キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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異邦人モリサキ

1 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/01(金) 00:31:21 ID:Hgnh9qno


本作は恋愛SLG『みつめてナイト』を基にした二次創作です。

騎士の時代が終わりつつある南欧は架空の小国、ドルファン王国。
戦火の迫るこの国に傭兵として降り立った東洋人、森崎有三の体験する
波乱万丈の三年間を描きます。


独自要素が強いため、外伝スレを経ずにスレを立てさせていただきました。
ご容赦下さいませ。



501 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:48:32 ID:???
うおおおお。
さながら地鳴りを抑える巫女のように袖から現れた二人の女性を見て、しかし森崎は拍子抜けする。

「……大したことねえな、おい」
『うーん……フツー、だね』

思わず漏らした声は周囲の歓声にかき消される。
が、しかし何度見ても舞台上にいるのは実にありふれた容姿の、それも少しばかり歳のいった姉妹である。
身につけるドレスも豪奢というには程遠い、おそらくは先祖代々受け継がれてきたものであろう
時代がかった色味とデザインの、有り体に言えば単なるトルキア地方の民族衣装である。
照れ笑いを浮かべながら手を振る姿も見事に垢抜けない。

「まあ、公募抽選って言ってたしな……こんなもんか」
『もう結婚しちゃってる人は出られないだろうしねえ』

その言葉通り、しばらくは退屈な時間が続いた。
出てくるのは下町の売り子だの、ご町内最後の独身娘だのといった面々である。

「っかし、ロクなのがいねえなあ……この調子ならソフィアもかなりイイ線行くんじゃないか?」
『そうだねえ……優勝だって狙えちゃうかも?』

欠伸を噛み殺すこともない森崎が、肩を揉みほぐしながら言う。
そんな弛緩した空気は、しかし一変することとなる。

「―――大家族の末娘、モバック嬢でした! ありがとうございましたっ!」

大袈裟な身振りと共に出場者を袖へと送り出した司会の男が、言ったものである。

「さあ、盛り上がってまいりました! ……ここからは主催者推薦の面々が登場だぁッ!
 興奮しすぎてくたばるんじゃねえぞ、野郎どもッッ!」

502 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:49:53 ID:???
グオォォォォ―――
突如、地鳴りが山崩れへと変化した。
周囲の男たちが、最早堪え切れぬとばかりに立ち上がる。

「な、何だァ!?」
『この人たち、まだこんなに盛り上がれたんだね……』

目を白黒させる森崎。

「まず最初にお目見えは北欧からの刺客、白き森の守護者、リューリ・ハルティカイネン嬢!!
 ―――どうぞッ!」

しゃん、と。
その蒼白のドレスを纏った女性の、歩を進める音が、森崎の耳に聞こえた。
地鳴りも、山崩れも、どこか地平の彼方へ消えていた。
凍りついたような静寂の中を歩むその女性は、一目見ただけでこれまでの出場者とは
根本的にレベルが違うことがわかる。
蒼のマーメイドラインに包まれるのはまるで繊細な細工物のような白い肌と細い腰。
白銀のティアラの下、濃いシャドウで強調される切れ上がった目元は刃物の如く鋭い。
薄い唇を彩るのは、紫の口紅である。
物語から抜けだしてきた雪の女王と言われれば信じてしまいそうな女性が舞台の中央へと進むと、
司会の男が駆け寄った。

「ではリューリ嬢、客席と審査員に向けて一言アピール、どうぞ!」

言われた女性が、見事な刺繍を施された本繻子の肘まである手袋に覆われた細い指を口元に当てると、
僅かに視線を動かした。
触れなば斬れん、というような瞳が、会場を睨め付ける。
一瞬の後、凍土を吹く烈風のような声が響いた。

「……誰も彼も間抜け面を並べて。生きているのが恥ずかしくないのかしら」

503 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:50:54 ID:???
きぃん、と。
氷室から取り出した氷が、外気に触れて罅割れるような音が、聞こえた気がした。
ほんの僅かの間を置いて。
罅の中から漏れ出したのは、歓喜の叫びである。

ウゥゥゥオオオオォォォォォォォ―――

ほとんど涙を流さんばかり、もしも尻尾があれば根本から千切れんばかりの勢いで
ぶんぶんと揺らしているに違いない表情で喜ぶ男たち。

「こ、こいつら……怖ぇ」
『……そういうキミも、どうして立ち上がって手なんて振ってんのさ』
「なにィ!?」

愕然とする森崎に、ピコの視線が突き刺さる。
そんな様子にも当然ながら取り合うことなく、場は進んでいく。
氷の如き女性は既に袖へと帰っていた。

「駄犬ども! 存分に嬉ション漏らしたか!? 俺っちも今すぐ着替えてきたい!
 が、そんな暇は与えないぞ! お次はこの人! カミツレの自然が育んだ天然砲弾、
 ミス=ブレイクアップ、エッラ・ブロッジーニ嬢の登場だぁ!!」
「ハァ〜イ!」

呼び込みの声と共に舞台へと飛び出したのは、先ほどの凍てつく美貌とはあらゆる意味で対照的な女性である。


504 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:52:07 ID:???
「ん〜、チュッ♪」

舞台中央へと走り込むや客席へと投げキッスをしてみせた、その唇はぷるんと厚い。
日に焼けて褐色に近くなった肌に絡むブルネットの髪はどこまでも艶っぽく、そして何より
朱を基調としたベルラインのドレスに包まれた肢体はそれ自体が強烈に男性へのアピールとなる、
破壊力に溢れるものであった。
豊満なバストから視線を下ろせば、引き締まった腰回りから肉感的な骨盤周辺へと張りのある肉が
みっしりとその存在感を主張している。
男と生まれたからにはその肉に手指を埋め、顔を埋め、汗と快楽の海に溺れたいと夢想せずにはいられない、
ある種の魔力に満ちた体つきであった。

「こ、こいつぁ……ゴクリ」
『……キミ、いい加減にしないと怒るよ』
「痛ぇ! 何すんだ!」
『ふん』

大胆にカットされた裾から垣間見える魅惑の太腿と弾力溢れるふくらはぎを凝視していた森崎が、
ピコに後頭部を叩かれた衝撃で我に返る。
舞台の上ではまるでその隙を縫うとでもいうように、女性がくるりと回転すると、
最後に前屈みになって口づけの真似、更には軽く舌を出してみせるポーズ。

ッググゴォォォォォォ―――

溢れそうな褐色の谷間と突き出された赤い唇、そして桃色の柔らかくも淫靡に蠢く舌の組み合わせを受けた
会場の雄叫びは、ほとんど咆哮と呼ぶのが相応しい。

「エッラ嬢、色々ありがとうございましたッ! ホントにありがとうございましたッッ!」

入って来たときとは逆にゆっくりと時間をかけて退場していく女性と目が合い、手を振られ、
投げキッスの直撃を受けた男たちがバタバタと倒れていく。
舞台の中央へと戻った司会の男はその惨状をあっさり無視すると大袈裟な身振りを更に加速させ、
踊り狂うようにしながら観客を煽り立てる。

505 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:53:09 ID:???
「さあ、さあ、さあ、そしてお次はお待たせしました真打ち登場!!
 皆様御存知、あのご令嬢の出番だッッ! 野郎ども、その名を称える準備はいいか!?」

ごおおおおお。
咆哮をいなし、煽り、自在に操る様はさながらサーカスの獣使いである。

「それじゃあ行くぜッ! 花嫁コンテスト史上、連覇を果たしているのはこの人だけ!
 盤石の体制で狙うか偉業の三連覇! 絶対王者!! その名は―――」

男が、その手を客席に向ける。
声が、揃った。


「―――スー・グラフトン!!!!」


会場が、圧倒的な一体感に包まれていた。
名を呼んだ男たちが、爆発的な咆哮を上げる。
その異様な雰囲気を前に、一人の女性が袖から現れた。
が。

「……ん?」
『あれ……?』

首を傾げる森崎。
その視線の先にいたのは、ごく普通の女性である。

506 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:54:10 ID:???
くるくるとした巻き毛に少し眼尻の垂れた、どちらかと言えば愛嬌のある顔立ち。
美人というには華が足りず、さりとて決して不細工でもない。
可愛らしくはあったがそれだけで、プリンセスラインを描く純白のドレスも
確かに花嫁衣裳としては相応しいものであるが、特段に高価そうなわけでも、
驚くような趣向を凝らしてあるわけでもないようだった。
手にしたブーケも、小さな花屋でも用意できそうな種類の大衆的な花を集めたもので、
その姿を何度も見直した森崎が、改めて唸る。

「……出番、間違えてねえか?」
『チャンピオン、のはず……だよね』

そんな森崎の目の前で、何の特徴もない女性は何の変哲もなく歩き、何気なく舞台の真ん中に立つと、

「今年こそ―――」

すう、と息を吸って。

「―――結ッッ婚!! してやるんだからああああああっっっ!!」

叫んだ。
瞬間、世界が変わる。

507 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:55:11 ID:???
「……ッ!?」
『な、何……? 何が起きてるの!?』

轟、と。
地を奔り、空を駆け、文字通りに轟いたそれは、原初の雄叫びであった。
平凡を絵に描いたような女は、そこにはいない。
そこに立つのは、女の生という死屍累々たるいくさ場に舞い降りた、女神である。
小さな花を寄せ集めただけのブーケはその女が持つとき、神話に謳われる宝剣もかくやと煌めいて
向い立つ者すべてをひれ伏させ、ありふれたデザインのウェディングドレスはその気迫に包まれる時、
星を散りばめたように光り輝く唯一無二の戦装束となるのであった。

「―――」

それは幻想。
それは錯覚。
一人の女の、妄執とも言うべき気迫が生み出した幻である。
しかしそれはまた、この会場のすべてが共有できるだけの実存の確かさを持った、幻であった。
幻想が光を生み、生まれた光が会場を覆い尽くしていく。

「こ、こりゃあ……!」
『何で……? 引き込まれる……!』

溢れる光が、森崎を包んでいく。
真白い光の中で、森崎は歓声をあげていた。
喉も嗄れよと叫ばれるそれは王者を称え、賛美する、咆哮だった。


スー・グラフトン! スー・グラフトン! スー・グラフトン!
俺達の花嫁―――


***

508 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:56:12 ID:???

