キャプテン森崎 Vol. II 〜Super Morisaki!〜
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【そんなタイトルで】アナザー カンピオーネ1【大丈夫か?】

1 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:35:21 ID:PrCX1H7o

この物語はフィクションです。
史実や実在の人物を連想する場面があるとしても、物語とは関係がありません。
風土、名称については文献を参考としていますが、想像のウェイトも大きく、事実と異なります。


そして……この物語はキャプテン森崎のフィクションで…
  とある貴公子と仲間達のサッカーに賭けた青春を描いたストーリーです。

4 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:39:21 ID:???
だがその日は違った。いや、その日から違った。
緩急を活かしたドリブル、柔らかく正確なロングパス、強力なシュート…
息子はそれまで中心となっていた年上の子供達を、たった一人で手玉に取っていたのだ。
当然ながらミリャナは驚嘆したと言っていい。

デサンカ(あの日以来、この街のサッカー小僧の中心はずっとあの子…
      突然の変化は不思議だったけれど、子供は急に成長するものよね。)

そう言えば…と、デサンカは思い出した。
なぜ急にサッカーが巧くなったのか、彼女は息子に聞いてみた事があった。
コツみたいな物を掴んだのか、それとも好きな子でも出来て張り切った結果なのかなどと、
チョッとした想像と共に偉大なブレイクスルーの理由を尋ねてみたのだ。
その回答は非常にユーモアに溢れた微笑ましい物だった。

デサンカ(モンスターや妖精、神様、魔法使い達と一緒にサッカーをしていたですって?
      差し詰めあの子はネバーランドのピーターパンかしらね。)

そう…彼女の息子曰く“不思議な場所で何日もサッカーをしていた”との事だったのだ。
きっと楽しい夢を見たのだと、その時のデサンカはこれを受け取った。

5 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:40:24 ID:???
けれど、息子の上達は真実として急激だった。
たったの数ヶ月でこうも変わるのかと、常識的なデサンカは多少不思議に感じていた。
本当に息子はネバーランドに行っていたのでは…と思う時もある。

デサンカ「…なんて、まさかね。」

そんな事あるわけがない、と笑いながら夢物語を打ち消すのはいつもの事。
もしかしたらセミプロが通りがかり、気まぐれに技術を教えてくれたのではと思う事にしている。
現実的に考えればそういう事なのだろう、と。

夕飯の下ごしらえが済んだところで、デサンカは時計を確認した。
針は18時45分を指していた。夫の帰りが少し遅い……デサンカは多少の不安を覚えていた。
何しろ今はデリケートな時期。
ユーゴスラビアの大黒柱、圧倒的なカリスマを持ったティート大統領の死から3カ月だった。

しかし…
この日のデサンカの悪い予感は空すかしとなった。数分後には夫も息子も笑顔で帰宅したのである。
帰宅するなり息子は大好きなアニメを観る為TVに突撃し、デサンカの雷を受けたのだった。

6 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:41:41 ID:???
1‐2)多民族国家

ユーゴスラビア連邦について話そう…
セルビア王国を主体としたセルブ=クロアート=スロヴェーヌ王国として成立。
後にユーゴスラビア王国へと改名。
その歴史にはには2つの大帝国の存在が大きく関わっていた。
北のオーストリア帝国ハプスブルグ家、そして南のオスマン・トルコ帝国である。
ユーゴスラビア連邦を構成する地域はこの2つの異なる勢力の支配を受けてきたのだ。

ハプスブルグ家の支配を受けたスロヴェニアと北部クロアチア。
これはカトリック文化圏にあり、西欧化が進んでいた。
対してオスマン・トルコの支配を受けた南部クロアチアとセルビア、モンテネグロ、マケドニア。
こちらは東方聖教文化圏であり、またオスマン・トルコの影響でイスラムの要素も大きかった。
この結果、ユーゴスラビアを形成する地域には、他では見られないほど多様な歴史、文化的背景、
宗教を有した多種の民族が集まる事となったのである。

そして…

7 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:43:09 ID:???
セルビア人はオスマン・トルコ帝国に支配される以前はギリシア中部まで支配していた歴史がある。
それゆえ居住地域はバルカン半島全域に散在しており、当然ながらセルビア民族はこれらの統合と
国家としての独立を目指した。
クロアチア人はオーストリア・ハンガリー帝国の干渉排除の点から独立を望んだ。
また他の民族も同様に独立国家の設立を望んでいた。
だが彼らは単独ではあまりに非力であった為、相互協力がどうしても必要だった。
それゆえ第一次世界大戦でオーストリア・ハンガリーが力を失った後であっても、
国家として独立できたのは連合国家という形になってからである。

連合国家であっても、最も有力であったのはセルビアである。
それゆえ政府は主にセルビア人によって運営され、非セルビア人勢力との対立が歴史的に続いた。
さらに第二次大戦においてはドイツ・イタリアに侵攻され分譲統治という形の中、
クロアチアだけは大クロアチア帝国として独立、ナチス傀儡政権として国内のセルビア人狩りが行われた。
対するセルビア人も武装集団チュトニクを組織し、クロアチア人に報復した。
結果として、30万人のセルビア人と20万人のクロアチア人の血が流れたのである。
セルビア民族とクロアチア民族の間にはこうした血塗られた歴史が存在している。

8 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:44:27 ID:???
話を大局に戻し、ユーゴ内においてイタリア・ドイツと戦ったのは共産主義者のパルチザン達である。
ユーゴスラビア人民解放反ファシスト会議(AVNOJ)の会合を1943年11月29日から12月4日まで行った。
ユーゴスラビア民主連邦は、このときのAVNOJの会合にて制定されたものである。
一方で、枢軸国から逃れていた王党派のユーゴスラビア王国亡命政権との交渉も続けられた。
パルチザンたちは、ゲリラ戦を主体として、第二次世界大戦における枢軸国との苛烈な戦争を戦い抜いた。
ナチス・ドイツが1945年に降伏すると、彼等はユーゴスラビア全域の支配権を確立。
社会主義連邦国家として制定される事となったのである。
このパルチザンの指導者だったのが、先に名前の出たティート大統領というわけである。

民族間に血の歴史がありながら、長きに渡り民族融和を実現してこれたのは、
偏(ひとえ)にティート大統領の手腕とカリスマ性によるものだった。
(裏話:ソ連との関係悪化から受けた経済封鎖により、ユーゴは纏まらざるを得なかった)
そのティート大統領が後継者を定めぬままに急死した…
これまで大人しくしていた民族主義者らの動きが活発になるのはこれまでの反動だろう。
各民族は独立へ向けて力を蓄え、その気運を巻き上がらせる事となる。

デサンカがボンヤリとした不安を感じていたのは、この時代背景によるものだ。

9 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:45:35 ID:???
1‐3)シュワーボ・アンザーニ

アンザーニ「やはりここのザッハトルテは絶品ですね。」

デザートとして運ばれてきたザッハトルテに舌鼓を打つアンザーニ。
ここベオグラードも、かつてオーストリア帝国の支配を受けた都市であった。
その支配がもたらしたのは悪影響だけばかりではない。
西欧文化の流入による発展というメリットは間違いなく存在したのだ。
少なくともこうしてオーストリアのザッハトルテを食べられるのは素晴らしい事とアンザーニは思っていた。

この街でもそれなりに名の知れたレストランの一席。
アンザーニの対面に座り、彼の様子を半ば呆れながら見ている初老の男が一人。
彼の名はジョアン・ウェンガー。
半年前までブラジルの名門 FCサンパウロのトップチームで監督を務めていた男である。

ジョアン「相変わらず甘い物には目が無いようだな。」

アンザーニ「ほっほ、お陰でこんなに丸くなってしまいました。」

ジョアン「体型に関しては昔から兆しがあったがなぁ…。
      中身までこうも丸くなっているとは思わなかったぞ。
      白髪鬼と呼ばれ、選手に怖れられていたキミがなぁ…。」

10 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:46:46 ID:???
アンザーニ「歳をとったからね、お互いに。」

ジョアン「…」

アンザーニは受け流したつもりだったが、ジョアンの様子から見透かされているのは明白だった。
長い付き合いの二人である、お互いの事情はよく知っているのだ。

アンザーニ(すぐに“それ”を連想してしまう…思考の袋小路にあるんだな、ジョアン。
       …無理もない、私だってそうだったんだ。)

