野を引き連れて。
行き先も聞いていなければ、そもそも外界へ行くというのに空に飛びあがってどうするのかという話。
勢いのまま飛び出したものの、どうせすぐに戻ってくるだろうというのは自明の理であり。
帰ってきた瞬間、ナズーリンは待ってましたと言わんばかりに一言告げるのだった。

ナズーリン「キミは……実にバカだなあ」
一輪「なにィ!?」
佐野「イチさん……スピードだし過ぎ……俺ちょっとチビったかもしれん」

とにもかくにも、こうして新たな一歩を踏み出す者たちが決まった。

幻想を飛び出した軽業師――佐野満。
守りし地味系暴走大輪――雲居一輪。

あまりにも不安過ぎる人選と、やはり不安な先行き。
それでもこんな所から、彼らの新たな物語は始まってゆくのである。

………

小町「しかしホント、なんでお前さんはいかないんだい? あの反町ってのに勝つにゃいい機会じゃないか」
魔理沙「しつけーなぁ。 言ったろ、色々やる事があるって」
魅魔「ま、あんまり苛めないでやっとくれ。 こいつもこいつで、色々と触発された事があるのさ。 なぁ?」
魔理沙「…………」プイッ

執拗な追求に、魔理沙は何故か頬を染めながら視線を横に逸らした。
丁度その視線の先に、床に置かれた新聞が目に入る。
その一面に写る、幸せそうにはにかむ早苗を見て……魔理沙は少しだけ、頬の紅潮を強めるのだった。

魔理沙「けっ……!」

220 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/10(土) 00:55:37 ID:???
一旦ここまで。
これくらいのギャグノリでこのスレはやっていきたいと思います。
次回は他の勢力の動向とかあらかた書いてから、留学パートに行ければと思います。それでは。

221 :森崎名無しさん:2018/02/10(土) 01:11:37 ID:???
乙でした
佐渡君が凹んだ理由が軽すぎて笑ってしまった
一輪は椛をかばってくれた緑の人とかブローリン君とかとサントスに行くのかな?

222 :森崎名無しさん:2018/02/10(土) 01:22:54 ID:???
佐野ェ…復活するにしてももうちょっとドラマがあると思ったのに…
ま、まあ元気になってなにより

223 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/11(日) 03:11:42 ID:???
横になって起きたらこんな時間だったので本日はお休みします。

>>221
乙ありです
多分本人にとっては重い理由だったのでしょう……多分
各選手がどこに留学するかはまた後々書いていければなと思います
>>222
復活にかけてのドラマなり成長なりのシリアス分は他のキャラが多分補ってくれるから……(適当)



それでは。

224 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/11(日) 22:10:25 ID:???
本日も更新はお休みさせていただきます。
お詫びと言ってはなんですがJrユース大会後での佐野くんの能力(前回と同じく本編準拠換算)を公開します。

名前   ド パ シ タ カ ブ せ 高低 ガッツ 総合
佐野   75 73 72 69 70 69 70 2/2  800/800 498

    佐野
コマネズミドリブル(1/2でドリブル力+2)
ヒールリフト(1/4でドリブル力+4)
ピンポイントパス(パス力+2)60消費
オーバーヘッドポスト(高パス力+2)100消費
椛とのコンビプレイ(シュート力+7、発動は椛)120×2消費
チキンフットオーバー(シュート力+10、発動は椛)200×2消費
オーバーヘッドキック(高シュート力+2)120消費
ローリングオーバーヘッド(高シュート力+4)200消費


ご覧のとおり決して弱くは無いです。少なくとも本編に比較をすれば雲泥の差。
守備はできませんがドリブルには磨きがかかりパスもシュートも出来るようになってます。
文中にも書きましたが全日本に帰ればレギュラーになれるでしょう。
が、反町のような圧倒的な強さはありません。パスはもっと上手い選手がいます。
シュートも椛がいなければ新田のファルコンクロウ以下です。
ドリブルも翼、三杉、ディアス、ピエール、幻想郷に目を向ければ霊夢やパルスィなど上もいます。
レギュラーは取れるだろうしある程度活躍は出来るだろうけどメインは張れない、という感じですね。

それでは。

225 :森崎名無しさん:2018/02/11(日) 22:33:57 ID:???
とりあえず見た感じドリブル以外のトップレベルの武器が必要かな
カットでも単独のシュートでも何でも良いから1つ有れば劇的に変わりそう

226 :森崎名無しさん:2018/02/11(日) 23:21:37 ID:???
MFやらせるには守備が軽すぎ、FWやるには火力がないか
役割的にはまんま葵と同じだね

227 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/12(月) 20:56:37 ID:???
本日も更新はお休みさせていただきます。
明日には更新出来ると思います。

>>225
今後佐野くんがどう成長していくかについてはまたポイントポイントで数値化して披露出来ればなと思います。
>>226
葵に比べるとドリブルとパスが出来る分シュートと守備が離されてるって感じでしょうかね。
葵が本編終了後くらいまで成長してしまうとドリブルすらもほぼ並ばれてしまいますが。

228 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/13(火) 23:14:53 ID:???
ごめんなさい、投下する予定でしたが過去ログを色々眺めていたら時間が無くなってしまいました。
ちょっと長すぎませんかね……。
明日は出来ればと思います。

229 :森崎名無しさん:2018/02/14(水) 22:25:15 ID:???
ポイズンさんの更新速度は外伝作品の中でも上位に入ってたからなぁw

230 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:38:45 ID:???
>>229
当時は若く、時間が有り余っていたのもありますかね。
後はSSと違ってゲーム式の方が、小刻みに投下出来てたかなというのも思います。

出来ましたので短いですが投下したいと思います。

231 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:40:18 ID:???
Act.6 7つの選択

こうして佐野達がなんとも間抜けな形で留学選手を決定していた頃。
一方で同じように各勢力でもそれぞれが派遣をする選手を決めようとしていた。
無論、それぞれの勢力でも命蓮寺と同じように、殆どの場所で議論が難航をしていたのであるが。

パチュリー「……海外へのサッカー留学ね」

ここ紅魔館もまた、議論が難航をしていた勢力の1つである。
命蓮寺の次に、所属をする選手が多数在籍している勢力でもある紅魔館。
レミリア、フランドール、咲夜、パチュリー、小悪魔、美鈴。
6名ともなればなかなかの大所帯である。

しかしながら、この6名の中――外界へと行ける条件を満たす者はそう多くない。
まず、当主であるレミリア――そもそも彼女はこの留学というものに乗り気ではなかった。
先に白蓮がこのサッカー留学の是非を聞いた時、賛成多数で可決をされたと言ってはいたが、
その際に反対を述べたのがこのレミリアである。

レミリア「八雲紫の掌の上で転がされるなぞ癪に障る。
     ……第一、必要性が無い。 外界との交流など悪魔には不要よ」

異常なまでに気位が高く、また、己がするならばともかく他人に運命を操られる事を嫌うのがレミリア。
紫が提案をした、幻想郷サッカー界を変えかねないというこの提案に、彼女が反対をするのもまた道理だった。

レミリア「そもそも魂胆が見え透いている。 どうせこの留学も、あの人間への対抗策程度に思っているのだろう」
パチュリー「……ま、十中八九そうでしょうね」

何よりもレミリアのプライドを刺激したのが、この留学の裏に隠された意図である。
外界との交流、閉鎖的な幻想郷サッカー界の新たな道の模索。
とは単なるお題目――実際に選手たちを外の世界に留学させる事は、
反町に対する対抗策に過ぎないというのは誰の目にも明らかだった。