「……」
『……あ、あれ……? ねえ、ちょっと、キミ!』
「……? ここ……どこだ……」

ピコの声で、気がついた。
慌てて見回せば、そこは元通りの会場である。
ぐったりと、力を使い果たしたように椅子に沈む男たちが目に入る。
森崎自身もひどい脱力感に襲われていたが、全身に鞭を入れるようにして身を起こした。

「……あの人、は……!?」

視線を向ける先には、しかし既に誰もいない。
がらんとした舞台は、まるで何事もなかったかのように変わらず存在している。
叩きに叩いた両手の赤さと痛み、質の悪い風邪でも引き込んだかのようにじんじんと痛む喉、
思う様に踏み鳴らしたせいで時折鈍痛を走らせる足、そういった肉体の感覚だけが、
先ほどまでの高揚感に浮かされたような光景が白昼夢でないことを森崎に教えていた。

「今の……何だったんだ?」
『わかんないけど……。チャンピオンって、すごいんだね……』
「そう……、だな……」

ぼそりと呟きあった森崎の目に、原色の黄色が映る。
舞台の端からよろよろと進み出る、司会の男であった。
どうやらこの男も王者の光に巻き込まれたらしい。
後退した生え際に浮かぶ脂が、午後の日差しにてらてらと輝いていた。

509 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:58:38 ID:???
「……も、もはや言うことなんざありゃしないッ! 絶対王者に死角なし!
 今年もそのみなぎる気迫には更なる磨きがかけられていました!
 皆様、スー・グラフトン嬢に今一度、盛大な拍手を!」

ぱち、ぱち、と。
会場のそこかしこから断続的な拍手が聞こえる。
男たちのほとんどすべてを吸い尽くした王者に贈られる、それは誇り高き凱旋の唄であった。

「……さあ、それではこのコンテストもいよいよ最後の出場者となりました!」

無理矢理に声を絞り出すようにして、司会の男が舞台の袖を指し示す。

「最後?」
『ってことは……』
「ようやく、出番か」

頷いた森崎の見つめる先、舞台袖の向こうに、少女が立っているはずだった。

「大トリを務めますのは……おおっと、この人はデータがないぞ!」
 驚異の新星あらわる! 飛び入り参加で登場は―――」

ざわり、と会場が揺らめく。
予想外の煽りに、王者に奪われた熱気を僅かに取り戻した者たちがいたようだった。

「驚異の新星……」
『よく言うよね……』

司会の男の調子の良さにげんなりとした顔をする森崎。
無論のこと、壇上の男はそんなことを知る由もない。

「ソフィア・ロベリンゲ嬢だぁーッ! それでは! 張り切って、どうぞ!!」
「……」

510 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 00:59:47 ID:???
呼び込みの声に応じるように、袖から一歩を踏み出したのは、ソフィアである。
淡い黄色のドレスの、Aラインの裾がふわりと揺れた。
かつ、かつ、と。
不安定なヒールの音が、あまりにも露骨に緊張を物語っている。

「……っ、……」

途中、何度かバランスを崩しそうになりながら、どうにか舞台の中央へと歩み出るソフィア。
ペコリと、一礼。
強張った顔が、会場を見た。

「……っ!」

見て、固まる。
固まって、俯いた。

「……」
『うわあ……ちょっと、大丈夫……じゃなさそうだね』

少女は俯いたまま、彫像のように動かない。
握り締められた小さなブーケだけが、その持ち主が生きた人間であることを示すように
ふるふると震えている。
栗色の髪をまとめ直した小さな銀の髪留めの、陽光を反射してきらりと光るのが、森崎の目に入った。

「―――」

ざわ、ざわと。
会場の空気が不穏な色を帯び始めようとした、その瞬間。
森崎が、思い切り息を吸って、叫んだ。


「―――頑張れ、ソフィア!」

511 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 01:00:48 ID:xNFCHdok
*チェック

全力で応援せよ! → ! numnum

※ ! と numnum の間のスペースを消して数値を出して下さい。
出た数値によって結果が分岐します。
また今回は、森崎の応援効果に知名度が加算されます。
加算式は以下の通りです。

(評価*2+魅力/10)

→「10*2+73/10」=27

応援値【1〜100】に知名度【27】を加算して出た数値が……


・127〜80:
「……はい!」
 森崎の応援に、ソフィアがしっかりと応える!

・79〜40:
「頑張れー!」「平常心ー!」
 森崎の応援に触発されて、温かい応援の声が飛ぶ。ソフィアも勇気づけられたようだ。

・39〜27:
「何だ、あいつ……」「空気読めよ……」
 森崎に白い目が向けられる。ソフィアもすっかり落ち込んでしまっているようだ……。


512 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/06/28(木) 01:01:20 ID:???
全力で応援せよ! →  98

513 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/28(木) 01:02:15 ID:???
EPやCPをつぎ込む気まんまんだったけど…お見事と言わざるをえない。

514 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 01:22:25 ID:???
>>512
重要なポイントでの素晴らしい引き、ありがとうございました!
通常のEP1に加え、CP3を進呈いたします!


***


わりと厳しい条件に設定したはずの5月イベントの成功が概ね確定!
といったところで、本日の更新はこれまでとさせていただきます。
夜遅くまでのお付き合い、ありがとうございました。
それではまた、次回更新にて。

515 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/06/28(木) 01:38:34 ID:???
お疲れ様でした。

我ながら凄い引きだった。

516 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:22:07 ID:???
***


・127〜80:
「……はい!」
 森崎の応援に、ソフィアがしっかりと応える!


森崎の声は、一筋の矢であった。
寸分の狂いもなく飛んだ矢は、過たずにその目指す的を射抜いていた。
貫かれて真っ二つに割れたのは、ソフィアを縛る心の枷である。
す、と顔を上げた少女の表情に、もはや怯懦の色はない。

「……皆さん、はじめまして。ソフィア・ロベリンゲと申します」

千の群衆、二千の視線を前に口を開いたソフィアが、深々と一礼する。
向き直るその手に握られたブーケも震えを収め、その純白を静かに午後の日差しに晒している。

「今日は、急にこんな舞台に立てることになって、すごく……すごく緊張しています。
 ……でも」

一拍を置くソフィア。
ほんの僅か動かした視線の先に、森崎がいる。

「こんな私を、ここに立たせてくれた人がいました。それを、思い出せました」

絡み合うのは一瞬。
すぐに、その目は千の観客へと戻された。

「だから、私は私にできること、私のしたいと思うこと、しようと思います」

517 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:23:28 ID:???
そこまでを言い切ったソフィアが、ちらりと司会を見やる。
原色の黄色を纏った男が、はっとしたようにソフィアを見、観衆へと気をやり、
それから我に返ったように大袈裟な身振りを取り戻して喋り出した。

「……っとぉ! 俺っちとしたことが、思わず雰囲気に飲まれちまったぜっ!
 こんな殊勝な娘、最近そうはいやしねえ! 会場の野郎ども、温かく見守ってやってくんな!
 それではソフィア嬢、アピールタイム、どうぞっ!」

司会が大仰に手を振って促すのへ、ソフィアが頷く。
観客席に向き直り、再びの礼。
ざわめきの静まるのを待って、言う。

「これが、私にできること……聞いてください」

背を伸ばし、胸を張って。
息を、吸う。そして、


   ―――西風 快天と共に帰りて―――


流れ出したのは、透き通るソプラノだった。


   西風 快天と共に帰りて
   花や草 その家族と燕たち 小夜啼鳥の声と
   白く朱い春を告げる


それは他愛もない、誰もが知っている一昔前の流行歌である。
春の訪れの喜びをうたう歌。
巡り来る温もりと恵みとに感謝を捧げる歌であった。

518 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:24:32 ID:???