すでにこの世にない教え子の事を思い返し、その時の苦しみまでもアンザーニは反芻した。
アンザーニにはジョアンが今抱えている苦しみも理解が出来る。
だからこそ、彼をこのユーゴスラビアに招待したのだ。
東欧のブラジルと呼ばれるこの国に。
もう思い切って話を本題に切り換えよう、そうアンザーニは決めた。

アンザーニ「ところでジェリェズニチャルJrユース(私のチーム)の子らはどうだったかい?」

11 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:48:45 ID:???
ジョアン「ああ…素晴らしかったよ、キミの指導を受けているだけあってね。
      各自が己の役割を把握し、頭を働かせながらプレイに臨んでいた。
      テクニック…才能についても非の打ちどころがない、流石は東欧のブラジルだ。」

アンザーニ「キミにそこまで褒めて貰えるとは光栄だよ、だがうちだけじゃないぞ。
       他のチームも輝きを放つ原石が数多なんだ。この世代の才能はまさに黄金期さ。
       例えばディナモにはプロシネチキがいる。あの子の足裏を使ったフェイントは
       一見の価値があるぞ?いずれは世代を代表するMFに成長するだろう。
       それからチトーグラードのデヤン・サビチェビッチも恐ろしい。あの傑出した
       左足はいずれ世界を揺るがすさ。それから外せないのがミヤトビッチだ、彼の…。」

ジョアン「解っている、解っているさアンザーニ。キミの心遣いには感謝の言葉もない。」

アンザーニ「それならば…改めて頼みたい。うちのチームにコーチとして来てほしい。
       二人でこの国の若い才能を世界に羽ばたかそう。
       もしコーチという地位が不満ならば、協会に推薦状を書こう。」

ジョアン「ありがとうアンザーニ………だがな…。」

言葉と共にジョアンは激しく頭(かぶり)を振り…そして左手を額に当て、目を覆った。
癒える筈もないジョアンの傷が目に見えるようだった。

12 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:49:47 ID:???
愛弟子…即ちロベルト・本郷・ジ・アンドラーデを失ったあの日から、
目の前の親友は一歩も進めていないのだ。
アンザーニはザッハトルテを掬うフォークを置き、コーヒーに手を伸ばした。
強烈な苦みが口の中を駆け巡り…それは胸の中まで拡がっていくように感じた。

―――暫し間 沈黙の時が流れ……
……そしてジョアンはポツリ、ポツリと言葉を発し始めた。

ジョアン「私は監督として大きな過ちを犯していた事に気付いたんだよ…
      その過ちこそがロベルトの選手生命を刈り取った事にもね。」

アンザーニ「過ち……」

ジョアン「私はロベルトの才能にのめり込み…そして溺れていた。
      チームの核として、エースとしてロベルトを置く、それはいい。
      だがロベルトと他の選手の差があまりに大きすぎた。
      …にも関わらず、私は他の選手の実力を引き上げる事よりも、
      ロベルトの才能を磨く事を選択してしまったんだ。」

アンザーニ「なるほど…サンパウロにはロベルトをフォロー出来るだけの選手が居なかったんだね。」

ジョアン「そう…あの年にサンパウロがリーグ優勝出来たのはまさしくロベルト一人の力だった。
      私はチームをロベルト一人に背負わせてしまったんだ。
      その結果、ロベルトは二度と選手としてフィールドに立てない…」

13 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:51:56 ID:???
悲劇だな…、と思うしかなかった。
アンザーニの目からも、ジョアンとロベルトの絆は単なる監督と選手のそれではなかった。
師弟…いや、ほとんど親子と言っても過言ではない信頼関係が二人にはあった。
ジョアンはロベルトの才能を開花させるために尽力し、ロベルトはそれによく応えていた。
ロベルトが最期の試合で決勝点を挙げる為に無理にクロスプレイへ飛び込んだのも、
きっとジョアンをリーグ優勝監督にしてやりたいという、恩返しの意思が働いたに違いないのだ。

アンザーニ「ロベルトは…今どうしているんだ?」

ジョアン「自分の足でブラジル中の病院を巡っている…どうにか治す方法はないかとね。
      だが無理なんだ…ブラジル、アメリカ、フランス、既に何カ国も私は当たっている。
      今の医療技術では網膜剥離を完治させてアスリートに復帰するのは不可能なんだ。」

つまり…ロベルトは現実を受け止めきれず、絶望を再確認するための旅路にいるという事か。
アンザーニは大きく首を振った。
これではジョアンが新しい一歩を踏み出す事など出来る筈ない、そう理解せざるを得なかった。
アンザーニはこの日の説得を切り上げる事に決めた。
だが諦めた訳ではなかった。
ロベルトもいつかは現実を受け入れ、新たな夢を見つけ…そして歩み始めるだろう。
目の前のジョアンだってそうあっても良い筈だ。
…この自分でさえ踏み出すことが出来たのだから。

14 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:53:08 ID:???
アンザーニ「ジョアン、これからどうするつもりだ?」

ジョアン「ハハ…正直なところ、何も考えられんよ。」

アンザーニの問いに対するジョアンの回答は力の無い笑いによって示された。
だがそれだけでは親友に対し申し訳ないと思ったのか、今度はアンザーニの目を見て言葉を付け加えた。

ジョアン「だが、そうだな…折角キミが招いてくれたんだ、暫くはユーゴに滞在するつもりだ。」

アンザーニ「そうか、もしも気が変わったらいつでも連絡してくれ。必ず力になる。」

ジョアン「恩に着る。」

すまなそうな顔でジョアンは頭を下げ、そして席を立った。
入口の扉が閉じられその背中が見えなくなるまで、アンザーニはジョアンを見送った。

15 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:54:22 ID:???
1‐4)ジョアン・ウェンガー

駅長「ニシュに到着です、お降りの方はお荷物をお忘れなきよう…」

車内アナウンスがなかなかの音量で流れた。
誘導に従い、ジョアンは大きなバックを肩に乗せて駅へ降り立った。

(prrrrrrr…)

…間もなく発車ベルが鳴り出し、列車は次の駅に向けて走り出していく。
ジョアンも少し痛む腰をトントン叩きながら改札に足を向けた。
アンザーニと会って数日後、ジョアンはサラエヴォから250km離れた、此処ニシュへとやって来た。
ユーゴスラビアの国内とは言え、なかなか長距離の移動であったと言える。

ジョアン(流石にサラエヴォと比べて人は少ないかな。)

街へ降り立ったジョアンは率直にそういう感想を抱いた。
サラエヴォは近年に冬季オリンピック開催を控えており、建設ラッシュのさなかだった。
それに比べると観光地など存在しないニシュはみすぼらしいと言っても良かった。

16 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:55:46 ID:???
そんな辺鄙(へんぴ)な場所に、これだけの距離を越えてやってきた意味。
それはズバリ、ユーゴスラビア・サッカーリーグの試合…
レッドスター・ベオグラードvsラドニツキ・ニシュの試合を観戦するためだ。
と言っても、ジョアンの興味は専らレッドスターへと向けられていた。

レッドスター・ベオグラードはユーゴ国内で最大のクラブチームと言って良く、
UEFAチャンピオンズリーグの前身大会であるチャンピオンズカップにも顔を出す程の実績を持つ。
1960年台前半には低迷期に陥ったが、その後は監督および世代の交代に成功。
かの有名なジャイッチの台頭と共に1970年代、チームは栄華を極めた。
既にジャイッチはチームを辞しているが、レッドスターの実力は今まさに充実期を迎えており、
2年前などはUEFAカップで決勝まで勝ち上がる実績を持っていた。

ジョアンがここで知りたかったのはユーゴスラビアのトップ選手の実力だった。
ユーゴスラビアは東欧のブラジルと呼ばれる存在でありながら、代表チームの実績は皆無。
実力のある選手を多数抱えていると言われながら、代表は勝てないのだ。
これまで気にした事もなかったが、考えてみれば不思議な事である。
戦術か、連携か、フィジカルか…何か主要因となる問題がある筈だ。
国を代表するクラブ、レッドスターの試合を見れば、疑問の答えに見当がつくのではないか?
ジョアンはそういう風に考えていた。

17 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:57:10 ID:???
試合は明日。
今日はもうホテルにチェックインし、移動による疲労を落としたかった。
ジョアンは思考をホテルの捜索に集中するため、小型の地図帳を開いた。

ジョアン(駅の南側にシティホテルがある…か。)

ちょっとした広場を囲むようにして数軒のホテルが立ち並んだ区画があった。
ジョアンは迷わずその場所に向けて歩き出した。
10分ほど黙々と歩き続けると、どうやら視界の先に広場らしき物が開けてきた。
更に進むと、どうやら少年が一人、広場でボールを蹴っているのが見えた。

ジョアン(一人でストリートサッカー?ふむ…? …ああ、生徒鞄があそこにあるな。
      成る程、一旦家に帰る時間も惜しんでるのか。ふふ、とんだサッカー小僧だな。)

ジョアンは足を止め、思わず微笑み浮かべた。
こんな事をするからには、この少年は登下校の間もずっとボールと一緒なのだ。
既にボールとトモダチになっているのが自ずと窺えた。

18 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 19:58:10 ID:???
ジョアン(きっとこの少年は強くなる。)

ロベルトと同じように…と、そこまで考えてジョアンは肩を落とした。
万事こんな調子ではいけないと自分では理解しているつもりだが、簡単にはいかないのだ。
ホテルにチェックインしよう…ジョアンが気を取り直して歩を進めだした、その時――――

(ビュウ…!)