232 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:42:11 ID:???
反町一樹は世界でも間違いなくトップのストライカーである。
世界中どころか幻想郷からも集められた選りすぐりの選手たちばかりでの大会において、
その圧倒的なシュート力で強敵たちと相対しながらも得点王に輝いた事からもそれは明白。
そんな反町が、幻想郷でも強豪として知られる守矢へと移籍をした。
これが何を意味するのか、頭の中が春ではない者ならばすぐさま理解出来る。

即ち、守矢一強時代の到来である。

元々守矢フルーツ自体は、先に述べた通り強豪クラス――名門と呼ぶには一歩及ばない程度のチームである。
FWの諏訪子は高い浮き球に強いポストプレイヤーであり足元の技術も十分だがシュートの火力は一流には及ばない。
MFの神奈子は高い能力を持ちながらも、やや帯に短し襷に長しといった、長所が見えづらい選手。
得意とするロングシュートも、十六夜咲夜や四季映姫など他に同じように得意とする選手がいた為に、
優れているがパッとしない、一流半の選手として認知されていた。
GKの早苗もまた、既にセービング技術ならば幻想郷どころか世界で見てもトップレベル。
しかしながらそのスタミナの無さと一対一での弱さという明確な弱点を持つが故に失点率も高いGKであった。

なら、ここに反町――そして彼が引き連れたオータムスカイズを離脱した選手を入れればどうなるだろう。

ポストプレイヤーである諏訪子は、己の力を最大限生かせるストライカーを得る事になる。
神奈子は広い中盤をヒューイと共に支配する事で、己の負担を減らす事が出来る。
そして、早苗はスタミナが切れた際のサブキーパー。
更にはそもそもスタミナが切れないよう――シュートを防いでくれる強力なブロッカーを手に入れた。

FW・MF・DF・GK。
全てのポジションに核とも言える選手を配置出来るようになった事が、何を意味するのか。
総合力において幻想郷でトップを取る。
それはやはり、一強の時代の幕開けを意味しているのである。

233 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:43:28 ID:???
無論、守矢フルーツズの選手たちに比較をし、より優れている選手は大勢いる。
今、苦々しげな表情で歯噛みをするレミリア=スカーレットもその内の1人だ。
トップレベルのシュート力と突破力、MFやDFとしても通用をする程の守備力。
間違いなく幻想郷でも有数の実力者。
更に彼女の元には時間制限付きとはいえ優れたテクニックを持つパチュリー=ノーレッジ。
幻想郷No.1ボランチとして名を馳せる十六夜咲夜。
そして、純粋なシュート力ではレミリアをも超えるフランドール=スカーレットもいる。

爆発的な攻撃力で相手を蹂躙するサッカー――それがレミリア率いる紅魔スカーレットムーンズのサッカーである。

ただ、このスカーレットムーンズ。シュートに対してすこぶる弱い。

咲夜が優れているのはあくまでもボールカットであり、打たれた後の対処は不得手。
元々GKであった紅美鈴はGKとしてはカカシ同然であり、フィールダーに転向した後の方がまだ活躍している始末。
他の選手たちは主に攻撃寄りな能力を持っているが為、とにかくシュートを打たれた後の対処法が無いに等しい。
爆発的な攻撃力で蹂躙をすると先ほどは書いたが、正しくはそうするしか勝つ手段が無いと言えるのだ。

そして、このような弱点を他のチームも多かれ少なかれ持っている。
だからこそ、幻想郷サッカー界は不安定ながらも不思議と均衡のとれたバランスの上で成り立っていた。
ただ、それが崩れ去ろうとしている――否、事実、まず間違いなく崩れるのだろう。

小悪魔「……でも、それでどうして留学に? 各勢力から1人ずつ、なんて事になれば一層私達の戦力が下がっちゃうじゃないですか」
レミリア「現状維持だろうが負けるなら、どうせだから外に飛ばすって腹積もりなんだろうさ」

小悪魔の問いかけに対して苛立たしげに、レミリアはそう吐き捨てる。

美鈴「え? でも、守矢の方も留学には参加をするんですよね? それじゃあ結局同じなのでは?」
パチュリー「……守矢側が今回の件で留学に出せる選手の選択肢はそう多くは無い。
      まずもって、現状で大きなアドバンテージである反町を手放す事は考えられない。
      そして八坂神奈子、洩矢諏訪子。
      彼女たちが外界で3年間もいる、というのは彼女たちが幻想郷へとやってきた経緯を考えればこちらもあり得ない」
レミリア「そしてそいつらが残るならあの巫女モドキも残る。 結局守矢を形成する中枢は幻想郷を離れられないさ」

234 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:44:54 ID:???
レミリアたちの予想では、守矢フルーツズが留学に向かわせる選手は妖怪の山に所属をする選手。
恐らくはあの鴉天狗あたりが妥当だろう、と考える。

美鈴「なんだかややこしいというか回りくどいというか……難儀ですねぇ」
パチュリー「(まぁ……選手を強くするという手段は留学以外にも数多にある。
       ……先に述べたのもまたブラフ。 恐らく1番の目的は……『隔離』をする事でしょうからね)」

いずれにせよ面倒な話だと美鈴は目を回しそうになりながら呟くが、
生憎と賢者として知られる少女はそれすらもまやかしであると考えていた。

なんにせよ、八雲紫の真なる目的がどうであれ――本題は一向に片付いていない。

小悪魔「それで、結局私達は留学に誰を送るんでしょう? あ、いや、お嬢様のご意向では送らないつもりなのでしたっけ?」
レミリア「………………」
パチュリー「意地を張るのはよしなさい、レミィ。 話に乗っておいた方がいいというのは、あなたもわかってるでしょう」

紫の目的が彼女たちの予想通りなのだとすれば、その話に乗るというのは敵前逃亡に等しいものである。
だからこそ、プライドの高いレミリアはその案に易々とは乗る事が出来なかった。
頭では事実として守矢の過大な戦力が驚異的な事だと理解していても、
闘う以前より諦める事など紅帝である少女が許す筈もない。

パチュリー「……目先の戦いよりも、3年後を見据えた方がいいわ。
      次の大きな大会は、外の世界で再び行われるユース大会なのでしょうから」
レミリア「………………」

それでも、親友であるパチュリーは昏々とレミリアを説得し、
レミリアは相変わらず苦々しげな表情を浮かべてはいたが――小さく頷いた。
かつて不夜城カップでは守矢に敗れ、Jrユース大会では反町のシュート力にストライカーとして敗北。
幻想郷中を見渡しても、彼らに対してリベンジの機会を待つレミリアにとっては、苦渋の決断であった。

235 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:46:26 ID:???
パチュリー「(私が背中を押した結果とはいえ、いつものレミィならば『今この時も勝ち、3年後も勝つ』と反論する所。
       にも拘らず留学の件を認めさせた辺り……やはり反町にしろ早苗にしろ、
       レミィにとっては脅威であるという事ね……当然と言えば当然なのだけど)」
美鈴「えっと……それじゃあ誰が行くことになるんでしょうか?」
フラン「あっ、はいはーい! 私行きたい!」