   澄み渡る空 緑なす牧場
   天帝 愛し子に微笑み


時折声を震わせ、また息遣いを乱しながら、しかし歌は続く。
懸命に、真っ直ぐに、ただ歌をうたう、そのことだけを見つめるような、声音。


   空気も水も 大地もまた愛に満ちる
   すべての獣たちは 再び愛に目覚める


最後の一節を歌い終えると、すう、と音が消える。
風の音も、街の喧騒も、千の観衆の身じろぎすら歌声に吸い込まれたかのような、一瞬の静寂。

「―――」

ぱち、ぱち、と。
その張り詰めたような静けさを崩したのは、拍手である。
最初の音は、森崎の手から放たれていた。
そのことに気付いた隣席の男が負けじと両手を打ち合わせ、それが前後に伝わり左右に伝播して、
すぐに会場全体を覆っていく。
万雷の拍手が、舞台の上の少女へと降り注いでいた。

「……ありがとう、ございました……っ」

519 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:25:37 ID:???
二千の手から響く、豪雨のような音の嵐に、ソフィアが戸惑ったように立ち尽くしながら、言う。
それだけを口にするのが、精一杯のようだった。
ともすればそのまま崩れ落ちそうな危うさで立つ少女に、司会の男が慌てたように喋り出した。

「す、す、素ン晴らしいぃぃ! まさに、まさに驚異の新星ッ!
 ソフィア・ロベリンゲ嬢でした!! 皆様、どうぞ改めて拍手をお願いいたしますッッ!」

絶叫を演じながら、袖に目線で合図を送る男。
飛び出してきた裏方たちが少女へと駆け寄ると同時、その淡い黄色のドレスがふらりと揺れる。

「……!?」
『ちょ、ソフィア……大丈夫なの?』

森崎と、そして観衆が息を呑む前で、しかし少女は倒れる寸前、自らの足で立ち直った。

「ありがとう、ございました……!」

割れんばかりの歓声を前に、最後にもう一度だけ深く礼をすると、ソフィアは支えようとする裏方を
手で制しながら、ゆっくりと舞台から去っていく。
その背には、いつまでも鳴り止まぬ拍手と歓声が贈られていた。


*** 

520 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:26:39 ID:???


「……純白のブーケ賞、か。『五月の花嫁』には届かなくて、残念だったな」
「い、いえ! とんでもないです!」

ぶんぶんと首を振る、少女の手には小さな硝子細工が輝いている。
繊細な花々の束とそれを包む紙を模した硝子に、木製の台座が据え付けられた置物。
サウスドルファン駅前を紅く染め上げる夕焼けに照らされたそれは、コンテストの入賞者に贈られる
ささやかな賞品であった。

「本当に私なんかがこんなに素敵なもの、いただいてしまっていいのかって思うくらいですから……」
「な〜に言ってんだ」

帰り道、少女が身につけているのは既に淡い黄色のドレスではない。
元の通り、若葉色のブラウスと薄桃のショール、紅色のスカートという姿に着替えている。
戸惑ったような表情を浮かべるソフィアに、森崎がおどけて言った。

「あのとき、あの歌は掛け値なしに俺に響いた。いや、俺だけじゃねえ。あの会場にいた全員に、
 そいつは伝わったんだ。観客席のど真ん中にいた俺が保証する」
「そんな……」
「だからソフィア、そりゃ君に与えられた正当な評価の印だ。素直に受け取っときな」
「……はい」

森崎の言葉に、夕日に照らされた頬を更に赤くしたソフィアが、手にした硝子細工を
抱き締めるようにしながら、足を止める。
どうした、と振り返る森崎を、ソフィアの真っ直ぐな視線が捉えていた。

521 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:27:40 ID:???

「今日は……すごく。すごく、楽しかったです。ううん、それだけじゃなくて……」

言葉を探すように。

「なんて言ったらいいんでしょう。その……私でも、ちゃんとできるんだ、って……。
 やりたいこと、やりたいって言うの、楽しい……って。変な言い方ですけど、その」

小さく頷いて。

「歩ける、って。私でも、前に歩いていけるんだって。そういう風に、思えたんです、今日。
 だから、私……今日のこと、忘れません。きっと、ずっと」

そう、言った。
夕陽の朱を従えて、それはとても清らかで、触れればたちまちに砕けてしまいそうに繊細な、一瞬。

「―――」

手を伸ばしたいという衝動と、その一瞬を崩してはならぬという情動と。
その二つが森崎を板挟みにして、あらゆる行動を封じる。

「……って、あ、あの!」

言葉を失った森崎の、その表情をどう受け取ったものか。
ソフィアが慌てたように手を振って、口を開く。
揺れる硝子細工が夕陽に煌めいた。

「す、すみません、今日はこの街をご案内させていただくって、お誘いしたんですよね。
 なのに私、自分のことばっかりで……! こんなんじゃ、その!」
「いいや」

わたわたと表情を変える少女に、森崎が苦笑しながら言葉を遮る。

522 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:28:44 ID:???
「いや、俺も楽しかった。そいつは間違いないぜ」
「そう、ですか……?」
「ああ、君のおかげだ」

頷いてみせる森崎。
なら良かった、と文字通りに胸を撫で下ろしたソフィアが、ふと表情を変えて口を開いた。
赤い頬と、どこか真剣な瞳。

「あの、モリサキさん。宜しければ、途中まで……」

言いかけた、そのときである。

「―――おい、そこのお前ぇ!」

ひび割れたダミ声が、少女の言葉を街の喧騒ごと断ち切るように響いていた。
反射的に振り返った森崎の目に映ったのは、声に違わぬ姿である。
だらしなく着崩されたシャツに無精髭、緩められたベルト。
無造作に乱れた髪の下から覗く澱んだ目は、夕暮れにも明らかなほど赤く充血している。
酒焼けした鼻を擦りながら森崎を睨みつけるその姿は、どこからどう見ても薄汚い酔いどれである。

「聞ぃ〜てんのかぁ!? お前だぁ、黒髪野郎ぉ」

呂律の回らない口調で何事かを呟きながら歩を踏み出す、そのたびに左の半身だけが沈む。
右の足を傷めているのか、左足だけに重心が偏っている証だった。
そんな酔いどれを前に、森崎は―――

523 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/28(木) 22:29:46 ID:xNFCHdok

*選択

A 「何か用か、おっさん」 適当にあしらう。

B 「……」 無視する。

C 「おいおい、大丈夫か」 思わず手を貸そうとする。


森崎の行動としてどれか一つを選択して下さい。
その際【選択理由】を必ず付記していただくようお願いいたします。
期限は『6/29 23:00』です。


******


五月ももうすぐ終わり……といったところで
少し早めですが、本日の更新はこれまでとさせていただきます。
お付き合いありがとうございました。
それではまた、次回更新にて。

524 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/28(木) 22:34:36 ID:???
【ピココール】
この酔っ払い、ただの酔っ払いだと思うか?
それとも、スリや暗殺者の類に見えるか?

525 :ピコ ◆ALIENo70zA :2012/06/29(金) 00:28:11 ID:???
>>524
お酒のニオイはプンプンするけど、犯罪のニオイはしないね……。
あれ? そういえばどっかで「足を傷めた人」の話を聞いたことがあるような……?

526 :さら ◆KYCgbi9lqI :2012/06/29(金) 10:32:41 ID:???
Cソフィアから父親が戦場で脚を傷めたってのは聴いてましたし、この酔っ払いが文句付けてる相手は森崎だけなんですよね。
だからこの酔っ払いはソフィアの父親の可能性が高いと思います。
それに戦場で負傷して身体が不自由になるってのも森崎にとっても他人事ではないですしね。

527 :◆W1prVEUMOs :2012/06/29(金) 18:14:51 ID:???

ソフィアの父親の可能性が高いから

ピココール超便利!
だけどピココール無しで「足を傷めた人」にピンと来るようにならなきゃな…orz

528 :◆W1prVEUMOs :2012/06/29(金) 21:11:03 ID:???
待てよ、父親の問題はナイーブなことらしいから、もしかして関わるのは危険か?
Bに変更します

529 :Q513 ◆RZdXGG2sGw :2012/06/29(金) 21:21:47 ID:???

理由はどうあれ、昼間っから飲んだくれているような相手に因縁をつけられているわけで
「組みしやすし」と思われるのは避けたい
というわけで丁重にではなく、少し強気に出てみる

530 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/29(金) 21:22:11 ID:???
EPはCPと比べて簡単にたまるし、積極的に仕掛けていったほうが良さ気だねー。
あくまで【ピコの視点】でしかないわけだけど、それでもヒントとしては超有用だ。
シリアスなスレで多くの悲劇は【プレイヤーの見落としやスレ主との意識・解釈の違い】で起きてたから、
それを未然に防げる確率が高いのは超嬉しい。

531 :Q513 ◆RZdXGG2sGw :2012/06/29(金) 21:24:37 ID:???
……あ、夕暮れでしたね。では「昼間っから」の部分はなしということで

532 :見てる人 ◆S/MUyCtQBg :2012/06/29(金) 21:32:14 ID:???
C ソフィアの前だし、大人の対応力を見せつけてやるぜ。
  ピココールにて、危険は無さそうだし。ソフィア父の可能性あるし。

533 :Q513 ◆RZdXGG2sGw :2012/06/29(金) 21:41:25 ID:???
みなさんと同じく、自分もたぶんソフィア父だと思ってるんですが、これでロベルトだったらどうしよう……

534 :◆9OlIjdgJmY :2012/06/29(金) 22:45:44 ID:???

ソフィア父ならどんな対応をしても角が立ちそうなので
一番ここまでの森崎らしい選択肢を。

535 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 16:25:16 ID:???

皆様、ご回答ありがとうございます。
それでは早速、>>523の選択ですが……

>>526 さら ◆KYCgbi9lqI様の回答を採用させていただきます!