突風が吹いた。


少年が蹴り出していたボールは風に煽られ…
        ジョアンに向かって飛んできたのだった。





運命の歯車が――緩やかに廻り始めた瞬間だった―――――



19 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/22(金) 20:01:52 ID:???
改めまして宜しくお願い致します。
…と共に本日はここまでです、失礼致します。
本来のテンプレと場面まで、まだ2、30レスくらいは要する予定です。

20 :森崎名無しさん:2010/10/22(金) 20:10:29 ID:???
ウホッ、良いプロローグ!

こ、この作品はまさか…あの話の続編なんですか?

21 :森崎名無しさん:2010/10/22(金) 20:12:21 ID:???
本来のテンプレってことは
前スレの展開が全部そのまま継続すると思っていいのかな?

なにはともあれお帰りなさい

22 :森崎名無しさん:2010/10/22(金) 20:37:36 ID:???
復帰おめです! われわれはあなたを待っていました!
……そしてこのいきなりの嬉しすぎるプロローグ。一幕目の少年、「彼」ですよね?
アンザーニ監督が倒れて死にそうになったら「シュワーボ・オスタニ!」と叫べばいいんですね?
ああもう、久しぶりに木村元彦のユーゴ三部作を読み返して涙腺崩壊ですよ!w

23 :森崎名無しさん:2010/10/22(金) 20:42:29 ID:???
復帰おめです!
前スレのお話が続くにせよ、この話の続きにせよとても面白そうな予感がひしひしと…!

祝いの差し入れですどぞー つ ブリトー   タブクリア

24 :森崎名無しさん:2010/10/22(金) 20:57:04 ID:???
このときは誰も知る由がなかった。
ジョアンが見出した少年が国の内乱に巻き込まれ国際舞台から10年遠ざかることを……。
なんて妄想膨らませつつ、ご帰還心から祝いたいです。

25 :黄金のジノ ◆a5vIUIiqDI :2010/10/22(金) 20:57:42 ID:???
お帰りなさい!
復帰オメです!また一読者、一参加者として、楽しませて頂きます。
更新、楽しみにしています!

26 :キャプ森ロワ:2010/10/22(金) 21:08:02 ID:???
リニューアル乙です!それとお帰りなさいませ。
前の伏線はどうなったのか?それともはたまたまた最初から構成しなおすのか?
のっけから目が離せない展開で楽しみです!
更新速度の方は自分も遅かった方ですから気にしないでやったらいいと思いますです。

27 :幻想のポイズン ◆0RbUzIT0To :2010/10/22(金) 22:55:04 ID:???
復帰おめでとうございますー。
まだプロローグのそのまたプロローグ……。
エピソード0の時点なので話がどう転がっていくのかわかりませんが。
早く続きが見たいというワクワクが止まりませんです。

そして、まだ誰も言っておられないようなので……大丈夫だ、問題ない。

28 :キャプテン岩見:2010/10/23(土) 00:12:34 ID:???
復帰おめでとうございます。
なんて…プロローグ…とても期待しちゃってます。
更新を楽しみに待たせていただきます。

29 :キャプテンEDIT ◆wM6KXCkaLk :2010/10/23(土) 02:33:24 ID:???
深夜にまで遅れましたが、復帰おめでとうございます
重厚な歴史解説に渋みと哀愁漂う大人の会話……痺れますね
この後の展開に深みと広がりを感じさせる語り口に、今から期待に胸が高鳴ります
次回更新、お待ちしております!

30 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:04:04 ID:???
>>20
こんちゃっす!
えっと…はい、物語は繋がっています。

>>21
何はともあれただいま戻らせて頂き申した。
これまで描いた展開は基本的にそのままです、展開以外で変わる部分はあります。

>>22
ズバリ言ってしまうと無粋なので、エッセンスだけ少し書いてるつもりです。
人によって、少しだけこの物語が違って見えるかもしれません。
でも私の妄想を簡単に読み切る人も居るようですねw

>>23
ありがとうございます!
書いてきた&書いている世界は全て繋がっていますですよ!
楽しんで頂ける物を書けたらいいなと思います。
あと差し入れのお返しに・・・ フライドチキン

31 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:05:07 ID:???
>>24
どうもありがとうございます!
妄想は生きる活力ですね!
いい妄想仲間になれそうな気がします、ウヒヒw

>>25
ジノさん、ただいまなのぜ!
そちらもセリエBが始まって、順調ですよね!
オリンピックでも数多くの選手が出てきそう…
夢の競演を楽しみにしてます!

>>26
わー! ロワさんありがとうございます!
期待が重いですが、裏切らないよう頑張りたいです…!
はい、更新速度については気にしすぎないようにします!

32 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:06:14 ID:???
>>27
あっざーっす!
こちらもポイズンさんの話はいつもwktkしています。
JY編はこれからどうなっていくのか…いやはや楽しみすぎですよ。

あと・・・一番いいポイズンを頼む。

>>28
ひゃっほう、ありがとうございます!
岩見さんの所はズッポリとバトルストーリーですよねw
こちらも楽しみにしています。
勇者岩見の必殺技の数々に魂を揺さぶられるのは皆同じなはず!

>>29
EDITさんありがとうございます!
そちらはいよいよ2年時の大詰めですね!楽しみですがファウルトラブルが怖い…
そして南葛が強すぎますが、それが更にwktkさせてくれていいですよねw
色々と勉強させて貰いつつ楽しんでいけるものを書いていきたいとこです。

33 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:08:06 ID:???
1‐4)シャペウ・ド・ファルカン

ボールの複雑な軌道がジョアンの目に入ってきた。

ジョアン(ふむ…)

それなりにかかっていた強い回転を突風が煽り、このような軌道になっている事は簡単に解った。
ジョアンはボールの軌道を読み、そして柔らかく、吸い付くようなトラップでボールを足元に収めた。

少年「わぁ…!」

少年が感嘆の声をあげるのをジョアンは聞き逃さなかった。
理屈が解る事と、軌道を読み回転や勢いを吸収せしめるトラップをやってみせる事は別。
ジョアンが軽くやって見せたトラップの中には、彼の芸術の片鱗が散りばめられており…
少年はその事を正しく理解してみせたという事だ。

ジョアン(まさか…な。)

だがこのくらいの小さな少年の場合、普通なら派手な足技やシュートにばかり目が行くもの。
トラップ、ボールタッチについてなど、そこまで関心を引く事は無い。

34 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:09:27 ID:???
クラブチームで指導を受けているならばその限りではないが…
しかしながら目の前の少年はどう見てもそんな年齢には見えなかった。
(当時ユーゴの下部組織に所属するのは普通14歳くらいからだが、目の前の少年はどう見ても10歳弱。)

ジョアンは目の前で目を輝かせている少年に興味を持ち始めていた。
試してみるか…と、ボールに足をかけた。
すると、少年もすぐにジョアンの意図に気付き、グッと膝を落とした。

ジョアン(広場の端…言わば右サイドラインの際だ。 …と、なれば。)

ジョアンは指でチョイチョイと少年にジェスチャーを見せた。
つまりは「かかって来なさい」という事である。
それを見た少年は、顔に喜色を湛(たた)え遠慮なく飛び掛ってきた。

ジョアンはボールに乗せていた左足裏を滑らせ、逆足側にボールを移動させた。
そのボール逆足(右)でダブルタッチ…と見せてアウトからインまたぐ。
少年が「あれ!?」という声をあげて体勢を崩したのをジョアンは見逃さず…
またいだ右足の足裏ですぐさま転がるボールを止め、同時に左足の方向へボールを転がし、
そのままアウトサイドでコントロールして抜き去った。