そして話は誰を留学へと送るかという話題に差し掛かるのだが、
ここで手を挙げたのがここまで黙っていたフランドールであった。
元々、彼女はレミリアからのいいつけで基本的には館を出る事が叶わず、幽閉をされ続けていた。
そこを霊夢や魔理沙などの影響もあり――さまざまな途中の事情は割愛するが、ある程度屋敷の外を歩き回る事も許可された。

Jrユース大会においても、派遣選手としてイタリアJrユースに合流。
危険なプレイをしたが為に退場処分を受けながらも、それ以上にその得点力で貢献をした。

フランとしては、元々あった外に対する好奇心とイタリアで過ごした日々の楽しさがあり、
だからこそ今度の留学もきっと楽しいものなのだろうと考え立候補をしたまでである。
ただ――。

レミリア「フランは駄目よ! 1人で留学だなんて危険すぎるわ」

その留学を、妹を溺愛するレミリアが当然許す筈が無い。

フラン「ぶーっ、なんでよお姉さま! この前の大会で、私何も悪さしてないよ?」
レミリア「フランが悪さをするかどうか以上に、フランが誰かに悪さをされかねないわ。
     海外は治安が悪い所も多いと聞くし、フランはまだ小さいのよ。
     悪い大人に騙されて口に出すのも恐ろしいような事にでもなりかねないし、
     何より外の世界に留学するとなれば男所帯に入る事になるわ。
     こんなに可愛いフランを、餓えた男どもが見たら一体どうなるか……」

236 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:47:26 ID:???
頬を膨らませるフランドールに対してレミリアは矢継ぎ早に言葉を口にしていく。
それはフランを心から心配しての事であり、ともすれば過保護とも言える程のものではあったのだが、レミリアにとっては真剣そのもの。
495歳児と500歳児、500年程生きてきて5歳しか違わない姉妹といえど、レミリアにとってフランはまだまだ小さい妹なのである。

美鈴「(フランドール様が悪さされかねないって……いや、どうあがいてもそれは無理なんじゃないかなぁ……)」
小悪魔「(ま、まぁ留学されない方が安心なのは確かですよね。 あの大会から帰ってきて、少し大人しくはなられましたけど、
     まだフランドール様は……その……とても無邪気ですから)」
パチュリー「(レミィもこれが無ければいい友人なのだけど……ああ、駄目、今のレミィの顔はとても他の勢力の代表には見せられない)」

因みに、周囲の者たちは心配する対象が違うのではないかと考えていたがレミリアにとっては些細な事である。

小悪魔「なら……パチュリー様はどうですか? 外のサッカーにも、興味があるんじゃないでしょうか?」
パチュリー「そうね、興味がある事はあるのだけど……」

小悪魔の問いかけに、パチュリーは肩を竦める。
知識欲の塊と言っても差支えない彼女にとって、先のJrユース大会は非常に興味深いものだった。
数多くの国と見知らぬ強敵。知らない戦術に予想だにしない作戦。
ありとあらゆるものがパチュリーにとっては新鮮であり……、
ならばこそ、更に長い期間をかけて外界で留学をし知識を蓄えたいという欲求も少なからずある。

ただ、パチュリーには幻想郷に残ってやっておきたい事もまたあった。

パチュリー「……本格的に、喘息を抑える方法を考えようと思っているのよ。
      八意永琳にも協力をしてもらうつもりだけど……短期間で治せるものではないわ。
      悪いけれど、私は行けないわね」
小悪魔「そうですか……あっ、それなら私もお手伝いします!」
パチュリー「当然、そのつもりよ」

生まれつきの喘息による制限されたプレイ――天才と呼ばれながらも、
パチュリーが超一流として活躍出来ていなかったのはその大きなハンデによる所が大きかった。
外界で勉強をするよりも先にそれを克服する必要があるのは周囲もわかっており、
パチュリーのこの選択に異を唱える者は1人としていなかった。

237 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:48:59 ID:???
美鈴「え? 小悪魔さんも残るんですか?」

そして、パチュリーが残るのならば当然その使い魔である小悪魔も残る。
フランは駄目、パチュリーと小悪魔も駄目となれば――いくら大所帯と言える紅魔館でも、そう多くの選択肢は残されていない。
つまり、いてもいなくてもそこまで差支えが無い適当な人材――。

美鈴「あ、あれ? もしかして――」

自分が選ばれるのだろうか?と、美鈴は期待と不安を綯交ぜにした表情でレミリアを見つめ……。

レミリア「……留学に行ってもらうのは決めてるよ。 勿論……」
美鈴「………………」
レミリア「咲夜だ」
美鈴「はいっ! が、がんば――あれぇ!?」

予想だにしないレミリアの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。
否――驚いていたのは、何も美鈴だけではない。
フランドールは目を丸くし、小悪魔は口を大きく開け……。

咲夜「私が……ですか?」

ここまでレミリアの背後にぴたりとつき、彼女の世話をしていた――今、名指しで呼ばれた当の本人。
自分が呼ばれる事はまずないだろうと考え、ここまで会議に参加をしていなかった十六夜咲夜ですら、
その胸に手を当てながら思わず聞き返していた。
主君の言葉に疑問を呈する――普段の咲夜からは、考えられない行動である。

レミリア「二度は言わないよ。 行ってもらうのは咲夜、お前だ」
咲夜「は……ですが」
パチュリー「理由くらいは説明してあげなさい、レミィ。 疑問に思うのはもっともでしょう」

そんな咲夜たちに、レミリアはキッパリともう一度宣言をし――。
しかし、説明不十分だろうとパチュリーからの言葉を受け、面倒くさげに口を開く。

238 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:50:39 ID:???
レミリア「さっきも言ったように、こいつは八雲紫があの山の神社に対抗する為の策だ。
     あの反町って男が入って誰がキャプテンになるのかは知らんが、
     巫女モドキか反町か、どっちかが頭になるのは違いない。 実際、中心選手もその2人だからね」

早苗が変わらず守矢フルーツズを率いるのか、それとも反町がキャプテンを引き継ぐのか。
それは彼女たちにもわからないが、どちらかがなるというのは明白である。
留学は、そんな彼女たちに対抗をする為の策。
つまりは早苗と反町を倒しうるだけの戦力を備える為のものだ。

レミリア「相手は人間だ。 となれば、同じ人間に行かせるというのが道理というものだ」

この幻想郷でサッカーをする――トップレベルの世界でサッカーをする人間というのは少ない。
多くは力を持つ妖怪であったり、或いはそれに類する者たちばかりだ。
そんな中で、咲夜は希少とも言えるトップレベルの実力を持つ人間である。
役割は地味と言えるボランチを務めながらも、時にはオーバーラップをしてゴールを狙えるだけの攻撃力は持ち、
ボールカット能力においては幻想郷でも五指に入る程。

レミリア「守矢の人間でも、霊夢や魔理沙でもない。 ましてや冥界の半人半霊などでもない。
     紅魔が誇る悪魔の狗こそが、最も優れたプレイヤーであると証明する。 その方が痛快だろう?」

故にレミリアは咲夜を選んだ。
彼女が外界で鍛え上げ、守矢フルーツズを打倒する為の切り札となる。
守矢への意趣返しとしては、これ以上の選択は無いとも言えた。

ちなみに、先に上げた人間の内、悲しい事にレミリアの言葉の中では軽業師さんについてはまるで触れられなかった。

239 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:51:47 ID:???
レミリア「咲夜、いいね?」
咲夜「ええ、かしこまりましたわ」