ピコのヒントに加えて、男が文句をつけている相手は森崎だけ、という点にも
鋭く突っ込んでいただきました。
こういうところを拾っていただけるのは嬉しい限りです。
CP3を進呈いたします。

また、ここはピンポイントでピココールを使っていただいた傍観者  ◆YtAW.M29KM様にも
見事なアシストということでCP1を進呈いたします。
それとルール上ではあまり想定していなかったのですが、コール権のみを使用されて
選択への回答自体は確認できなかった場合でもEP付与は行われることとします。

この件については後ほどルールを改定しておきます。

536 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 16:26:19 ID:???
>>527-528
はい、すごく便利です。
困ったときにはどんどん彼女に頼って下さいね!

>>529,531,533
この場面、強気に出ること自体は悪くない選択でした。
これまでに「ナメられないこと」を重視する場面が多ければ選ばれやすかったのですが。
ところで今気づいたのですが、ソフィア父の名前は……き、気のせいですね、きっとw

>>530
そうですね、何らかの見落としを防ぐ目的では非常に有効です。
一度起こってしまった過去は変えられませんので、転ばぬ先の杖として活用いただければと思います。

>>532
スリや暗殺者といった『犯罪者』ではありませんが、何しろ相手は酔っぱらいですので
どう出てくるのか常識ではなかなか推し測りにくいところがありますね。

>>534
そうですね、実際向こうから絡んできているので、丸く収めるのは難しそうです。
ちなみに四月以降は選択肢に「(礼法が上がります)」などのガイドアナウンスが付いていませんが、
実際にはモラル・礼法とも都度細かく変動していますので、人物称号も変化する可能性があります。
ここまでの森崎らしい行動が選ばれ続けた場合は、その方向性をより強調するかたちになるでしょう。

537 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 16:27:21 ID:???
***


C 「おいおい、大丈夫か」思わず手を貸そうとする。



知らず手を差し出したのは、傷めた足を引きずるその男の姿を、どこかで
自らにもあり得る未来像として重ね合わせたからかもしれない。
だがそんな森崎の心情など、酔漢は知る由もなかった。

「……気安く触るんじゃぁ、ねぇ〜よ!」

差し伸べられた手を乱暴に払いのけた男は、どろりと濁った目で森崎を見ると
やにわに拳を握って殴りかかってきたのである。


538 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 16:28:31 ID:nsWO32no
*チェック

体術判定

目標値【18】 → ! numnum

※ ! と numnum の間のスペースを消して数値を出して下さい。
難易度【酔漢の攻撃+不意打ち】−体術を目標値とし、目標値以上の値が出れば成功。
00が出た場合は難易度にかかわらず成功となります。
結果によって展開が分岐します。


成功→腰の入っていないパンチが森崎にヒットする。
失敗→森崎はひょい、と身をかわす。

539 :ノータ ◆JvXQ17QPfo :2012/06/30(土) 16:32:40 ID:???
目標値【18】 →  09


540 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/30(土) 16:33:04 ID:???
目標値【18】 →  06
あー、選択をしなかったのは単純に「他の人と同じ事しかいえないから」でしたわ。

541 :ノータ ◆JvXQ17QPfo :2012/06/30(土) 16:36:36 ID:???
やべえ、CP3とEP5使いまーす

542 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/30(土) 16:38:19 ID:???
…ん? 失敗のほうが「かわす」なの? 成功失敗は酔っ払い視点?
ということは、このまま失敗の方がいいの?

543 :さら ◆KYCgbi9lqI :2012/06/30(土) 16:42:33 ID:???
引き直しの時は宣言してから勝手に引くのかな?

544 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/06/30(土) 18:02:39 ID:???
>>542
目標値の低さからして成功すると痛くも痒くもないパンチが森崎に当たるのでしょうね。

一方森崎がかわすと殴った方がそのまま前のめりになって頭から地面に突っ込むんじゃないかな
足が不自由な上に酔っているので余計な怪我をするかもしれない。

545 :◆W1prVEUMOs :2012/06/30(土) 18:28:42 ID:???
それは自分も思ったけど
こういう曖昧な時はGMに確認する前に引き直ししたら取り返しがつかなくなるね

546 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 19:54:23 ID:???
遅れまして申し訳ありません。
それではここで裁定&回答タイムです。

結論から申し上げますと、今回は>>539および>>541が適用され、
>>539にてノータ ◆JvXQ17QPfo様にEP1を進呈いたします。
その上で、CP/EP使用により数値に+10され結果は「成功」となります。
以下、ご質問にお答えいたします。

>>542
成功/失敗は常に主人公視点とお考えいただいて結構です。
今回の場合はズバリ>>544源氏 ◆rLDAH8Hy8Y様の仰るとおりで、
失敗の結果まで見事に言い当てていただいています!

>>543
numnumなどの数値でチェック・判定が入る場合はCP使用による
リドローの対象にはなりません。
あくまで数値の加減算のみが行えます。
なお、カード判定でリドローを行なっていただく場合は仰るとおり、
宣言と同時に引き直しをしていただいて結構です。

>>544
CPを進呈したくなるくらいにお見事な読みです!

>>545
はい、物語の内容ではなくシステム的な部分でご質問がある場合には
いつでもお気軽にどうぞ。
今回のように回答まで時間が空いてしまったり、その結果としてプレイヤー側に
不利となる可能性がある場合には、期限の延長や判定のやり直しも含めて
改めて検討させていただきます。

547 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/06/30(土) 19:57:33 ID:???
>成功/失敗は常に主人公視点とお考えいただいて結構です。
了解、ご回答ありがとうございます。スレによっては敵側視点で良し悪しが出ることもあったので、そこが不安でした。

548 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:08:16 ID:???
***


成功→腰の入っていないパンチが森崎にヒットする。


「何だぁ!?」

突然の攻撃に驚いた森崎が、咄嗟に身をかわそうとする。
へろへろと飛んでくる酔漢の拳を食らうような鍛え方はしていなかったが、
しかしそのとき森崎の目が捉えていたのは眼前の男の体勢である。
足腰の座らぬまま大振りのパンチを放った男は、完全に自らの腕に振り回されていた。
軸にしている左足がふらりとよろけ、しかし男の右足は明らかに異常をきたしている。
このまま身をかわしてしまえば、男は自分の体重を支えきれずに転倒するだろう。
泥酔し、片足もまともでないとなれば受身が取れるかどうかもわからない。

(―――チッ、仕方ねえな)

刹那の判断である。
ふらふらとブレながら迫り来る拳を、森崎は胸で受け止めるようにして男の転倒を防ぐのだった。
ごすん、と。
見た目よりは重い衝撃が森崎を襲ったが、しかし大したダメージにはならない。

「うおっと、っと、と……」

自らの危地を救われたとはつゆ知らず、男はふらふらと森崎から離れると壁にもたれかかる。
急に動いて目が回ったのか、こめかみを押さえたまま森崎を睨みつける男。

「……いくら何でもいきなり殴られる覚えはねえぞ、おっさん?」

549 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:09:27 ID:???
そんな男に森崎が詰め寄ろうとした、その矢先、

「やめて! 何してるの、お父さん!」
「……!?」

少女の声が、森崎の動きを止めた。
壊れた人形のように、ぎぎ、と軋む音を立てながら振り返る。

「オ、オトウサン……なにィ!? この酔っぱら……いや、えーと……」

あまりにも急なことに混乱している森崎が言葉を探す間に、ソフィアは酔いどれへと駆け寄っている。

「お父さん! またこんな時間からお酒なんて……!」
「うるせぇ……。もうカネの心配はいらんだろぉがぁ……」
「……」

無精髭をもごもごと揺らす男の言葉に、ソフィアが黙る。

「それより、お前ぇ! お前だぁ、東洋人! なぁに、人を見下してやがんだぁ〜?」
「アンタが勝手に尻餅ついてんだろうがよ……」
「あァ!? ぶつくさ聞こえねぇ〜んだよ! 黒髪野郎ぉ!」
「……へいへい」

酔いどれの理不尽な言い様に、反論したところで仕方ないと気付いた森崎が
肩をすくめて口を閉ざす。
そんな森崎に、男がアルコール臭に満ちた吐息をふんだんにまき散らしながらがなり立てる。

「お前ぇ、ウチの娘ぇ……ソフィアを連れ回してるそうじゃねぇかぁ?」
「どこで、そんな……」

呟くソフィアに、男が答える。

550 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:10:53 ID:???
「親切な人がぁ、教えてくれたんだぁ〜! おい、東洋人! これ以上ウチの娘にぃ、
 近づくんじゃあ、ねぇ……! 変な噂を立てられでもしたらぁ、この子がぁ、傷つくんだぞぉ……?」

酒臭い息と共に、奇妙に呂律の回らない口調でまくし立てる男。

『……日も暮れる前から飲み歩いてる父親がくっついてる方が、よっぽど変な噂が立つんじゃないかな』

いつの間にか頭の後ろに降りてきていたらしいピコがボソリと呟くのへ、内心でよくやったと
拍手を送りながら森崎は神妙な表情を崩さないよう努力する。
そんなやり取りを知らないソフィアが、男をたしなめるように表情を険しくする。