これがシャペウ・ド・ファルカン……ファルカンフェイントとも呼ばれるこの技は、
サイドでボールを受けて、スピードに乗る前に相手と対した時にこそ真価を発揮する。
今も丁度、ジョアンはサイドの袋小路から抜け出したような形になっていた。

35 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:10:28 ID:???
少年「すっごい! おじさん、今のどうやったの!?」

少年が満面の笑みでジョアンに問いかけてきた。
太陽のように明るい笑顔がジョアンの目には眩しすぎるよう映った。

ジョアン「教えて欲しいかい?」

少年「うん!」

ジョアン「もう一度だけやるよ、よく見ていなさい。」

そう言うと、ジョアンは先程のフェイントを再び少年に見せた。
今度は2連続でフェイントをかけ、左ではなく右から抜くというおまけ付きで。
ジョアンはすぐに振り返り、少年にパスを送った。

ジョアン「ポジションは真ん中?」

少年「うん、センターハーフ!」

ジョアン「そうか、がんばりなさい。」

少年「うん!!」

36 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:11:42 ID:???
それだけの会話を交わし、ジョアンは少し先のホテルへと向かった。
ホテルの扉の前でチラリと後方を窺うと、少年は一心不乱にボールと格闘していた。
正しい子供の姿だなと確認し、ジョアンはホテルに入ってチェックインを済ませた。
少し休んだら様子を見ることにしようと思っていたが、長距離移動の疲れが思いのほか大きかったのか、
ジョアンは部屋に入るとベッドに倒れこんで眠りについてしまった。

…彼が目を覚ました時、既に時計は19時を回っていた。
窓から広場を覗いてみると、何人かでストリートサッカーが繰り広げられていた。
ジョアンは目を凝らしてあの少年を探してみたが、その姿は見当たらない。
どうやら既に家へと帰ってしまったようだ。

ジョアン(寝過ごしたのか…。)

ジョアン見たかったものを見逃した事を理解した。
歳を取ると疲れやすくて困るな…と自嘲を浮かべつつ、仕方なくジョアンはTVのスイッチを点けた。
大きな失態にも関わらずジョアンの心には後悔の念が生じていなかった。
これも一つの縁、自分の目が正しければ自分が関わらずとも世に出てくる筈と思えたからだ。
明日同じ時間に広場に居れば、また会えるとも思ったが、既にジョアンはそうするつもりもない。

電源がonになったTVの画面を見ると、そこには2匹のネズミが映し出されていた。
正確には、青い蝶ネクタイと赤いチョッキを身に着けた、ネズミのアニメーションだ。
有名なアニメーションだが、ジョアンは特に興味を持った事はない。
彼はチャンネルを変更し、ニュース番組を観る事にしたのだった。

37 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:13:02 ID:???
1‐5)昼と夜との狭間に

デサンカは今、夫と団欒の時を過ごしていた。
息子は既にベッドに就き、今頃は夢の中である。
明日はレッドスターとラドニツキの試合を家族で観に行く約束であり、
そのため「明日に備えて早く寝るんだ」と早々に部屋に引き上げてしまったのだ。
もしかしたら、またネバーランドに行っているのかも知れない。

ドブリボエ「デサンカ。」

デサンカ「なあに?」

夫がリビングから名前を呼んできた。
何か頼もうとしている時の声である、時間からしてきっと紅茶を頼もうと言うのだろう。

ドブリボエ「紅茶を一杯貰えるかい?」

デサンカ「ふふ、今淹れているところです。」

38 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:14:04 ID:???

以心伝心と言っても良いだろうか?
こういう遣り取りが出来る事は妻として誇らしく感じる。
この後の会話も予想がついている。
少しだけ手綱を絞ってあげないと。

ドブリボエ「あぁ、そうかい?流石だね。あとブランデーも…」

デサンカ「はい、ブランデ−を少し。」

ドブリボエ「たっぷり…」

デサンカ「少し。」

ドブリボエ「ハハ、参ったな。」

いつもの日常を今日この会話から確認でき、デサンカは安心を得ていた。
地元で大学の講師をしている夫のドブリボエの声がデサンカは好きだった。
ただ、それが今この一時の安心である事を、本当は彼女も理解していた。

適時に蒸らし終えた紅茶をカップに注ぎ、少しのブランデーを垂らした。
それを持ってリビングに向かい、夫の隣に腰をかける。

39 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:15:18 ID:???
デサンカ「どうぞ。」

ドブリボエ「や、ありがとう。」

ドブリボエは淹れ立ての紅茶を早速口にして、間髪を入れずに舌包みを打った。
どうやらデサンカは、今日も紅茶にうるさい夫の心をグッと掴む事に成功していた。
その事を喜ばしいと思いつつも、デサンカは今日は団欒だけでない会話をするつもりでいた。

デサンカ「あなた…この国はどうなるのかしら。」

ドブリボエ「ん、どうしたんだい?」

デサンカ「先日、ベオグラードで小規模だけど決起集会があったと聞いたの。」

ドブリボエ「……セルビア民族主義者のかい?」

デサンカ「ええ……ユーゴはどうなってしまうのかと…。」

民族主義…これまでティート大統領により保たれていた民族融和を否定する考え。
それは即ち、他民族の排他や地域エゴに繋がっていく思想を表していた。

40 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:16:44 ID:???
これまで(問題は水面下に存在しつつも)平和的に共存する多民族国家だったユーゴが、
互いに反発し合い 隣人と手を取り合えない多民族“主義”国家へ変貌する…。
民族主義が誘導する恐ろしい未来が、聡明なデサンカには透けて見えていたのだ。

ドブリボエ「そうだね…。まずティート公は天才かつ勤勉な統治者であったけれど、
       一つだけ大きな過ちを侵し、そしてそれは修正されなかった。」

カップを置いた夫が大学講師の顔になるのが分かった。

デサンカ「それは…?」

ドブリボエ「共産主義者同盟の一党制をこの国に固めてしまった事だよ。
       政策という物は、競争相手が居てこそ磨かれていくものだ。
       ある意見を持つ人が居るとして、それを実現する為にたった一つの政党に属するか、
       それとも属しないで諦めるかの選択しか出来ないのでは、正しい社会の発展は
       有り得ないんだ。」

デサンカ「………」

ドブリボエ「それでもこの国がこれまで正しく発展してこれたのは、ティート公だけの力だった。
       彼が亡くなって、これから人々はその事を実感していくのは間違いないだろうね。
       その時に、民族主義が自分達を豊かにしてくれると囁いて来たならば…
       人々はその民族主義へとに誘導されてしまうかも知れない。」

41 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:17:57 ID:???
それが隣人を憎み、攻撃する事を意味しているとは気付かないまま…
夫は悲しそうな顔で最後にそう付け加えた。
主観や感情論からかけ離れた、非常に冷静な未来予想だった。
夫がこういう面において完全なリアリストになる事をデサンカは知っていた。
だからこそ聞いたのだ。
夫の話を聞けば、少なくとも足を地に着ける事が出来る。
どうするべきか、何を出来るかは分からないが、全てはそこからなのだ。

デサンカ「そんな未来は勘弁願いたいわ…」

ドブリボエ「ああ、勿論さ。そんな未来を黙って享受するなんて堪ったもんじゃない。
       
あの子の為にも…二人の声が重なった。
お互いの顔を見合わせ、思わず笑い合った。

デサンカ「そう言えばあの子、今日もサッカーをしていたけれど…。」

ドブリボエ「ん? どうかしたのかい?」

42 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:19:03 ID:???
デサンカ「いえ…いつも広場の中央でプレイするのに、今日に限ってサイドだったのよね。
      何かあったのかしら…。」

ドブリボエ「ふむ…怪我とか、苛めとかではないだろうね?」

デサンカ「そういう事はないと思うわ、いつも通り活躍していたし、とても楽しそうだったもの。
      それに友達の皆も、本当にいい子達ばかりだし。」

ドブリボエ「うん、まあサッカーはよく分からないけれど、一ヶ所に落ち着かないで
       色々な方法を試してみようって事なら頼もしい話だけれどね…」

デサンカ(ん…?)