無論、この紅魔館のメイド長であり実務関連のほぼ全てを執り行っている咲夜が留学に向かうというのは大きな不安が残る。
だが、それでもレミリアは咲夜を選んだのだ。
理由についても、己のプライド――紅魔館の誇りをかけて、同じ人間である咲夜に反町達以上の力を身に着けさせる為というもの。
レミリアの真意がわかった以上、咲夜が断る筈もなく、力強く頷いた。

フラン「いいなぁ、咲夜。 私も行きたかったなぁ……」
美鈴「(残念……なような、そうでもないような。 複雑ですけど……それ以上に……)」
小悪魔「(咲夜さんがいなくなって大丈夫でしょうか……色々と……)」

こうして決定した留学選手について、フランドールたちは思い思いの反応を見せる。
そんな一同を横目で見ながら、ふ、とパチュリーは虚空を見つめ思いを馳せる。
レミリアの言う通り、人間に対抗するのは同じ人間。
そんな条件を満たす男が、かつてはこの紅魔館に所属をしていた事に。

パチュリー「(三杉がいれば……私が推した所なんだけどね……)」

三杉淳――反町の言葉を受け、パチュリーが呼び出した外の世界の天才である。
心臓病という大きなハンデを持ちながらも一流と言えるサッカーセンスを持ち合わせ、
彼はパチュリーとそのハンデを解消する代わりに力を貸すという契約でこの紅魔館に身を寄せた。
元々、外界と幻想郷のサッカーにおける実力差というのは大きな剥離がある。
その中でも三杉は弛まぬ努力を積み重ね、パチュリーの期待通り――否、それ以上の実力者となり、
パチュリーと共に中盤の要としてチームになくてはならない選手となっていた。

240 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:53:00 ID:???
そんな彼は――しかし、Jrユース大会後、紅魔館に残る事を選択しなかった。
没落したとはいえ、それでも彼はいい所のお坊ちゃんである事に違いない。
外の世界を捨てるかどうかという苦渋の選択を前に、彼はそれを選ぶ事が出来なかった。
幻想郷という土地で暮らすには、彼はあまりにも生まれが良すぎたのである。

パチュリー「(日本に戻るのはもう満足できない……とは言っていたけれど)」

幻想郷で過ごし、Jrユース大会では全日本で全試合フルタイム出場。
全日本の準優勝に大きく貢献をした彼は、その後の進路で幻想郷から離れる事を選んだ際にも、
しかし日本でサッカーを続けるのも出来る事ならばやめたいとパチュリーに告げていた。
彼は当然知っていた。サッカー後進国である日本で、高校という3年間を過ごす内、世界とどれだけの差が開いていくのかという事を。

パチュリー「(この話が、あいつが離脱する以前に来ていれば……ね)」

心臓病を克服し、これからは思う存分サッカーをする事が出来るようになった三杉。
彼が恵まれた環境で努力をする事が出来れば、果たしてどれだけの選手になるのか。
彼に対して強い信頼と、それと同程度の期待をかけていたパチュリー。
己の目で彼の成長を見る事が出来ないという事に、ただただ悔しく、残念に思うしかない。

パチュリー「(日本という環境は幻想郷に比較をしても劣っていると聞いたわ。
       ……折角の才能を埋もれさせなければいいのだけどね)」

241 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:54:46 ID:???
咲夜「ですがお嬢様、私が留学中は屋敷の事は如何いたしましょう? ……妖精メイドはいずれも殆ど役に立ちませんが」
レミリア「あー……そこはあれ、美鈴、小悪魔、頑張りなさい」
美鈴「や、やっぱり私達が咲夜さんの穴埋めするんですか……」
小悪魔「こぁー……(パチュリー様の手伝いをしながら咲夜さんの仕事をこなすって、ベリーハードってレベルじゃないですよー……)」

一方、留学をするに当たり問題となる咲夜の不在中の館の管理であるが――。
そこは当然、レミリアの配下である美鈴。そしてパチュリーの使い魔である小悪魔へとお鉢が回ってきた。
上の都合で仕事を増やされる、それに対して文句も言えない。
ブラックではあるが悪魔の館である以上ブラックであるのも当然と言え、美鈴たちは聞き入れるしかない。

咲夜「では留学の日時まで2人には教育をしておきます。
   お嬢様も私がいなくなったからといって、あまり朝更かしをされず規則正しい生活を」
レミリア「はいはい」
咲夜「それと食事中はあまり食事を零さないように注意下さい。 館内でのモケーレ・ムベンベごっこも控えるように。
   お菓子は必ず3時に1日1回のみ。 外から帰ってきたら手洗い、うがいは忘れずに」
レミリア「う、うー?」

そして次に咲夜の心配は不在中のレミリアが果たして自分がいなくても無事に過ごせるかという事であった。
日ごろから何度か言われている小言を集中的に言われ、レミリアは思わずうーうー唸る。
唸るのだが、咲夜が己を心配して言っているのも理解しているので止めない――のだが。

242 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:56:16 ID:???
咲夜「ああ、あと、寝る前に水分の取りすぎはお気を付けください。
   私がいませんので、これからは粗相をされても誰にも気づかれずに処理する事が出来ません」

時が止まる――。

美鈴「――へ?」

――そして動き出す。

小悪魔「そ、粗相……って……」

思わず一同は、レミリアへと視線を向ける。

フラン「お姉さま……もしかして、まだ……」

5歳年下のフランドールは、信じられない表情で姉を見つめていた。

パチュリー「………………」

親友であるパチュリーは、この時、
もう起きている時間帯の筈なのにレミリアの自室を訪ねても迎え入れてくれない事が稀にある理由を悟った。

243 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:57:45 ID:???
……… ……… ………

レミリア「しゃくやーっ!!?」
咲夜「えっ!? ど、どうされましたかお嬢様!?」

思わず顔を真っ赤にして激昂するレミリアに、しかし咲夜は狼狽えるばかりである。
彼女としては心から心配をしての発言である為、それは必然。
狼狽する咲夜を見て、やはり何を言っても無駄であると思ったのか。
それともこれ以上周囲が自分を注視する事に耐えられなかったのか、
イスから飛び跳ねるようにして席を立ち、自室へと走り去っていったのだった。

咲夜「おっ、お嬢様……? ど、どうしたのかしら?」
美鈴「(あ……また何が悪かったのかわかってない顔……)」

十六夜咲夜――紅魔館を取り仕切り、サッカーでも優秀な能力を持つ紅魔館が誇る悪魔の狗。
完全で瀟洒な従者は……残念でKYな従者でもあった。

244 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 00:59:22 ID:???
という事で一旦ここまで。
紅魔館からの留学選手はKY長に決定しました。

それでは。

245 :森崎名無しさん:2018/02/15(木) 22:09:32 ID:???
咲夜さんやらかし過ぎてついに左遷される
左遷…もとい留学先はどこなんだろう?ボランチ向きの留学先ってパッと思い浮かばない

246 :森崎名無しさん:2018/02/15(木) 22:38:28 ID:???
よっしゃDMFの留学先ならヤウンデかポルトや(サカつく脳)
まあ真面目に考えたらイタリア辺りが良さそうではある

247 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/15(木) 23:49:22 ID:???
>>245-246
留学先についてはまた後々判明させる事が出来ればなと思います。
あとあまり中の人はリアルサッカー事情詳しくないので、
なんつートコ送っとんねんというツッコミもあるかもしれませんがご容赦を。