「お父さん……!」
「お前も、お前だぁ……ジョアン君という、立派なぁ、フィアンセがいるんだぞぉ……?
 それを、こんな東洋人風情とぉ……病気でも感染されたら、どう言い訳す―――」
「もうやめて!」

それは、ほとんど叫ぶような声だった。
森崎の聞いたことがない声を出し、見たことのない表情をしているソフィアが、そこにいた。
家族と呼べる者にしか見せ得ぬ、生の感情。
しん、と。
強制された沈黙が、その場に降りた。
最初に口を開いたのは、ひどく戸惑ったような顔をした酔漢である。

「……ソフィア、」
「すぐ、帰るから」

何かを言おうとした男の言葉を遮って、少女が首を振る。

551 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:12:00 ID:???
「お父さんも家に戻って。お母さんが心配するわ」
「……。おい、東洋人」

突き放すようなソフィアの態度に、悄然と肩を落とした男が歩き出して二歩。
ぎろりと、森崎を睨んだ。
すっかり酔いの醒めた、しかし黄ばみ、充血して濁った目。

「今後、娘に近づいたら―――骨の二、三本は覚悟しろ」

それだけを言い残して、去っていく。
ずるり、ずるりと歩みに取り残されるような右足が石畳に擦れる音の、すっかり消えた頃。
ソフィアが、森崎の方を向かないまま、俯いて口を開く。

「……ごめんなさい。父が、不愉快なことばかり言って」
「いや……」

その声音の重苦しさに、森崎は咄嗟に言葉が出ない。
それでも何か場を取り繕おうと切っ掛けを探す森崎の機先を制するように、
ソフィアが続けていた。

「父は……ロバート・ロベリンゲは、昔は、立派な騎士だったんです。
 今はあんな姿ですけど、私は……私は父を、尊敬しています」

それは、誰に向けた言葉だったのだろうか。
弁明にも謝罪にも届かず、さりとて告解とも寛恕を求める言葉ともつかぬ、宙ぶらりんの独白。
その意図を掴めずにいた森崎に、少女が俯いていた顔を上げると向き直り、改めて深く頭を下げた。

552 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:13:17 ID:???
「すみません。父が心配しますので、これで失礼します。
 ……今日は、楽しかったです」

礼を言うその表情には、笑顔はない。
頬の赤みも、舞台の高揚も、ない。
沈黙と首肯とをもってただ見送るより他になかった森崎の見つめる先、
歩み去る少女の背を追うように、宵闇が街を包もうとしていた。



   『少女と騎士』(了)




553 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:14:45 ID:???

*D26.6
フレーバーテキスト


◎運河の遺体

夏の気配が漂い始めたドルファンには珍しく、どんよりと曇った朝のこと。

『ほらキミ、寝癖がついてるよ!』
「うるさいな……後でやるっての」

ピコを追い払うようにぞんざいに手を振った森崎が、食卓の前で熱心に何かを読んでいる。
粗悪な紙にびっしりと活字の並ぶそれは、新聞と呼ばれるものであった。

『ちょっと、ご飯食べるのかそれ読むのかどっちかにしなよ、お行儀悪いよ!
 もう……これだけ田舎に来れば新聞なんてあるわけないと思ってたのに、
 変なところはスィーズランドを見習っちゃうんだから』

ため息混じりの小言は森崎の耳を素通りしていく。

「セリナ運河に身元不明の水死体……か」
『うええ……ドザエモンは嫌だねえ。ていうか、それわざとあたしに聞こえるように言ってない?』
「遺体は腐敗と白骨化が進んでおり、死後数ヶ月は経過しているものと思われる……とよ。
 よかったな、土左衛門なんて通り越してグロいやつみたいだぜ」
『もう、意地悪だなキミは!』
「蝿なんかもそりゃもうわんさか……」
『わーっ! わーっ!』

554 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:15:58 ID:???
それ以上の言葉が聞こえないように大声を出したピコが、小さな拳を固めてぱかぱかと森崎の頭を叩く。

「痛っ! わ、わかった、俺が悪かった!」
『もう! 次にやったら絶交だからね!』

言ったきり、ぷいと顔を背けると姿を消してしまうピコ。
残された森崎は小さく肩をすくめると、テーブルに置かれたカップから温いエールを啜るのだった。


***


数日後。
この季節には珍しい雨がドルファンの石畳をほんの少しだけ湿らせた翌日、
いつものように新聞に目を通していた森崎が思わず声を上げた。

「身元不明の遺体は行方不明の神父……だと?」
『何、なに?』

ふわふわと飛んできたピコが森崎の頭の上にちょこんと腰掛けて、新聞の紙面を覗き込む。

『十八日にセリナ運河で発見された身元不明の遺体は……』
「以前より行方が解らなくなっていたアイン・カラベラル神父である事が、関係者の証言により
 明らかになった。カラベラル神父は四月三日、自宅を出た後に行方不明になっていた……か」
『こないだのドザエモンか……』
「……」

頭上の声にじとりと湿り気を感じた森崎が、反射的に新聞を放り出して頭を守ろうとする。

555 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:16:59 ID:???
『あはは、もう怒ってないよ』
「……そりゃ助かるぜ」
『でもさ、これって事件? それとも事故?』

ほっと胸をなで下ろした森崎に、ピコが尋ねてくる。

「さあな……記事もそこまで書いてねえ。区警……地区警備隊がどう考えてるのかは何ともな」
『神父様じゃ、酔っ払って足を踏み外す……なんてこともないだろうしねえ』
「明和の大虎みてえな神父も、中にはいるかもしれんがな」
『葡萄酒は神の血じゃ〜、もっと持ってこんか〜い! って?』

遥か遠い故郷の有名人を真似てみせるピコの仕草に、森崎が口の端を上げる。

「……しかし、そうなると今の神父は俺らと同じような時期にこの街に来たってことになるのか」
『あの針金みたいな神父様だね』
「……」

その場にいるだけで周囲の温度を下げるような、独特の存在感を思い返した森崎が
ぶるりと大きく身を震わせた。

「あいつ、ここに来る前はどこにいたんだろうな」
『神父様のことをアイツとか言わない! いくらキミの信じる神様と違っててもね。
 ……でも、そうだね。なんか怖かったし、きっと寒いところだよ。北の方』
「何でだよ」
『北の人はだいたい、おっきくて怖いんだよ』
「お前、そりゃ偏見ってもんじゃねえのか……。だいたいあの神父、どう見てもトルキア人だろ」
『じゃあ北の方のトルキア人だよ!』
「無茶苦茶言うな……」

力説するピコを白い目で見る森崎。
その朝の話題は、そんな風にして日常に紛れていくのだった。

556 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:18:55 ID:???

*D26.6 「気のいいリーダー」森崎有三
訓練選択


「貴様らも知っての通り、ヴァルファは我がドルファンおよび元雇用主のプロキア、
 その両面に対し宣戦を布告してきた! 全欧最強の余裕というやつか? 違う!
 我々がナメられきっているということだ!」

響き渡るヤングの大音声は、いつにも増して大きい。
漲る気合いの表れであった。

「王室会議の腑抜けどもは今月末まで撤収期限を設けるなどと呑気なことを抜かしてやがるが、
 それでカタがつくならあの赤備え共はハナっからこんな面倒を起こさん!
 我が国は近いうちに必ず……早ければ来月早々にもダナンへと派兵することになるだろう!」

告げられる命の期限に、居並ぶ傭兵たちにざわりと動揺が走る。
それを押さえるように、ヤングが力強く言葉を継いだ。

「貴様らの役目は何だ!? 骨抜きの騎士団に代わって全欧最強をぶちのめすことだ!
 血のションベンが枯れ果てるまでしごいてやるからそのつもりでいろ!」


557 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/06/30(土) 20:21:21 ID:nsWO32no
***


*訓練選択
「気のいいリーダー」森崎有三
ガッツ70 評価10


『今月は何をするの?』

剣術・馬術・体術・魅力・礼法・墓守・休憩の中から『二種類』選んで下さい。
同じ訓練を二つ選んでも構いません。
その際【選択理由】を必ず付記していただくようお願い致します。
期限は『7/1 21:00』です。


***


実は作中の時代には成瀬川土左衛門は生まれてもいません。
といったところで、本日の更新はこれまでとさせていただきます。
本日もお付き合い、ありがとうございました。
それではまた、次回更新にて。

558 :見てる人 ◆S/MUyCtQBg :2012/06/30(土) 21:04:52 ID:???
剣術・馬術

体術と魅力は、ある程度成功させたので。少しこちらも鍛えておきたい。

559 :さら ◆KYCgbi9lqI :2012/06/30(土) 21:10:56 ID:???
体術 剣術
体術が得意ってのを武器にしたいですね。剣術は攻撃力が全く上がってないってのは少し不安なので。

560 :Q513 ◆RZdXGG2sGw :2012/07/01(日) 06:31:43 ID:???
休憩・休憩

来月早々にも派兵、でしょ?1回の訓練で20減るし、ガッツをもっておいた方がいいと思う

561 :◆W1prVEUMOs :2012/07/01(日) 13:23:09 ID:???
剣術・休憩
今度は攻撃スキルが欲しいのと派兵に備えて休憩
テンプレ読む限り戦争パートでガッツが関係するのは一騎討ちだけなので休憩×2するほどでもないかなと

562 :◆9OlIjdgJmY :2012/07/01(日) 17:20:57 ID:???
剣術・休憩
突発的に喧嘩を売られる可能性もありますし
戦争を抜きにしてもガッツが50以下になるのは怖いので休憩します。
後は攻撃力上昇&あわよくば攻撃系スキル獲得を目指し剣術を。

563 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 00:16:11 ID:???