夫の語尾に少し迷いのような自嘲のような色が混じっているようのをデサンカは察した。
何かを考えているがそれを話そうか迷っている、そういう空気である。
けれどもデサンカはそれに気付いても、無理に聞き出そうとは思わなかった。
必要なら話し、相談してくれるだろうという信頼があるからである。

デサンカ「…さ、もうそろそろ休みましょ、明日も講義でしょ?」

ドブリボエ「ああ、そうだね。 いつの間にかこんな時間だ。」

43 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:20:28 ID:???
デサンカ「私は洗い物をしたら寝るから、先にお休みになってね。」

ドブリボエ「ああ、ありがとう。」

デサンカ「貴方も自分のやりたいようにやって。 私達は信じてついていくわ。」

ドブリボエ「ああ……。」

デサンカは夫が飲み終えたカップを持ってキッチンに戻った。
そしてティーポットとカップを手際よく洗っていると、夫が独り言のように呼びかけてきた。

ドブリボエ「人には選択の自由がある。」

デサンカ「…ええ。」

ドブリボエ「けれど、各人に選択肢が一つしか見えなければ、その自由はないのと同じだ。」

デサンカ「……。」

きっと何か重要な事を言おうとしているのだと思った。
もしかしたら何か危険を伴う事なのかも知れないと、そんな気もした。

44 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:21:36 ID:???
ドブリボエ「この国にはTVもラジオも全国放送が無く、新聞も6共和国2自治州でバラバラ。
       当然、得られる情報もバラバラさ。8つの新聞を全て読まなければ、
       この国の本当の姿を知る事は出来ないんだ。」

つまり…自分達がこうだと信じている事が、隣人にとっては違うかも知れないと言う事だ。
それは隣人が何を見て、何を思っているのかを知る根本に問題がある…そう言っているのだ。
根本に誤解があれば、それは疑心暗鬼を容易く生み出せるという事にもなる。

デサンカ「何か考えがあるんでしょ?」

ドブリボエ「うん…いや、まあ大した事じゃないんだけれどね。
       大学の繋がりを使って、各地の新聞の内容を共有し、提供できないかなって…。」

思った通り。この夫はすでに子供と未来の為、自分の行く道が見えているのである。
それも急で厳しく、反発が起こりやすい運動などではない。
ゆっくりと人々の視野を広げ、相互理解の土台を用意しようと言うのだ。
素晴らしいと思いつつも、デサンカはこの案についての懸念に一つ踏み込んでみる事にした。

45 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:22:54 ID:???
デサンカ「でも…新聞にだって情報操作がかかるんじゃない?」

ドブリボエ「そう、だから今やらないといけない。ティート公が居なくなったとは言え、
       民族主義のお偉いさん方がすぐに無茶できるほどの不満は人々には無い。
       今から相互理解を進める事が出来れば、いざ情報操作が始まったとしても、
       その事に対して違和感や疑念を感じられるはずだ。」

そこで夫は言葉を切り、一度深呼吸をした。
珍しく多弁になっている、少し興奮しているのがデサンカには分かった。

ドブリボエ「権力を求める一部の人間を除いて、誰も好き好んで昨日までの友達を憎んだりはしない。
       そう考えるのが当然、そう考えない奴は裏切り者、と誘導される事こそが恐ろしいんだ。
       自分の考えを持っている人が一人でも多くいれば、どうにかなるかも知れない。」

デサンカ「今のうちから、思考を放棄しない道筋を作っておくという事ね。」

ドブリボエ「うん、まあそういう事なんだ。
       一応、ベオグラード大学とサラエボ大学の教授とは話が通っているんだよね。
       特にベオグラードのマルコヴィッチ教授は非常に興味を示してくれてね…」

46 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:24:24 ID:???
デサンカ「さすがアナタ、格好良いわ。」

デサンカは胸の奥から溢れてくる気持ちを言葉にし、夫に告げた。
それを聞いた夫は照れ臭そうに指でポリポリと頬を掻いている。
いつだってそうだった。この一見頼りなさそうに見える夫がどれだけ勇気を与えてきてくれた事か。

ドブリボエ「いや、どれだけの事が出来るかわからないけどね。
       それに民族主義者からいずれ睨まれる事にもなる。
       そのぅ…またキミに迷惑をかけるかも知れない。」

デサンカ「大丈夫よ、迷惑だなんて思う筈がないわ。
      それにアナタが留守の時は、あの子の事は私が必ず守ります。」

ドブリボエ「うん、助かるよ…。」

47 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:25:26 ID:???
デサンカは心からの安堵と幸福感に包まれた。
ここ数ヶ月間 漂っていた、薄ボンヤリした不安を夫が取り除いてくれたのだ。

洗い物を終えると、デサンカは夫の胸に飛び込んだ。
照れ臭そうにしていた夫はいよいよ顔を赤くし、その様子がまた愛おしかった。
二人でリビングを出た後、少しだけ息子の部屋を覗いてみた。
ベッドでグッスリと眠っている息子の姿が見えた。
何があってもこの子は必ず守ってみせる、デサンカはそう心に誓った。

48 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/23(土) 15:28:45 ID:???
本日はここまでとなります。

コメントレスは>>30-32
1-4)は>>33-36
1-5)は>>37-47

となってます、文章ばっかですみませんー。
でもまだまだ文章ゾーンが続いちゃうんですよ。
では失礼致します。

49 :バビ様が征く〜幻想郷〜 ◆0xthjVH5t6 :2010/10/23(土) 22:18:22 ID:z/ZkpmeA
遅くなりましたが・・・。

復帰おめでとうございます!!
これからの展開にwktkがとまらない!!
更新楽しみにしてます!!


50 :2 ◆vD5srW.8hU :2010/10/24(日) 12:39:21 ID:PuIHj4gs
遅ればせながら、復活おめでとう御座います。
テクモ版では全く明かされる事のなかったアルシオンの秘密に迫る物語…
読み応えがありそうで楽しみです。

51 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:09:05 ID:???
>>49
バビンゲさん、ありがとうございます!
こちらも甘々な展開にwktkが止まらないよw
更新と絵柄一致をガッツリ楽しみにしてますw

>>50
おぉーー、2さんだ! こんにちは&ありがとうございます!
内容全て私の勝手な妄想なのですが、アルシオンは裏主人公として
出来る限り深く描いていきたいと思っています。
本スレもアジア予選が大詰めですね、マロン板から見てきた者としては
本当に感慨深いです。これからも更新を楽しみにしていますね。

52 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:18:34 ID:???
1-6)落陽

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


ドドッドッ!        バリーーーーン!!
        ガシィッ!      ガコォッ!
  ゴキッ!


観客「うるあぁぁぁぁぁぁ!!!」「何しやがらぁぁぁぁぁ!!」「ふざけんな!!!!」
    「ぶっ殺してやんよ!!!」「やめろやめろ、どうした!!」「黙れ!!!」

憎しみの籠もった言葉が怒号のように行き交い…そしてそれが暴力へと変わっていく。
争いあう者同士がフィールドへ雪崩れ込んでいき、その空気は尋常ではない速度で伝播していく。
憎しみの化学反応はまるでダイナマイトの爆発の如く苛烈を極めていた。

53 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:19:44 ID:???
ジョアン(いかん!!)

ジョアンは既に席を立ち、駆け出していた。
何故こんな事をしているのか、走るならば出口の方向だろう、もう■■■■■がそう叫ぶ。
だがジョアンの行動はその声と全く伴なっていなかった。

人■■■■■」を呑み込んでいくのが見える、一刻の猶予もない。
見失わないよう気をつけなが■■■■■押し退けて■■の方へと向かう。

そして…ジ■■■■■を掻き分けたその■■■■■飛沫が舞った。
■■■■■と思われる男が刃物で刺さ■■■■■れる姿■■■■■アンの瞳に映っていた。
それを目の前で見せられた■■■■■親が呆■■■■■るのも見える。

ジョアン「立ち止まるな!! 逃げるんだ!!」

54 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:20:44 ID:???

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■

ブンッ……
   ゴッ!!!!