本日は更新はお休みです。
明日には更新出来ると思います。それでは。

248 :森崎名無しさん:2018/02/15(木) 23:49:42 ID:???
本編でボランチ強くて苦戦した国って無かった気がする
日本のボランチが一番強いかもしれない…日本留学してもなー
イタリアかドイツで組織的な守備を学ぶとかかな

249 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:18:31 ID:???
>>248
本編ですと、大体守備が強い選手はDFって感じだった気がしますね……。
WYでのドイツはカルツとシェスターをDMFに配置してましたが、この2人もDMFってイメージはあまり強くないですね。

短いですが投下します。

250 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:19:59 ID:???
命蓮寺や紅魔館とは逆に、所属をする選手が少ないという勢力もある。

妖夢「(…………どうしましょうか)」

魂魄妖夢――今は他チームに在籍をしているが、彼女の大本の所属である白玉楼もまた、
その所属選手が数少ない勢力の1つであった。
彼女はつい先日、主人である幽々子に留学の件について言い渡されていた。
白玉楼に所属をする選手といえば、今は幽々子ただ一人。

しかしながら当然、Jrユース大会の時のような短期間ならまだしも、
亡霊であり冥界の管理者である幽々子が外界に3年間も留学をするという事が出来る筈もなく、
白羽の矢が立てられたのは白玉楼を離脱した筈の妖夢であった。

幽々子から通達をされてから数日。妖夢は考えに考えていた。
留学をする――即ち、己を鍛え直す環境に身を置けるというのは、彼女にとって大きなメリットである。
元々、彼女はよく比較をされる人間組――霊夢や魔理沙といったグループと一括りにされながらも、
実力においては一枚も二枚も下回る。
才能はあるが半人前、才能はあるが運が無い、才能はあるがまるで芽が出る様子も無い。
そういった声が幻想郷サッカーファンから上がる事も多々ある。

妖夢「(厳しい環境に身を置けば……みんなとの実力差も縮まる。
    ……流石に、リグルよりも下なんて地位に甘んじる事は無くなる筈)」

ナチュラルに自分には才能がある筈なのだから、と考えるあたりが非常に甘い。
終ぞ幻想郷Jrユースでは出番が来なかった身という、崖っぷちの状況にありながらも、
己は強いと無自覚に思える――中途半端な実力を身に着けていたのが彼女の悲劇である。

ただ、彼女が己の評価をどうするかはともかく――留学によって力をつける事が可能だろうというのは事実である為、
それは一旦置いておこう。

251 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:21:16 ID:???
妖夢「(ただ……留学をするとなれば、当然幽々子様の元から離れる事になる……それに……パルスィたちとも)」

白玉楼を離れ、妖夢が選んだ――というよりは半ば無理やり引き入れられた新天地、ネオ妬ましパルパルズ。
キャプテンである橋姫、水橋パルスィの強引過ぎる勧誘により、
妖夢だけならず幻想郷では名だたる選手として知られる八雲藍、アリス=マーガトロイドまでもが加入。
ついには強豪とも呼ばれるまでのチームへと成長へと遂げた。

そんなパルパルズに対して、妖夢は愛着を持っている。
当初は強引に引き込まれた事に対して乗り気ではなかったものの、
白玉楼を離れ――幽々子の従者としてではなく、1人の魂魄妖夢としてサッカーをする事が出来たのは楽しい経験だった。
交流の深かった藍や、人当たりのいいアリス。気さくで面倒見のいいヤマメや無口だが仲間思いなキスメ。
サッカーを通じて彼女たちと仲を深めるのも、今までにない事だった。
……一部、あまり仲を深めたくは無い者もいたが。

なんにせよ、パルパルズから離れがたい――妖夢にはそういった感情もある。

妖夢「(パルスィたちに話した時は、みんな私の好きにすればいいと言ってくれたけど……)」

この悩みを、妖夢は既にパルスィたちへと相談していた。
元々義理堅く、隠し事などが苦手な妖夢。
おまけに藍はこの留学計画を提案した紫の式――妖夢にその話が渡っている事もわかっていただろう。
留学をして今よりも強くなりたい……しかし、チームから離れる事も嫌だ。

なんとも我儘な本心を彼女はぶちまけたが、それに対して明確な答えが返ってくる事はなかった。
行くも行かぬも、結局は妖夢本人。妖夢自身が決めるしかない事なのだから、当然と言えば当然であったが。

妖夢「(…………まぁ、当のパルスィ本人はまともに返事をしてくれもしませんでしたけどね)」

パルスィ『妬ましい……! あっさりと強くなる機会を貰えたあなたが妬ましい……!!』

脳裏に相談をした時のパルスィの言葉がよぎり、思わずため息を吐く妖夢。
藍やヤマメといった者たちは真摯に答えてくれただけに、なんとも言えない気持ちである。

252 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:23:18 ID:???
シェスター「サムラーイ! どうしたんだい、ボーッとして」
妖夢「あ、シェスター。 ……練習はもういいの?」
シェスター「うん、ちょっと休憩だよ。 ヨームはしなくていいのか?」
妖夢「うん……まぁ、色々集中できなくて」

こうして妖夢が悶々と1人悩んでいた所、声をかけてきたのはフランツ=シェスター。
かつてアリスが呼び出した、外界からの助っ人選手であった。
ニンジャフリークが高じて日本の文化(多分に間違った知識もある)を好む彼は、
先日のJrユース大会後、戻っていた西ドイツを離れ再び幻想郷のネオ妬ましパルパルズへと復帰をしていた。

西ドイツの元いた所属チーム――ブレーメンへとそのまま戻る選択肢もあったが、
彼の燃えに燃える日本愛が優ったという事だろう。
或いはカルツ……もとい、西尾?や反町も残るのならば、と気持ちの上で楽になった面もあるだろう。
無論、ネオ妬ましパルパルズへの愛着もまたあったのは言うまでも無い。

そんなシェスターは、幻想郷へと戻ってきて――しかし、観光に勤しむ訳でもなく、
パルスィ達と共に練習に明け暮れていた。
普段から彼が練習をしないという訳ではないが、その熱心さは以前にも増しているように妖夢には見えた。
あまりの練習に対する熱意に、松岡監督からも太鼓判を押される程である。

今もまた、朝早くからネオ妬ましパルパルズが本拠としている練習グラウンドで、
松岡監督に付き合ってもらいながら汗を流していたシェスター。
今日の練習は昼からの予定であるにも関わらず、だ。

妖夢「本当にここの所熱心ね。 帰ってきてから……ほぼ毎日じゃない?」
シェスター「そうかな? ……うん、そうかもしれない」

タオルで汗を拭いながら、シェスターは肩を竦める。
でも、まだまだ満足はしていないとばかりに。

253 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:25:30 ID:???
シェスター「Jrユース大会じゃ悔しい思いしたもんね。
      俺もカルツも、それにヨームのオヤカタサマであるユユコさんも……。
      幻想郷でつけた力を見せつけられず、ギャフンと言わされちゃったからね」