皆様、ご回答ありがとうございます。
それでは早速、>>557の選択については……

>>561 ◆W1prVEUMOs様、および>>562 ◆9OlIjdgJmY様の回答を採用させていただきます!

お二人ともほぼ同様の育成方針でしたが、休憩への姿勢は対照的とも言えますね。
戦争パートでのガッツ消費が一騎討ちだけなのも、突発的にイベントが発生するのもその通りです。
GMから言えるのは、入院してしまうと色々なことがいきなり苦しくなるかも…ということですね。
勿論シナリオ構成も苦しくなりますので、可能な限り避けるようにして下さると助かりますw
お二人にはそれぞれCP3を進呈いたします。


>>558
訓練2回で残りガッツ30となるのは、実はかなり危険なラインです。
その月のメインイベント次第という部分はあるものの、黄色を通り越して赤信号と考えていただければ。
計算上は楽勝できるはずだったビリーに20ダメージもらった実績もありますので…。

>>559
そうですね。攻撃力は初期状態ですから、ここでしっかり鍛えていきたいところです。
体術がホームグラウンドというキャラ付けも面白いですね。

>>560
戦争パートはメインイベント扱いなので、(リアルな時系列にはちょっと目をつぶってもらって)
訓練パートを消化した後に出撃となります。
いきなり戦争でどうにもならず詰み…という状態を回避するための救済措置ですが、
休憩一回の回復量をご覧いただいて、来月の戦略を練っていただければと思います。


564 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 00:17:26 ID:MmjyUQVY
*訓練ダイス

※訓練は前後半に分かれていますが、休憩が選ばれた今月は前半だけとなっています。
★マークごとにお一人づつ、!と numnumの間のスペースを消してダイスを引いてください。
目標値【50】に対しプラスマイナス30以内で成功、プラス31以上で大成功、マイナス31以下で失敗となります。
大成功時は成果が1.5倍、失敗時は0.5倍となります。


前半(剣術)1
! numnum + ! numnum + ! numnum =

前半(剣術)2
! numnum + ! numnum + ! numnum =


565 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/07/03(火) 00:19:12 ID:???
前半(剣術)1
07  +  66  +  13 =

566 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/07/03(火) 00:21:07 ID:???

前半(剣術)2
97  +  77  +  28 =

567 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/07/03(火) 00:21:35 ID:???
あちゃ、こりゃ酷い。cp3とEP5を使って、せめて13を23にします。

568 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/07/03(火) 00:27:55 ID:???
CPを使うの初めてなのでこれで良いのか分かりませんが
>>566の二番目にCP3を使用して77に+5で82にすると大成功に出来るのかな?
合っていたらCP3使用でお願いします。

569 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 00:32:00 ID:???
>>567,568
はい、両宣言とも承りました。

570 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:01:33 ID:???
***

皆様、ご回答ありがとうございます。
それぞれEP1を進呈いたします。


*訓練結果

前半(剣術)1
07  +  66  + 13(+10) = 成功2 失敗1

前半(剣術)2
97  +  77(+5)  + 28 = 大成功2 成功1

→大成功2 成功3 失敗1


571 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:02:34 ID:???

//剣術訓練


「百九十一、百九十二、百九十三―――」

汗の臭いと熱気の充満する屋内訓練場に谺するのは、数をかぞえる声である。
ぶうん、と風を切る音が響くたび、その数は増えていく。

「……うへえ。モリサキのヤツ、気合入ってるなー」
「出撃が近いという緊張感の現れだ、お前も見習え」

遠くからはそんな仲間たちの声が聞こえる。
しかし、剣を振るう森崎の精神はそれほど研ぎ澄まされているわけではない。
むしろその内心は焦りに乱れ始めていたのである。
走り、投げられ、悪夢の如き筋肉痛と戦い続ける内に身体は少しづつ元の通り動くようになってきた。
しかし剣の勘はまだまだ戻っているとは言い難い。
これで戦えるのか、幾多の敵と刃を交え、いくさ場から生きて戻れるのか。
焦りは迷いを生み、迷いは剣筋を鈍らせ、鈍った剣筋がまた焦りを呼ぶ。
そんな悪循環から目を逸らすように、森崎は闇雲に剣を振るっていたのである。
腕が軋む。肩が痛む。背筋が引き攣る。しかしそれ以上に、胸の奥に澱む何かが、重かった。

「―――そこまでだ、モリサキ」

数が三百を超えた頃、彼を止めたのは鋭く重い声。
主任教官、ヤング・マジョラムであった。

572 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:03:36 ID:???
「……」
「そこまでだ、と言っている。これは命令だ」

ちらりと目線を動かしただけで再び素振りを再開しようとした森崎を、ヤングが重ねて止める。

「邪魔すんなよ、ヤングのおっさん。……ほら、おっさん呼ばわりしたぜ。
 懲罰でもう三百ばかし追加だ、文句はねえだろ」
「お、おいモリサキ……」
「少しは口を慎め、相手は上官だぞ」
「構わん、フロレンシオ、コンセイソン。貴様らは自分の訓練に戻れ」

険悪な空気に、さすがに割って入ろうとするネイとトニーニョ。
それを制したヤングが、大きくため息をついて森崎を見やる。

「そんなに懲罰が食らいたいか」
「ああ、地獄の特訓とやらをお待ち申し上げてるぜ」
「そうか」

頷いたヤングが、その大きく傷の入った左目だけを見開いて、森崎に命じた。

「……モリサキ。貴様に謹慎を命じる」
「な……なにィ!?」

思わず絶句する森崎に、ヤングはすぐに背を向けて歩き出そうとする。

「話はそれだけだ。分かったら宿舎に戻れ。メシは部屋に届けさせる」
「な……おい、待てよ! 待てって、おっさん! 何で謹慎なんだよ! ふざけんな!」
「馬鹿者! やめろモリサキ!」
「お前、何しようとしてるのか分かってんのか!」
「さすがに剣持って上官にバックアタックは、ちょっとシャレになんないよ〜」


573 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:04:54 ID:???
詰め寄る森崎を、今度は傭兵たちが身をもって止める。
そうしなければ何をしでかすかわからない、それほどの剣幕であった。

(畜生……もう少しで何かが掴めそうだったのに……! 畜生……!)

数人がかりで取り押さえられながら、森崎は歯噛みするのだった。

※剣術が上がりました。
 ガッツが20下がりました。


//休憩

「クソッ……復隊は明日だと!? 身体がなまりきっちまうぜ、あの傷モノ野郎!」
『……ようやく悪態をつく元気は戻ってきたみたいだね』

森崎の声の他には物音一つしない部屋の中で、ピコがふわふわと退屈そうに舞いながら言う。

「俺は最初から元気だぜ。そうでないように見えたなら、剣を振れないからかもな」
『よく言うよ。謹慎って言われたその日はベッドに倒れて動けなかったじゃない。
 無理しすぎたっていい結果は生まれないよ』
「チッ……このせいでくたばったら、あの野郎の枕元に化けて出てやるぜ」
『じゃ、このおかげで生き延びられたら教官には死ぬほど感謝しないとね』

営倉にぶち込まれないだけでもありがたいと思え、と告げたヤングの差配で
愛剣から遠ざけられてはや一週間。
酷使しすぎた身体と精神を休めた森崎が、再び鍛錬の日々に戻ろうとしている。

※ガッツが100回復しました。


******

574 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:05:54 ID:???

*D26.6
訓練所イベント


「―――貴様らが外国人傭兵か! なるほど、聞きしに勝るとはこのことだ。
 あまりに貧相で、俺としたことが不覚にも驚かされたわ!」

そんな声と共に下卑た笑い声が響いたのは、森崎が復隊した数日後の昼下がりである。
何だなんだ、と耳目を集めたのは一人の男だった。
晴天の下にぎらぎらと輝く白銀の板金鎧。
初夏の太陽に照らされて陽炎すら揺らめかせるその表面には精緻な獅子の彫刻が刻まれ、
瞳の部分にはご丁寧に象嵌すら施されている。

「……自由騎士か」

ジョアン・エリータスの凍り付くような殺気どころか、港で対峙した棒使いにも遠く及ばないであろう
気構えのない顔つきを一目見るなり、関わるのも馬鹿馬鹿しいとばかりに踵を返そうとする森崎。
そういえば午前中には遠くでまた馬上槍試合の大会が開かれていた気がする。
参加者や従卒は三々五々解散したようだったが、まだ残っていた物好きな、あるいは暇を持て余した者が
傭兵たちの訓練する一画にふらりと立ち寄ったようだった。

『放っといていいの?』
「金持ちの洟垂れ相手にしてる暇なんざねえよ。こちとら遅れを取り返さなきゃならないんだぜ」
『ま、それもそうだね……って、何か騒いでるよ?』