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
再び鮮血が舞った。
耳から■■■■いるのが見えた。
■■■■■■倒れない■■■をやめない。
こちらを強■■■据えて走ってくる。

女性「この子を!!」

絶叫が耳に響いた。
魂の叫びがジョアンの身体に深く食い込んだ………

55 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:21:53 ID:???
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

……目を開けると薄暗さと真っ白な天井が飛び込んできた。
どうやらベッドの上で寝ていたようだが、ジョアンはこの場所に覚えがなかった。。
ベッドの周囲はカーテンで囲まれており、どう考えてもシティホテルのそれではない。
ジョアンは只ならぬ違和感を感じ、急いで上体を起こそうとした。

ジョアン「……っつ!」

右腕に思わぬ激痛が走り、ジョアンは思わず声を挙げた。
一体何が起こったのか、ここは何処なのか、訳が分からず動悸と呼吸が激しくなる。
混乱する思考の中、一先ずジョアンは懸命に自身を落ち着かせようと努力した。

数分が経過し…
動悸が緩やかなリズムを取り戻した頃、ジョアンは少しずつ記憶を取り戻し始めていた。
先程か、昨日か、それとももっと前になってしまうのか…? とにかくである、
ジョアンはレッドスターvsラドニツキの試合で大きな乱闘?暴動?に巻き込まれたのだ。

56 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:23:09 ID:???
………だが、どうやらそこまでしか思い出せない。
懸命に頭を働かせているが、どうにも頭に靄(もや)が掛かりきりである。
そして何故だか焦燥の念ばかりがドンドン溢れ出して来る。

ジョアン(分からない… 分からない、が…! ジッとしている訳にはいかない、そんな気がする!)

今度は腕が痛むのも構わず身体を起こし、ベッドから這い出した。
どうやら右腕が痛む以外では頭痛が少し伴っている程度で、歩く事は可能だった。

ベッドの周囲を覆うカーテンを荒っぽく開く。
すると再び目の前にカーテンが現れた。
いや、よく見ると同じようにカーテンで覆われた区画が幾つもある事が判る。
そうか、とジョアンはようやく自分が何処に居るのかを理解した。

57 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:24:54 ID:???
ジョアン(病院の一室という訳か…状況を考えてみれば、そうか。)

自分の身が無事であった理由もこれで得心がいったが、今その事は重要でなかった。
ジョアンは■■の安否を確認すべく、部屋の出口へ急いだ。
と、そこでジョアンに再び違和感と疑問が襲い掛かる。

ジョアン(うん…… 誰だ…? 誰の安否だ? 私に連れなど居なかった筈……)

考えても、思い出そうとしても、ヤハリそれを思い出すことは出来ない。
それに、無理に思い出そうと考えれば考えるほど身体に不快が走った。
諦めきれないが、ジョアンは止むを得ず部屋の扉を開けて廊下に出た。
すると病室の前の廊下にはソファが立ち並んでおり…
そしてそこにはたった一人だけ男が座っていた。

58 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:25:57 ID:???
暗い部屋から急に廊下の電灯下に出た為、眩しさでハッキリとは見えないが、
ジョアンには目の前の男が何者であるか、おぼろげに理解できていた。

ジョアン「キミは…」

男「ああ……お目覚めですかい?」

男がジョアンに向けて話しかけてきた。
その低く渋い声には、やはり薄っすらと覚えがあった。
■■を抱きかかえながら騒ぎの中をすり抜け、息を切らして走り…
意識を失う寸前まで逃げた先のその場所にこの男が居たのだ。

59 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/24(日) 16:27:28 ID:???
※取り敢えず、一旦(今日は?)ここまででつ


60 :森崎名無しさん:2010/10/24(日) 21:08:09 ID:???
乙でした。

61 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:00:07 ID:???
>>60 乙感謝です、言って貰えるとやはり嬉しい物ですね。

===================================

1-7)黒の男

この街でも手掛かりなし…。
そう結論付けるしかないと諦め、彼は大きな溜息を吐いた。

その男は全身を黒い服飾で覆い、顔面には手術の痕がクッキリと残っており…
さらにその継ぎ接ぎだらけの皮膚の色も半面が異なるという面妖だった。
彼の名はBJ、親友の消息を求めて世界中を旅しているところであった。

幼い頃、全身に火傷を負い瀕死となったBJ…手術には新鮮な皮膚が必要だった。
見舞いに来ていたクラスメイトらは、皮膚の提供を募られると、皆逃げ帰った。
だがたった一人、皮膚の提供を申し出た子供がいた。
それは肌の色が違う混血児の少年、タカシだった。
彼の臀部から剥がされた皮膚はBJの頬に貼り付けられ、手術は無事成功した。

BJ(…長いリハビリを終えて学校に戻った時、君は何処かに転向して連絡を取る事が出来なくなった。
   だがこの皮膚は私の宝であり、君との友情の証だった。 それは今も変わらない…。)

62 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:01:29 ID:???
いつか医者になりタカシに対していっぱいお礼をする…
その幼き誓いを果たすため、BJは必死で医者の技術を求め…そしてそれが叶った今、
世界を渡り歩きながら友人の行方を探し続けている。 しかしその消息は一切掴めなかった。

ユーゴ連邦は世界でも類を見ないモザイク国家だ。
東欧、西欧だけでなく、トルコやムスリムとも繋がっている。
故に少しは手掛かりが掴めるのではと期待していたBJだが、今日までに何の情報も得られておらず、
当然ながらこの日ニシュの街でも聞き込みは全くの空振りに終わっていた。

BJ(南で何も掴めなければヨーロッパは全滅か…次はアメリカに渡ってみるか。)

帰路につきながら、もはや探す大陸を変えてみようと、大きなスケールで思案していたBJ。
ふと大きな歓声に気付いたのはその時であった。


・・・・・ワアアアアアアアアアアアアアアア


BJ(うん? 何だかやたら喧しいが………ああそうか、スタジアムが近いのか。)

63 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:02:51 ID:???
そう言えば聞き込みの時に話題が挙がったのを覚えていた。
何でも地元のチームが国内でNo.1のチームと対戦するとの事で、
やたらと興奮しながら話してくるオッサンの飛ばすオツユが不快だった。

BJ(サッカーねぇ……よく知らんが、こんな怒号みたいな歓声が挙がるもんかね?)

BJは興味なく帰路を急ぐ事にした。 と、その時 彼の肌が急にザワツキ始めた。
粘膜に血の匂いを感じる気がする。BJは立ち止まり、建物の陰に入って様子を窺う事にした。
…数分もしないうちに、人が駆ける足音が響いてきた。
これは何かある、という確信がBJを貫いた。

革靴と石畳が奏でる高音は徐々に音量を上げ、こちらに近付いてきた。
そして…姿を見せたのは頭から血を流す初老の男だった。
右腕をダラリと垂らし、逆の腕で何かを抱えている。

BJ(人……それも子供か…。 何があったか知らんが、あの爺さんそろそろ限界だな。)

64 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:03:55 ID:???
BJ(人……それも子供か…。 何があったか知らんが、あの爺さんそろそろ限界だな。)

無視することも出来ず、BJは陰から飛び出した。
初老の男はBJの影を認め、ギョッとした顔で急停止した
そして限界が来ていたのか、そのまま膝が崩れてしまう。
だが眼光だけは強く保ち、こちらを睨みつけていた。

ジョアン「そこを退け……この子は殺させんぞ…!」

BJ「殺すよりも治す方が好みなんだがね……。
   それよりアンタ、その出血でこれ以上走ったら、それこそアンタの方が死んじまうぞ?」

その言葉で察したのか、男の態度は警戒から懇願へと色を変えた。

ジョアン「私はいい……! それよりもこの子を!」


65 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:05:09 ID:???
この言葉を普通に受け取れば、腕の中の子供がそれほど大切という事を示している。
だがBJは男の言葉の端々に、何かそう単純でない物が感じられた。
そう…この男から感じられる雰囲気は、自分の命を軽視している人間の“それ”である。

BJ「ふぅん、“自分は死んでもいい”ねぇ……気に入らないな。
   すまんが私は天邪鬼なんだ、アンタの事も助けてやるぜ。」

男と子供を強引に抱え上げながら、BJの口からは思わず皮肉の言葉が飛び出していた。
それに対する男の返事を聞く事はなかった、安堵で気を失ったのかも知れない。

彼の心音が正常なリズムを奏でている事はすぐに判断された。
BJは一先ず安心し、しかし急いで夜の闇へと姿を消した。


66 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:06:10 ID:???
1-8)LOST BOY