そう、先のJrユース大会――シェスターが参加をした西ドイツJrユースは幻想郷Jrユースにやはり完敗をした。
西ドイツの皇帝カール=ハインツ=シュナイダーをキャプテンとし、
幻のゴールキーパーと呼ばれたデューダー=ミューラーを招集。
ここに幻想郷へと召喚をされて大きく力をつけたカルツ、シェスター。
更にはレミリア、幽々子、神奈子といった派遣選手を取り入れ、正に万全とも言うべき体勢を取りながら……。
しかし、割とあっさりと敗れてしまったのである。

その敗北の原因を、シェスターは自分が不甲斐なかったせいであると認識していた。

シェスター「シュナイダーもレミリアさんも、反町や魔理沙さん達には負けてなかった。
      ミューラーだって相当なキーパーだよ。 西ドイツが負けたのは、やっぱり中盤が支配できなかったからだ」

カルツ、シェスター、共に力をつけたとはいえ――しかし、幻想郷の中盤は圧倒的だった。
霊夢、咲夜、ヒューイ。攻撃においてオールマイティな性能を持つOMFと、ボール狩りにとにかく長けたDMF。
これに前後半どちらかしか出場出来ないとはいえ実力は抜きんでているパチュリーや、
シェスターらの誇るキャプテンであり極限までドリブルを磨き上げたボールキープの鬼パルスィまでいる。

彼女たちを前に、シェスターたちは為すすべなくやられたのである。

妖夢「…………」
シェスター「俺達がもっと上手くやれてれば、
      シュナイダー達にボールを供給する事が出来たし反町達に打たせる回数も減らせたんだ。
      まぁ、今更言い返してもたらればでしかないけど……次の戦いを見据えて、今からもっと練習しておかないとね」
妖夢「次……」
シェスター「そうさ! 幻想郷にいれば、みんなに対してリベンジが出来る機会があるだろ?」

254 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:26:48 ID:???
この時、思わず妖夢は感心をした。
元々呑気なように見え、実際妖夢や藍を見かけてはサムライだのキュービだのと声を大にして叫ぶシェスター。
どこかおちゃらけているように見えて、その実かなり熱いハートの持ち主だという事に。
いや、思い返してみれば――パルスィの異常なまでの嫉妬心に感応しチームの為にとパルパルズに貢献してきた男である。
普段が普段でも、根っこの部分を見ればサッカーに対する情熱はかなりのものなのだろう。

妖夢「(単純にこの幻想郷が日本の原風景を残しているからという理由で残った訳じゃなかったんだ……)」

それも理由ではあったのだろうが、幻想郷の選手たちにリベンジをしたいという気持ちも嘘ではないのだろう。
シェスターに対して内心謝罪しながら、妖夢はそして、1つ溜息を吐く。

妖夢「(次って言われて気づいたけど……そうか、また皆と戦うんだ)」

幽々子からの留学の件が頭にあった為に忘れていたが、時が来ればまた幻想郷サッカー界も動き出す。
しばらくすればどこかの勢力からまた、大会の知らせが入るだろう。
再び全幻想郷Jrユースとして戦うのではなく、各々のチームに戻っての戦い。
今この時、練習をしているのも――その戦いで勝利を収める為なのだ。
しかし、である。

妖夢「(今の私で……他のチームのGKから点を奪えるだろうか)」

255 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:28:30 ID:???
妖夢は自分の実力には自信を持っていた。
先にも言った通り、ナチュラルに己を強者であると認識をしていた。
実際に彼女は相応の実力者ではあるのだが――あくまでも、それなりのである。

例えばそれが紅魔スカーレットムーンズのように、キーパーが名無しならば妖夢でも点が取れる。
或いはそれが永遠亭ルナティックスのように、ザルキーパーの代名詞が守るゴールからなら――多分妖夢でも点が取れる。

ならばこれが守矢フルーツズの早苗が相手ならば?
早苗でなくてもいい、その守矢に移籍をした大妖精が相手ならば?
どこのチームに所属して参加をするかわからないが、伊吹萃香が相手ならば?
否、それどころか――このネオ妬ましパルパルズのゴールキーパー、黒谷ヤマメからもゴールを奪えるだろうか?

妖夢「………………」

自分を強者であるとは思いながらも、それでも彼我の実力差を図れない訳でも妖夢は無かった。
故に、自問自答をして――その確率が低いという事もわかっていた。

妖夢「(勿論私も練習をする、して、でも……それと同じだけ、周りも練習をするだろう。
    差は縮まるのだろうか。 次の時までに)」

その確率もまた、恐らくは低いのだろう。
このまま幻想郷に残る――それでは結局、このまま幻想郷サッカーの歴史の中で、
自身の名は反町や魔理沙らといった者たちに埋もれてしまうのではないかと考えてしまう。
それならば、やはり――環境を変えてみるのもいいのでは、それもまた魅力的に感じてしまうのだ。

256 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:29:55 ID:???
シェスター「ヨーム、どうしたんだい?」
妖夢「あ、ごめん。 考え事を……」
シェスター「ヘタの考え、釈迦寝に似たりだよ!」
妖夢「……思いっきり寛いでますねそれは」

微妙に惜しいシェスターの間違いに苦笑いをしつつ、妖夢はもう一度相談をしてみるのもいいかと考え、
シェスターに対してぽつりぽつりと悩みを打ち明けだした。

シェスター「うーん、前も聞いたけど留学かぁ……ヨームはどうしたいんだい?」
妖夢「それが私にもさっぱり。 ……強くなりたいという気持ちは確かにある。 その為には、留学が1番だとも思う。
   でも……不本意ながら、私もこのチームからはやっぱり離れたくない」

強くはなりたい、だがチームは離れたくない。
離れなければここで練習をして強くなるしかないが、それでは周囲と成長速度もほぼ同じになるだろう。
二律背反、どちらも取れず、だからこそ妖夢は悩んでいる。

妖夢「白玉楼を離れてサッカーをするのは、本当に楽しかった。
   ……いや、幽々子様とサッカーをするのが嫌だという訳じゃないけど。
   ただ、藍さんやアリス。 ヤマメやキスメ、シェスターと一緒に過ごすのが楽しかった」
シェスター「俺も!」
妖夢「うん……だから、離れたくない。 でも……留学に行けば、チャンスが広がる。
   もしかしたら、反町や魔理沙にだって追いつけるかもしれない」

257 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:31:03 ID:???
そこまで言ってから、妖夢は「どう思う?」と、視線でシェスターに問いかけた。
シェスターはその意図に気づき、しばらく無言で腕を組み、唸っていたが……。

シェスター「ヨームがしたい道を選ぶのが1番。 1番だけど……」
妖夢「だけど?」
シェスター「……ヨームはここでするサッカーが楽しいって言ったよね?」
妖夢「? うん」
シェスター「……楽しくないサッカーっていうのも、知るべきかもしれない」

次に口を開いて出た言葉に、妖夢は思わずすぐ反応出来なかった。

妖夢「……楽しくないサッカー?」

そして、反応がようやく出来ても――それはただの鸚鵡返しとなってしまう。
だが、シェスターはそんな妖夢の反応にも真剣にコクリと頷き返した。

――無論、妖夢もサッカーをしていて楽しい以外の感情を抱いた事はある。何度もある。
例えばそれはドリブルやシュートが失敗をした時。
例えばそれは試合に負けてしまった時。
例えばそれは他の強者に居場所を奪われ、ベンチから試合を見つめるしかなかった時。

しかし、シェスターは妖夢がそんな気持ちを抱いた事があるのも知っている筈だ。
ならばきっと、楽しくないサッカーというのは、そういったものとはまた違うものなのだろう。
では、何故そんなものを『知るべき』だというのか。