ピコの言う方へと目をやれば、その中心にはやはり無闇にぎらぎらと輝く鎧姿がある。
小脇に兜を抱えた男が、座り込んだ傭兵の一団に近づくと、あからさまな侮蔑を込めて何かを言ったようだった。
ざわり、と空気が変わる。
言われた男たちの目が次第に据わっていくのが、遠目からもわかった。
貧乏人、だの、捨て駒、だのといった単語が、風に運ばれて切れ切れに聞こえた。

575 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:07:03 ID:???
『ちょっと、雰囲気よくないね』
「……面倒なことになりそうだな」

男たちが、目配せをし始める。
白銀の鎧の男はまるで気付いた風もない。
森崎からも離れた場所にたむろしていた男たちが、座り込んだ一団を、ひいては白銀の鎧の男を
遠巻きに囲むように、しかし目立たないように少しずつ動き出していた。
鎧の男は、それでも気付かない。
もう少しで包囲が完成し、人垣が周囲からその一団を隠すことに成功しようとしていた、そのとき。

「やめましょうよ〜、ねえ」

輪の中に飛び込んで気の抜けた声を上げる男がいた。

「……ネイ!? あいつ、何やって……」

森崎の驚く間もあればこそ、褐色の肌の優男はヘラヘラとおどけたように笑顔を浮かべながら、
鎧の男に近づいていく。
周囲の傭兵たちが呆気にとられる中、

「ね、旦那。いつまでもこんな辛気臭い野郎どもを見てたって面白かぁないでしょ?
 ささ、少しは退屈も紛れたところで、お帰りはあちらですよ、っと」

身振りを交えながらそんなことを言うネイの、褐色の手が白銀の鎧に触れた、瞬間。

576 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:08:30 ID:MmjyUQVY
「……ッ!」

ぱしん、と。
白銀の手甲に包まれた、鉄の拳が。
ネイの手を、乱暴に払った。

「気安く触るな! 折角の鎧が汚れるわ、西洋圏の―――」

愚かな男は気付いていなかった。

「―――『奴隷上がり』が!」

それが、取り返しのつかない一言であることに。



*選択

A 割って入ろうとする

B 殴り飛ばす


森崎の行動としてどれか一つを選択して下さい。
その際【行動理由】を必ず付記していただくようお願いいたします。
期限は『7/3 23:00』です。

577 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 02:11:45 ID:???
******

ちなみに先述通り、この世界での「西洋圏」とは新大陸を指します。
ややこっしいんですが、そこは原作の用語をそのまま使用しております。
といったところで、本日の更新はこれまでとさせていただきます。
夜遅くまでのお付き合い、ありがとうございました。
それではまた、次回更新にて。

578 :さら ◆KYCgbi9lqI :2012/07/03(火) 09:19:29 ID:???
【ピココール】
この自由騎士を、殴った場合この塲が収まると思うか?
それともこれをきっかけにコイツを皆でリンチしてしまうと言うことは有り得るだろうか?


579 :ピコ ◆ALIENo70zA :2012/07/03(火) 10:07:18 ID:MmjyUQVY
>>578
ていうかもう、剣とか抜いちゃってる血の気の多いのがいるみたいだよ……。
こうなっちゃうとお上品な態度じゃ逆にどっちも引っ込みがつかないかも。

この後のことは……うーん、何だか寒気がするよ。
リンチとか、そんなにヒドいことにはならないって気もするけど……何だろ?
遠くの方から、冷た〜い風が吹いてくるみたいな……。


580 :さら ◆KYCgbi9lqI :2012/07/03(火) 15:24:55 ID:???
Bピコのアドバイスを聞いてAでは中途半端ではないかなと思います。
ならば殴るしかないですね。自由騎士もネイかジュトーリオに殺されるよりマシでしょうしね。

581 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/07/03(火) 21:00:17 ID:???
A

刀傷沙汰になってしまっては事情も碌に調べられずに
傭兵側が一方的に処断されることになるのは明白。
そうなる前に拳で男の喧嘩に持ち込む。

582 :源氏 ◆rLDAH8Hy8Y :2012/07/03(火) 21:01:37 ID:???
っと、選択肢間違いです。
AではなくBでしたっ

583 :雑魚モブ ◆.xniaLTHMk :2012/07/03(火) 21:41:56 ID:???
B
戦争も近いので仲間の和を乱したくないし、もう言葉で止まる雰囲気でもないので
『貧相』な外国人傭兵に殴られたくらいじゃ自由騎士さんは痛くも痒くもないだろしうネ

584 :見てる人 ◆S/MUyCtQBg :2012/07/04(水) 23:00:59 ID:???
B
お前はカレイだ・・・泥にまみれろよ。
と、魚住さんも言ってますし。敢えて泥かぶったほうがカッコイイ。
ネイをここで失うのは嫌だし、森崎なら何があっても大丈夫でしょ。
気のいいリーダー だし。

585 :見てる人 ◆S/MUyCtQBg :2012/07/04(水) 23:02:21 ID:???
まさかの23時59秒。こりゃ間に合わなかったかな?

586 :森崎名無しさん:2012/07/04(水) 23:03:29 ID:???
一日違うよ。

587 :森崎名無しさん:2012/07/04(水) 23:04:11 ID:???
というか締め切り昨日ですね
>>576

588 :森崎名無しさん:2012/07/04(水) 23:57:28 ID:???
スイマセンでした。

589 :ピコ ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:06:52 ID:???

皆様、ご回答ありがとうございます。
それでは早速、>>576の選択については……

>>583 雑魚モブ ◆.xniaLTHMk様の回答を採用させていただきます!
自由騎士の言葉を逆手に取った部分も切れ味が素晴らしいです。
仲間の視線を意識していただいたのも大きいですね。
CP3を進呈いたします。

またピココールでアシストしていただいた>>580 さら ◆KYCgbi9lqI様、
現実的な視点を提示していただいた>>581-582 源氏 ◆rLDAH8Hy8Y様の回答も
それぞれ本文に取り入れさせていただきますので、CP1を進呈いたします。


>>584
申し訳ありません!
それもこれも毎日コンスタントに更新できないGMの不徳の致すところです……。
ところで現在のところ大方の期限はキリよく23:00としていますが、実際に更新作業に取り掛かれるのは
23:30頃だったりします。
期限もそこまで延ばした方が、参加していただける機会が増えるでしょうか?


590 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:08:11 ID:???
ひゃあ、名前欄に謎の妖精さんが!
お恥ずかしい。


***


B 殴り飛ばす


瞬間、森崎が駆け出したことには幾つかの理由がある。
無論のこと、仲間への侮辱を許せぬ気持ちもあった。
反吐の如き言葉を吐き散らす下衆には、相応の報いを受けさせねばならぬ。
確かに傭兵は個人主義者の集まりである。
しかし訓練をこなし、汗を流す内に芽生える連帯とて当然にあった。
同じ釜の飯を食う者が何処の馬の骨とも知れぬ下郎に蔑まれたのを日和見的にやり過ごしては
示しというものがつかない。
潰された面子は、誰かが何らかの形で贖わねばならぬ。
そうして、その誰かとは即ち、この哀れな下郎でなくてはならなかった。
しかしまた同時に、その激情だけに身を浸すには、森崎の目に映る光景は危険に過ぎたのである。

(……早まるんじゃねえ、ジェトーリオ!)

その黒人の背を、森崎は見ていた。
ネイの手が払われた瞬間、色めき立つ周囲とはまるで違う時間の中にいるように、
ジェトーリオだけが動きを止めていた。
そして、愚かな鎧の男が文字通りに致命的な言葉を吐いたそのとき、ジェトーリオのそこだけが
型で抜かれたように生白い掌が、ベルトの背に挟んだ得物へと伸ばされ、掴み、引き抜かれたことを、
森崎はしっかりと目にしていたのである。

591 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:09:12 ID:???
(―――届けッ!)

森崎がかけくらべをする相手は、黒い風である。
風は刃を孕んでいる。
吹き抜けた瞬間、それは鮮血を巻き上げて散るだろう。
それだけは、避けねばならぬ。
殴る蹴るであれば、苦しいながらも言い訳の立てようもある。
しかし斬ってしまっては、そして何より殺してしまっては、もはや後戻りができない。
下手人には確実な極刑が待っている。
愚かしくも哀れな貴族の子弟などと引き換えるには、大きすぎる代償だった。

「この……馬鹿野郎がッ!」

叫びながら突き出された森崎の拳は、風よりも疾かった。
手首に重い衝撃。
自由騎士の顔面を捉えた一撃は、歪んだ頬骨を力点、ねじ曲がった首を支点として、着込まれた鎧の重量を
ほぼダイレクトに伝えてくる。
振り切るように、打ち抜いた。

「……、……!」

ぎ、とも、ぐぅ、ともつかぬ悲鳴が、男の喉の辺りから漏れる。
全力疾走の速度と鍛え上げた筋力、そして美しいフォームから放たれた右ストレートは、
その白銀の板金鎧ごと、男を地面へと叩きつけたのである。

「……モリ、サキ……?」

すぐ背後、呆然とした呟きは振り向くまでもない、ジェトーリオのものである。
片手を軽く上げた森崎が、その手を自らの背に移動させ、腰の辺りをとんとんと叩く。
得物を仕舞え、という身振りであった。