ガチャ…
ホテルのドアを開けると、そこにはあの少年が居た。
椅子に座って、何をするでもなく、何を見るでもなくボーッとしていた。


…あれからジョアンはBJと事の成り行きを確認し合った。
その中で少年の事が話に出てきた時、ようやくジョアンは多くを思い出した。

スタジアムで偶然あの少年と家族を目にして驚いた事、
もしかして縁があるのではと考えた後、バカバカしいと自嘲しながら否定した事、
レッドスターの選手達の強さは本物で、フィジカル、知性にも穴はなく舌を巻いた事、
そしてハーフタイム中に起こった乱闘…瞬く間に伝播した憎しみと暴力、
人波に呑まれていった親子、それを追った自分、刃物で刺された少年の父親、
茫然となった母子、叫ぶ自分、パイプで殴打されながらも走る母、自分に少年を託して崩れ落ちた。

仔細を少しずつ思い出すに従い、胃と胸が激しく悲鳴をあげた。
そう言えば、目覚める直前にそんな夢を見ていた気がした。
残念ながら夢では無かったが…。

67 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:07:12 ID:???
BJの話によれば、少年には外傷が認められず、今のところ命に別状はないそうだった。
ただ、ジョアンが目を覚ます前に、何が起こったか調べると、色々と解せない部分が出てきたらしい。
それ故 少年を病院に置かず、自分の宿泊しているホテルへと移したという事だった。
解せない部分についてはジョアンも色々と思うところがあり、BJの話と合わせると、
どうやら少年の命は別の意味で危険かも知れないという予測が立っていた。


・・・・・。

BJ「説明した通り外傷は全く無い、無論 殴打もされていないだろう。
   だが……  おぅい坊や、爺さんを連れて来たぞ!」

このBJの呼びかけに対して少年の反応は希薄…
僅かに視線を向けただけで、それ以外は全く反応が見られなかった。

BJ「……ご覧の通りさ。」

68 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:08:19 ID:???
ジョアン「これは………。」

思わず絶句してしまうジョアン。少年の異常はただ反応が乏しいだけの物ではなかった。
覗う事が出来た彼の表情には生気、活力と言った物を見出すことが出来なかったのだ。

BJ「心因的な物だな。 度を超えたストレス、ショックに直面した人間に時折見られる。
   病名としては“全生活史健忘症”…アンタの記憶が混濁していたのも程度は違えど同じ物さ。」

ジョアン「つまり……?」

BJ「まぁ理解り易く言えば記憶喪失ってやつだ。」

本や映画の中でしか耳にした事の無い単語にジョアンは耳を疑った。
だがこれまでの会話から、BJが与太を話すような人物でない事は明らかだった。

ジョアン「…治す方法は?」

BJ「自然治癒を待つよりないな、無理に思い出させようとすれば人格崩壊やショック死の恐れがある。
   そもそもそう言った最悪の状況から逃れるため、脳が自ら防衛に働いた結果がコレなのさ。」

69 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:10:25 ID:???
ジョアン「そう…か。」

BJ「…で、どうするんだい?」

ここでBJが心なしか厳しい口調でジョアンに問うてきた。
この問いに対して、ジョアンは自信を持って言える答えはなかった。
その意を力なく聞き返すのが精一杯であった。

ジョアン「どう……とは?」

BJ「アンタはこの少年を母親から託され、そしてこの子の命は助かった。
   …だがこの通り。 それでアンタはどうするつもりだ? これでおさらばかい?」

畳みかけるように言葉を紡いでくるBJ。
ジョアンにとってその言葉は一つ一つが堪えた。
命さえ助かれば、あとはサッカーがこの少年の人生を切り開く…そう考えていた。
だが事はそんなシンプルに終わらない事態であるのは明らかだった。

70 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:11:29 ID:???
サポーター同士の乱闘で刃物が飛び出す事がまず異常だった。
女子供がパイプで叩かれようとしていたのも信じられなかった。
ジョアンがさらに驚いた事に…BJに見せられた新聞では、あの事件はこう報道されていた。
『怪我人:多数、死者:0、行方不明者:0』と。

BJ「さあ、どうなんだ?」

痺れを切らしたBJが再びジョアンに回答を迫った。

ジョアン「私は………。」

だがジョアンは答えられない。
そう、ジョアンに考えられる答えはたった一つだけしかなかった。
だがそれを口に出せる自信がなかった。
ロベルトを破滅させ、その後も何の力にもなれなかった自分。
そんな自分に人…子供を導く資格など、二度と有り得ないと思っていた。

ハァ…と呆れたような溜息をBJが吐いた。
そしてジロリとジョアンの目を睨みつけ、こう言い放った。

71 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:12:49 ID:???
BJ「アンタ…あの夜 自分が死んでも構わないと言ったな。」

ジョアン「……。」

BJ「もしやと思っていたが、どうやら間違いない。 アンタはあの時ホントに
   自分“なんか”死んでもいいと思っていたんだ! 違うか!?」

ジョアンはグゥの音も出ない。
「違わない」と、擦(かす)れる声を精一杯だした。

BJ「自分に生きようとする意志の無い者が、人を生かしたいだって?
   笑わせるな! アンタはこの子の母親に託され、それを受けたんだ!
   アンタは死を以って少年を助ける『覚悟』があったつもりなんだろうが、
   そんな物は『覚悟』ではないぞ! 思考停止だ! 自暴自棄の根性だ!」

ジョアン「………。」

BJ「……。」

72 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:13:57 ID:???
ジョアンは何も言えなかった。
BJもそれ以上は言わなかった。
少しの沈黙のあと、BJが再び口を開いた。

BJ「一ヶ月だ…! 私は自分の用事で一ヶ月この国を巡る。
   せめてその間だけでも、アンタがこの子の面倒を見るんだ。
   その後は好きにするがいいさ。 あとこの部屋は自由に使え、代金は先に払っておく。」

吐き捨てるようにしてBJは部屋を後にした。
残されたのはジョアンと少年。
うな垂れるジョアンと…そして今の騒ぎにも全く無反応な少年の二人だけだった。

73 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/25(月) 19:17:50 ID:???
本日は以上です。文章だけパートが予定より長くなってしまってます。
次回更新でこのパートは終わりますので、どうか見逃して下さい。

・・・あと、何処かで見た話なのも見逃しうわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp



1-7)黒い男 >>61-65
1-8)LOST BOY >>66-72

それではまた。

74 :森崎名無しさん:2010/10/25(月) 19:22:18 ID:???
乙でした

75 :森崎名無しさん:2010/10/25(月) 23:13:56 ID:???
新スレおめです!
アナカンさんの前作で、私はキャプ森および森崎板を知りました。
(検索でたどり着いた先が、前作だった)
私にキャプ森本編&外伝という楽しみを教えてくださってあざーすです!
そのアナカンさんが復帰されて、楽しみがまたひとつ増えました。
応援しています。


76 :ラインライダー滝 ◆lLi06nuZOA :2010/10/25(月) 23:41:08 ID:???
遅ばせながら復帰おめですー
なんていうかもう言葉で言い表せないくらい嬉しいです。本当に
相変わらずの活き活きとした登場人物の描写は見習いたいものであります
そしてBJの台詞が全部大塚明夫ボイスで完全再生されるのは私だけじゃないはず……!
これから先も更新楽しみにさせてもらいますね〜

77 :TSUBASA DUNK:2010/10/25(月) 23:49:39 ID:???
おかえりなさいませー。
引き込まれるエピソードと文章にもうワクワクが止まりません!
これからも更新を楽しみにしていますので、無理をせずに頑張ってください。
本編が進んだあとでプロローグとはスターウォー……おや、こんな時間に誰かきたようだ。

78 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:52:12 ID:???
>>74 乙感謝です!

>>75 わー、ありがとうございます!
   森崎板の仲間を一人増やす切っ掛けになれてとても光栄です!
   これからも頑張ります、楽しんで頂けると幸いです!

>>76 帰ってきたぜ滝さーーーーーーん!
   BJ=大塚明夫!うん、私も書きながら脳内再生しまくってたですよ!
   そんな事よりフジー・マッケンジー!滝さん、天才だよ貴方は!
   こっちこそ楽しみにしてます!