シェスター「ヨームはパルパルズでのサッカーが楽しいって言ったよね?
      でも……外のサッカーは、楽しいだけじゃ出来ない」
妖夢「? 楽しいだけじゃ出来ない?」
シェスター「少なくとも、楽しむと強くなるを両立するのは難しい。 俺はそう思う」

258 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:33:36 ID:???
基本的に、幻想郷のサッカーというのは、趣味の延長線上のようなものである。
競技に準じる者たちも、本職を持っている場合が多く、
だからこそ草サッカー的な楽しみを第一とした主義主張といったものが色濃く出る。
しかし、外界のサッカーはそのような甘いものではない。

シェスター「外の世界の……少なくとも、俺がいた世界でのサッカーは、金を稼ぐ為のサッカーだよ」
妖夢「お金を?」
シェスター「うん。 サッカーをすることで、お金を――お給料を貰う。
      俺がいたのは、そういうチームの更に下部組織。
      将来的には、外の世界にもし戻っていれば、そこを目指していただろうからね」

それは幻想郷サッカーではありえない話であった。
例えば、大会の副賞として現金などが貰える事はある。あるが――しかし、サッカーをしていて恒常的に給料を貰える事などはない。
基本的に、先にも述べたように幻想郷サッカーは道楽なのである。
そこに金銭や何かという、野暮なものが介入する余地は無い。

シェスター「ただ、外の世界は違う。 ……俺はまだマシな方だよ。
      でも、もっと生活が苦しい者は、サッカーで一山当てようとする。 そうすればどうなるか……」
妖夢「…………どう、なるの?」

含ませるようなシェスターの言葉に、しかし、妖夢は首を傾げるだけで……。
それに苦笑いをしながら、やはり妖夢は外の世界に行くべきだ、とシェスターは思う。

シェスター「強くなりたい。 単純に強くなるだけなら、信念さえあればなれるかもしれない。
      楽しみたい。 単純に楽しむだけなら、このチームにいれば草サッカーの延長が出来るかもしれない」
妖夢「………………」
シェスター「でも……更にその先を目指すなら、やっぱりヨームは外の世界に行くべきだと思う」
妖夢「…………うん」
シェスター「俺も強くなりたい、楽しみたいっていう気持ちがあった。 でも、それでもここを選んだ。
      ヨームも、楽しくないけど強くなれるかもしれない――他に得るものがあるだろうサッカーか。
      それともただ楽しいというだけのサッカーか。 どちらも知った上で、選んだ方がいいんじゃないかな?」

259 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:35:42 ID:???
それはシェスターが、パルパルズでする楽しいサッカーと、外の世界の楽しいとは言えない事もあるサッカーを通して下した決断。
敗北を受けてからは人一倍熱心に練習に繰り出し、反町達へのリベンジに燃えながらも――。
それでも、より成長出来るような環境を選ばなかったシェスターの言う、『楽しくないサッカー』。

妖夢「(一層、行きたくはなくなった……けど……)」

厳しい環境に置いてこそ、己は磨かれる。
少なくとも妖夢はそう師匠に教えられたし、そう信じていた。
今の言葉を聞いて、尚一層、外の世界の環境は厳しいものなのだと感じた――ならば。

妖夢「ありがとう、シェスター」
シェスター「ん?」
妖夢「ようやく迷いが晴れた」

思えば、迷いを断ち切る刀を持つ自身が、迷いを見せるなど言語道断。
それでも迷いを見せていたが、しかし、今の問答でようやく妖夢は答えを導き出した。

妖夢「私は……留学に行く」
シェスター「……そっか。 うん、なら応援するよサムラーイ!!」

260 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:37:45 ID:???
強くなる。
厳しい環境に身を置いて、一層の修行を持って強くなる。
楽しくないサッカーというものがどういうものなのか、それは未だに妖夢にはわからない。
ただ、それでも、恐らくは幻想郷の中で一番(反町は秀才ではあるがあくまで日本出身、西尾?はそもそも本国の事情を喋りたがらない)、
外の世界のサッカーに精通をしている者の助言である。

妖夢「それまで、パルパルズの事はお願い」
シェスター「もっちろん! 任せてよ、打倒オータムスカイズ!ってね」

迷いを持っていた少女は、井の中――の外を知る少年の言葉を受け、空へと飛び立った。
厳しい環境に身を置き、知らない事を知り、そして今いるチームの助けとなる事を信じて。
彼女がはばたくか、それとも地に堕ち、幻想郷界隈ではその他大勢も多くいるFWの一員と成り下がってしまうのか。
それはまだ、誰も知らない。

261 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:39:00 ID:???
反町、魔理沙、リグルにポジションを独占されてはしまったものの――それでも、彼女の実力が低い訳ではない。
スピードを生かしたダイレクトシュートと、半霊も使った特有のドリブル能力。
得点を取るのは妖夢に任せるかパルスィのドリブルゴールかの二択というのがパルパルズの方針。
その内の1つが無くなる――というのは、あまりにも痛い損失ではある。
痛い損失ではある、のだが――。

かといって、いなくなったからといってまるで点が取れない可能性が無い、という訳でもない。
藍もアリスも、ダイレクトシュートならば妖夢にも負けない程のシュートを打てる。
自己を過大評価をする妖夢に対して、周囲の評価と言えばその程度である。残念ながら。

ただ――かといって、彼女が不要だからと言って留学に向かわせた訳ではなかった。
事実、先に書いた通り、彼女たちの多くは今回の件に関して、妖夢に一任をするつもりだったのだから。

パルスィ「……いいえ、これでいい。 妖夢は、これでいいのよ」

しかし、それを鶴の一声で妖夢を外界へと向かわせるよう仕向けたのがパルスィである。
妖夢とシェスターが語り合う後方、藍達と共に茂みの中から顔だけを覗かせてそう呟くパルスィの姿は、
滑稽を通り越して非常にシュールであったが……彼女が妖夢を想う気持ちは本物である。

パルスィ「我がネオ妬ましパルパルズ。
     打倒オータムスカイズを目指し、ここまでやってきた」

弱小から這い上がり、ついには幻想郷有数のチームへとなったパルパルズ。
藍、アリス、妖夢、シェスター……といった数多くの実力者を備えてここまでの地位に上り詰めたチームでもあったが、
しかし、その基本形は前身である妬ましパルパルズ時代からのものである。
即ち、ヤマメ・キスメという最終ラインが守り、パルスィが攻める。
ドリブル・ブロック・一対一。いずれにも精通をした強者がいたからこそ、彼女たちはここまで這い上がってきた。
弱者が強者を食い破る、才能の無い者が才能のある者を圧倒する、ただ一つの道筋を信じて。

262 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:40:40 ID:???
………
……


アリス「なんとかうまくいったけど……これでよかったの?」

そして、この妖夢とシェスターのやり取りを生暖かい目で見守っていたのはその他のネオ妬ましパルパルズの面々である。
本日は午後からの練習、にも関わらずここにはアリスをはじめとして、
チームを構成する全員が揃っていた。
……それもこれも、キャプテンであるパルスィが、
シェスターになんとしても妖夢を外の世界に留学に行かせるように説得せよと命令し、その様子を見守っていたが為である。