592 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:10:13 ID:???
「……」

振り向かぬ森崎には、その表情は見えない。
しかし僅かな間を置いて、小さな溜息と金属が擦れる音とが聞こえた。
どうやら意図は伝わったようであった。

(さて、次は……どうしたもんかな)

思案しながら倒れた男へと歩み寄る森崎。

「起きな、お坊ちゃん」
「……き、きしゃまぁ……!」

自慢の鎧の腹に爪先で軽く蹴りを入れながら言う森崎に、倒れた男が我に返ったように激昂する。
口の中を切ったのか、滑舌が悪いことおびただしい。

「お、お、俺をだりぇだとおもっへる……!? かの騎士侯ひゃく、せばすしゃん・じょわんうぃるから
 八代つじゅく武門のほまりぇ、じょわんうぃる家の、ひぃっ……!?」
「おう、そうかい、名門のお坊ちゃん。よーくご存知だぜ」

全身を覆う鎧の重量に、男は起き上がることができないようだった。
誉れも何もなく地に転がったまま、口から涎で薄まった血を溢しながらまくし立てる男へ
のしかかるようにして、森崎が告げる。

「だからよ、俺ら貧相な傭兵としては武門の誉れ高き騎士侯爵様の八代目だか九代目だかに
 胸ぇ借りて、一丁稽古でもつけてもらおうかと思ってな」
「にゃ、にゃに、を……」

陽光に照らされて熱い白銀の鎧を拳でごつんと一つ叩いて、森崎がニヤリと笑う。

593 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:12:24 ID:criY5V5E
「いやあ、痛くも痒くもねえよなあ? こんだけ豪勢な鎧で身を固めた自由騎士様だ。
 ヒンソーなステゴマのガイジンに殴られて痛いよ痛いよ、なんて泣きが入るはずもねえ。
 実にご立派なことだぜ、泰然自若としたそのお姿。稽古の流れで転んじまってもビクともしねえ!
 なあ、そうだろ? そうだよなあ?」
「ぐ……」


*チェック

交渉判定

目標値【25】 → ! numnum

※ ! と numnum の間のスペースを消して数値を出して下さい。
難易度(無理難題・相手知性『低』90)−(主導権20/恐怖20/苦痛10/混乱10/仲裁スキル「ヒガシの山」5)を
目標値とし、目標値以上の値が出れば成功。
00が出た場合は難易度にかかわらず成功となります。
結果によって展開が分岐します。

成功→ 「ぐ、ぐぬぬ……」 相手はぐうの音も出ない。
失敗→ 「ぐ……う、うわああん! 怖いよ、助けて、パパー!」 泣き出してしまった……。


594 :傍観者  ◆YtAW.M29KM :2012/07/05(木) 01:22:35 ID:???
目標値【25】 →  93
10分経過しても誰も引かないし、引くか。ダメだった場合はCP/EP期待!

595 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:25:19 ID:???
>>594
お見事です!
ダイスロールは時の運、そうご遠慮なさらずズバッと引いてやって下さいw


成功→ 「ぐ、ぐぬぬ……」 相手はぐうの音も出ない。


******


※称号が『気のいい拳のネゴシエイター』になりました。

スキル『仲裁?』を獲得しました。
種別:パッシブ
消費ガッツ:-
効果:交渉判定時、+10の修正。モラル値が40以下のときには+20の修正となる。
この効果は同様のスキルと重複する。
ただしモラル値が80を超えるとき、このスキルは発動しない。


******

596 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:27:04 ID:???

「ひぃ……っ」

森崎の鋭い眼差しに間近で睨まれ、思わず首を縦に振ってしまう男。

「なら、話は終わりだな。この場には何もなかった、問題も、諍いも、何にも、」

と、森崎が言いかけた、そのとき。

「―――!?」

太陽は燦々と照りつけている。
雲一つない空は初夏の色を隠すこともなく、風は火照った肌を癒すが如く、爽やかに吹いている。
だと、いうのに。

(な、何だ……この感じ!)

すう、と。
その場を覆ったのは、鳥肌の立つような冷気である。
それは物理的な温度ではない。
ただの気配である。
しかし人の奥底、骨の髄と臓腑の中とを寒からしめる、怖気に満ちた気配であった。
反射的に顔を上げた森崎が、自由騎士の存在など忘れたように跳ね起きると、一歩を飛び退く。

「……」

広い野原に立ち、あるいは座り、あるいは倒れ伏したままの全員が、冷気に誘われるように振り返る、
その先には黒の一色があった。
蒼穹の下、陽光の白と大地の緑と土色の世界から抜け落ちたような、黒。


597 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:28:06 ID:???
「ジョアン……エリータス……!」

歩み来る男の名を、知らず呟いたのは森崎自身である。
人垣が割れる。
囲みが解ける。
男の纏う底知れぬものを、その場にいる誰もが肌で感じていた。
森崎の睨む前、まるで無人の野を征くが如く、騒動の中心まで悠然と歩を進めてきたジョアンが、

「やあ、マルセル。こんなところで、何をしているんだい」

と。
散歩の途中で見かけた友人に声をかけるように、微笑すら浮かべながら言った。
相好を崩したのは、倒れたままの鎧の男である。
ジョアンの差し伸べた手を握り、ようやく身を起こしながら口を開く。

「……じょ、ジョアン君! 良かった、助かった、聞いておくれよ!
 こいつら平民以下の外国人のくせに、俺のことを……」
「マルセル・ジョワンヴィル」

まくし立てようとした男の言葉が、ただの一言で遮られた。
名を呼んだだけの、声。
しかしその声音は、人の心胆を鷲掴みにするが如きものである。
マルセルと呼ばれた自由騎士の男が、凍りついたように固まる。

「もう一度聞くが―――こんなところで、何をしているんだい。
 今日の大会で、一勝すらできなかった君が、こんなところで、何を?」

598 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:29:26 ID:???
手は、握られたままでいる。
男を見下ろしながら一節ごとに区切るように発音される、それはさながら罪の宣告である。

「そ、それ……、は……」

自由騎士が、炎天下に鎧までを着込んだ身でありながら蒼白な顔色でジョアンを見上げる。
今にもガタガタと震えだしそうな表情の自由騎士を、この場に現れたときから一寸たりとも変わらぬ
微笑を向けるジョアンが手を引き、立ち上がらせた。
一人では上体を起こすことも叶わぬ重量を片手で引き上げたジョアンが、懐から取り出した絹のハンカチで
自由騎士の鎧についた泥土を丁寧に落とすと、周囲を睥睨するように、口を開く。

「友人が大変な失礼をしたようだ。このジョアン・エリータスが深く詫びよう。
 ―――が、それはそれとして、だ」

汚れたハンカチから手を離すジョアン。
地に落ちたハンカチが、風に吹かれて転がっていく。

「私の友人を傷つけた礼も、相応にさせてもらわねばなるまい。
 ……相手は、誰かな」

微笑は、変わらぬ。
変わらぬまま、声は牙と爪とを帯びていた。
直立不動のままでいた自由騎士の男が、ジョアンの視線に促されて慌てて指さしたのは、
やはり森崎である。
ジョアンの氷青色の目が、その姿を認めた途端に蛇の如く細められていく。

「ほう……貴様か、東洋人」
「……悪縁も縁の内、か」

嫌な言葉だ、と吐き捨てた森崎の身に一切の油断はない。
抜刀こそしていないものの、利き手は剣の柄に置かれていつでも抜けるように構えている。

599 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:30:41 ID:???
「……」
「―――」

言葉が途切れる。
喉が、ひりつく。
じっとりした汗が森崎の背筋を垂れるのは、初夏の陽光のせいだけでは決してなかった。
絡む視線が、漆黒と氷青色とのせめぎ合いが、その中心点に何かを結晶させようとした、その寸前である。

「貴様ら、何を騒いでいる!!」

凍りついたような場を根こそぎ吹き飛ばすような、大音声。
走り来るヤング・マジョラムの姿は、この一連の騒動に強制的な幕引きをもたらす機械仕掛けの神である。

「……命冥加なことだな、東洋人」

つまらなそうに視線を外したジョアンが、呟くと踵を返す。
自由騎士の男がおろおろと周囲を見回し、それから慌てたように追いかけようとしたその歩みが、
三歩を歩いて止まった。

「……そうそう、貴様も顔くらいは見知っていたかな。私の婚約者―――ソフィアだが」

立ち止まったジョアンが、振り返らないままに言う。

600 :異邦人 ◆ALIENo70zA :2012/07/05(木) 01:32:49 ID:???
「この間、実に楽しい休日を過ごしたようだ。誰だか知らないが、感謝しなくてはならないな。
 その親切な誰かのおかげで、」

と、たっぷりと間をとって、ジョアンが肩を震わせる。

「おかげで彼女を花嫁修業に入らせる、いい切っ掛けになったのだから。
 良き安息の後には、より一層の勤勉を―――我がエリータスの家訓に相応しい女性だよ、ソフィアは!」

表情を見せぬその背には、しかし隠しようもなく明らかな、愉悦の二文字が浮かんでいる。

「今年中は我が屋敷から外に出ることもなかろうが……それほどの一日であったのなら、釣り合いもとれよう。
 クク……ハハハ、ハハハハ!」

悦に入った笑い声は、いつまでも高らかに響いていた。
黒を纏うその背が見えなくなっても、森崎の耳朶にこびりつくように、いつまでも。


******

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