ヤマメ「妖夢は確かにいい子だよ。 才能だってある。 でも、このままじゃそれも腐っちまうってパルスィの判断だね」

妖夢は、基本的に常識的な人物である。
一時的に見た人を定期的に斬り殺そうとしていた時期もあるが、それはそれ。
温厚で真面目で、力をつける事に対して貪欲でありながら――しかし、幼稚であった。
力をつけたいが愛着のあるチームも捨てがたい。
彼女が迷っていたのは、そんな彼女の性格も多分に影響をしているだろう。

藍「いいか悪いかで言えば、パルパルズにとっては大きな損失だ。
  現時点でも、妖夢の得点力はパルパルズにとって必要不可欠だからな」

263 :>>261は無視してください ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:42:50 ID:???
反町、魔理沙、リグルにポジションを独占されてはしまったものの――それでも、彼女の実力が低い訳ではない。
スピードを生かしたダイレクトシュートと、半霊も使った特有のドリブル能力。
得点を取るのは妖夢に任せるかパルスィのドリブルゴールかの二択というのがパルパルズの方針。
その内の1つが無くなる――というのは、あまりにも痛い損失ではある。
痛い損失ではある、のだが――。

かといって、いなくなったからといってまるで点が取れない可能性が無い、という訳でもない。
藍もアリスも、ダイレクトシュートならば妖夢にも負けない程のシュートを打てる。
自己を過大評価をする妖夢に対して、周囲の評価と言えばその程度である。残念ながら。

ただ――かといって、彼女が不要だからと言って留学に向かわせた訳ではなかった。
事実、先に書いた通り、彼女たちの多くは今回の件に関して、妖夢に一任をするつもりだったのだから。

パルスィ「……いいえ、これでいい。 妖夢は、これでいいのよ」

しかし、それを鶴の一声で妖夢を外界へと向かわせるよう仕向けたのがパルスィである。
妖夢とシェスターが語り合う後方、藍達と共に茂みの中から顔だけを覗かせてそう呟くパルスィの姿は、
滑稽を通り越して非常にシュールであったが……彼女が妖夢を想う気持ちは本物である。

パルスィ「我がネオ妬ましパルパルズ。
     打倒オータムスカイズを目指し、ここまでやってきた」

弱小から這い上がり、ついには幻想郷有数のチームへとなったパルパルズ。
藍、アリス、妖夢、シェスター……といった数多くの実力者を備えてここまでの地位に上り詰めたチームでもあったが、
しかし、その基本形は前身である妬ましパルパルズ時代からのものである。
即ち、ヤマメ・キスメという最終ラインが守り、パルスィが攻める。
ドリブル・ブロック・一対一。いずれにも精通をした強者がいたからこそ、彼女たちはここまで這い上がってきた。
弱者が強者を食い破る、才能の無い者が才能のある者を圧倒する、ただ一つの道筋を信じて。

264 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:44:30 ID:???
パルスィ「だからこそ私は妬ましい。 才覚ある妖夢がこのまま腐ってしまうのは。
     あいつは……私を差し置いて、このチームのエースになれる才能を持ってる。
     それだけで妬ましいのに、それを腐らせるなんて……ああ……妬ましい、パルパル……」
ヤマメ「……心配ないと思うけどねぇ、妖夢って真面目だし。 練習をサボるような奴じゃないだろ。
    反町達に負けてるって言ったって、それで腐るようなタマじゃないだろうさ」
パルスィ「いいえ、腐る。 ……何せ、妖夢は綺麗過ぎる」
ヤマメ「うん?」

パルスィの言ってる意味がわからない、と思わず首を捻るヤマメであったが――。
しかし、藍やアリスなどは理解出来たのか、納得をしたように首を縦に振る。

パルスィ「藍やアリスはまだ……私の思想に共感を抱いて、このチームにいてくれる。 シェスターもそう。
     ただ……妖夢は、あくまでも『楽しいから』というただそれだけでいる。 ……それでは駄目」
藍「……言わんとする事はわかる」

何をするにも、信念――折れない根本が必要である。
ここにいる腐れ縁であるヤマメやキスメだけではなく、
アリス、藍といった者たちも――パルスィの掲げる、たった1つの題目に引き寄せられた。
当初は成行き任せだったとはいえど、今では彼女たちも心から信頼出来る仲間である。

そして、それはシェスターもまた同じであった。

パルスィ「あいつは尚更そう。 外の世界とこちらを知っていながらも、私達を選んだ。
     確固たる信念で」

265 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:46:11 ID:???
パルパルズに残留する事を決め、この幻想郷に残ったシェスター。
外の世界とパルパルズとを知る彼だからこそ、パルスィは彼に妖夢の説得役を任せた。
彼女の言う、妖夢の綺麗さを――汚すように、と。
当初、シェスターはこれに対し、妖夢の自由にさせるべきではないかと考えていたが――それもパルスィに説得され、了承する。
彼としても、妖夢の有り余る才覚を腐らせてしまうのはあまりにも勿体ないと考えたのだろう。

パルスィ「ああ、妬ましい……穢れも知らぬまま、のうのうとサッカーをしようとする妖夢が妬ましい……」
ヤマメ「あちゃ……また始まっちゃったよ」
アリス「ま、今回ばかりはいいんじゃないの?」

爪を噛み、呪詛を呟き始めるパルスィを見て溜息を吐くヤマメに対し、
アリスは肩を竦めながらそう言い放った。
彼女の視線の先には――妖夢とシェスターがいる。

妖夢「私は3年間で、必ずこのチームに不可欠な選手として帰ってくる」
シェスター「ヨームなら出来るさ! っていういか、今でも不可欠だよ!」
妖夢「…………ありがとう。 ごめんね。 みんなに迷惑をかける事になるけど」
シェスター「大丈夫さ。 みんなも言ってただろ、ヨームの好きにしたらいいって!」

いる。いるのだ。パルスィが大好きで大嫌いな、年頃の男女(しかも美形)が。がっつりと将来の事を話し合っているのだ。
無論、彼女たちに他意はない。互いに好意こそ持っているものの、恋愛的なあれそれではない。
無いが、それを見てパルスィがどういう反応をするのかはまた、別問題である。
それを考えれば、パルスィが勝手に妖夢の才覚に嫉妬をしてくれている方が遥かにマシというものだろう。

松岡監督「身体も心も熱くなってきた!!」
しっとマスク「ムハハ! どれ、ここは私がシェスターと同じく妖夢を後押ししてくるとするか!!」
ヤマメ「よしなしっとマスク! あとついでに監督!!  それ以上、いけない」
キスメ「…………」←><という顔をしてる

こうして将来を語り合う男女と、それを見守る仲間たちと、あと賑やかし要員。
てんやわんやもありながらも、こうして未完の大器と言われた少女――。
魂魄妖夢は己の殻を破る事を胸に、世界へ羽ばたく事を決断したのだった。

266 :幻想でない軽業師 ◆0RbUzIT0To :2018/02/16(金) 23:49:26 ID:???
一旦ここまで。
自信家だけどPK外しちゃうみょんすき。

それでは。

267 :森崎名無しさん:2018/02/16(金) 23:54:33 ID:???
乙です
これはオランダゆきかな?

268 :森崎名無しさん:2018/02/17(土) 00:13:41 ID:???
オランダ留学でダーティなサッカーを学んだ妖夢
そして3年後、大事な場面でマリーシアがバレて赤紙を貰う妖夢の姿が!

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