>>77 つばダンさんあざぁぁぁぁぁぁっす!!!!
   海南vs翔陽の迷監督合戦パネェっすww
   宇宙戦争の事はどうかお見逃しを…!
   こうなったら仕方ない、と1000%意識してやってます、さーせんw

79 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:53:13 ID:???
1-9)明日への扉

ガチャッ…
鍵を開けて扉を開くと、相変わらずの風景が待っていた。
椅子に座った少年は、扉の音に反応してこちらを一瞥する。
…だが、それだけである。

ジョアン「ただいま…。」

少年「……。」

ジョアン「………。」

帰宅を告げるジョアンの言葉に対して返信はない。
そしてまた視線を移し、ボンヤリと窓の方を見つめるのだった。



―――――BJが出て行ってから20日

季節は夏から秋に移ろうとしていた。
少年は あの日以来、一言も口を利いていない。
その瞳は依然変わらず生気を失ったままだ。
食事を取る、夕方決まって とあるTVアニメを観る以外、
生きているのか死んでいるのか、ジョアンでさえ判らなくなる有様だった。

80 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:54:15 ID:???
ジョアンはこの20日間、3つの努力をしていた。
一つは可能な限り少年に話しかける事。
置かれている状況についてはともかくとして、今の少年の状況で社会復帰は不可能と思われた。
それは少年が周囲を緩やかに拒絶し、コミュニケーションの一切を絶っているからだ。
ジョアンは少年に一言だけでも喋って欲しかった。
少年のためにも、自分のためにも。

一つは少年と散歩をする事。
黙っていると、少年は一日中椅子に座っている有様で、全く身体を動かさない。
これでは筋肉が固まり、衰弱し、いずれは生命維持に必要な代謝に悪影響が出る。
また、おそらく少年は成長期の最中である。
この時期に身体を全く動かさないのは、筋肉や骨の発達を阻害してしまう事が懸念された。
とは言え、表立って外を出歩くのは危険かも知れなかった。
故にこの散歩は専ら陽が落ちた後の夜中、ホテルの極近隣でのみ行った。

そして最後の一つ……それはこの国について知る事。
ジョアンは陽が出ている時間帯、さらに少年が眠っている時を見計らい、
図書館に出かけて国の歴史や文化を調べ、また新聞を取り寄せて情勢を調べた。
…あの事件は只の乱闘、暴動と呼べる物だったのか。
違うのであれば、少年やその両親が命を狙われたのは何故か。
狙ったのは一体何者であるのか。
そして何より…これから先、少年がこの国で生きていく道筋があるのか。
ジョアンは制限された立場ながら懸命に調べ、考察を積み上げていった。

81 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:55:15 ID:???
今日 今まで出かけていたのも、日用品の買い出しだけでなく図書館で調べ物をしていたのだった。
この日ジョアンは遂に、幾つも存在した疑問について、ある程度の解答を導き出した。
…にも関らず、ジョアンが浮かべている表情は、沈痛という表現が相応しかった。
それは 導かれた答えが、少年にとってあまりに残酷だったせいだ。

ジョアンはグラスを2つ取り出し、買ってきたオレンジジュースを注いだ。
一方を少年の手に包ませ、飲みなさいと声をかけた。
そのもう一方を片手に、窓際の椅子に座った。
身体が重かった。 けれど頭だけはやたらクリアで、さっきまで考えていた内容が勝手に反芻される。
導き出した答えは絶対とは言えなかったが、全くの的外れとも思えなかった。

ジョアン(あの乱闘は十中八九、仕組まれた物だった筈だ。
      レッドスターとラドニツキのサポーター同士、憎しみ合う理由はない…!)

この国の中において、民族間の対立が歴史的に存在していた事はすぐに分かった。
特にセルビア民族とクロアチア民族の対立は根深い物であった。
だが今回の事件にそれは一切関わりないと思われた。
何故ならレッドスターのホームであるベオグラードも、ラドニツキの
ホームであるニシュも、いずれもセルビアに属する都市だからである。

82 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:56:37 ID:???
さらにニシュではセルビア以外の民族もそれなりに暮らしているが、土地柄か温和な人間が多く、
民族間では憎しみ合うどころか協力し合う、理想的な民族融和都市であった。
このような都市、チーム同士という背景で、乱闘が起こる事は通常考えらない。
よしんば小競り合いが起こったとして、スタジアム全体に波及するなど有り得なかった。

ジョアン(即ちあの乱闘は本来なら起こり得なかったという事…
      何者かによって起こされた、乱闘に見せかけた殺人だった可能性が考えられる。
      しかも非常に大規模な人間を動員した、組織的な殺人だ。)

そんな大がかりな人数を動員出来る組織とは何か…?
それはもはや国、政治団体、宗教くらいに限定されてくる。
国であれば秘密警察を使い秘密裏に進めるだろう。
宗教ならばムスリムのテロという事になるが、あの規模でムスリムが集まれば流石に判る。
何より、こんな田舎でテロを行なうなんて非効率としか言えない。
このような理由から、最も怪しいと思われたのは消去法で政治団体であった。

83 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:57:45 ID:???
セルビアの一田舎であるニシュで起こされた大がかりな事件。
民族間のトラブルでなければ、民族内のトラブルである。
それは突き詰めると、民族主義者と そうでない者とのトラブルだと想像がついた。
セルビアで政治を主導している民族主義者にとって、民族主義でない者は裏切者という考えらしい。
誇張でないとするならば、この国の政治団体が如何に過激かは想像に難くなかった。

だがそこまでである。
少年の一家が命を狙われ、奪われた理由については何も分からなかった。
少年の父親、或いは母親について何も調べがつかなかったからである。
彼の両親が民族主義者にとって、ユダであったかサタンであったか、それは想像するしかなかった。

けれどジョアンにとって本当に重要なのはその事ではなかった。
肝心なのは少年がこの国で生きていく道と…
そして頭の片隅で密やかに考えた、少年のサッカー選手としての可能性だった。

だが残念ながら 今日まで調べた結果、多くの意味でそれは絶望的であると言えた。
少年自身の命が今後も狙われる可能性を否定できないのが一つ。
そしてもう一つ、巨大な懸念がある事をジョアンは理解していた。

…それは国家の崩壊だった。

84 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 20:59:06 ID:???
この国を国家として成り立たせていた、たった一つの心臓が失われた事をジョアンは知った。
潜在化している地域格差、ソビエトとの関係悪化、抑圧される民族主義者。
抑え付けられてきた問題が噴出した時、この国は国足る事が出来るだろうか?
どれほどマシな過程を通ろうとも、分裂は免れない事は明白だった。

ジョアン(この流れは止まらない…いや、導かれると言っても過言ではないか…。
      10年先か、15年先か…この国はきっと大きく揺れ、破滅を迎える。
      その時この子は幾つになっているだろう?)

18歳前後からその先10年の間…といったところだろうか。
この国の兵役は20歳から1年。国が国として形を成さぬ争乱となれば、その最前線に立つ事になる。
命…脚…心…この少年が失う物はどれだけであろう…想像してジョアンは首を振った。
両親を失い、記憶を失ったこの少年の頭上には、太陽の姿が見えなかった。

(ポツリ)

ジョアン「私が…」

それを口に出そうとしたが、やはり言葉にならなかった。
自分にそんな資格は無いと、もう一人の自分が言うのだ。
ロベルトへの罪の意識、失われた自信、サンパウロから逃げるように去った事への後ろめたさ…
その全てがジョアンの意志を雁字搦(がんじがら)めにしていた。

85 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:00:07 ID:???
ジョアン(………)

顔を上げる力も出ない。 未来に太陽が見えないのは自分も同じだと気付いた。
溜息と自嘲が重なり、視界が闇に包まれていた。 その時だ。

ガタッ…

近くで木が擦れる音がした。
ジョアンが顔を上げると、その視界に人影があった。
少年だ、少年が椅子から立ち上がったのだ。

ジョアン(おお…。)

これまで自らの意志という物を見せる事のなかった少年が突如として立ち上がった。
一瞬何が起こったのかジョアンには分からなかった。
だがそれだけではなかった。 少年はジョアンの方へと歩いてきたのだ。

86 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:01:17 ID:???
ジョアン「ど…どうしたのかね?」

少年「……」

その問い掛けに少年からの応えはなかった。
ジョアンは怪訝そうに少年を見つめていたが、やがて気がついた。
少年の視線の先は、自分ではなく窓であった。
ジョアンは立ち上がって窓の下の光景を確認した。
この時の歓喜と驚きは、これまで体験した事もないほどの光で満ちていた。
そう、窓の下で繰り広げられている光景は子供達のストリートサッカーだったのだ。

ジョアン「サ…サッカー、もしかしてサッカーがしたいのか?」

震える声でジョアンは問いかけた。
少年は言葉の代わりにコクリと頷いた。

87 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:04:45 ID:???
1-10)Alcyone

ポン・・・・・・
    ポン・・・・・・

静けさの中、ボールを蹴る音が周囲に響き渡っている。
日が落ちてから既に3〜4時間は経過しており、誰もが家で団欒を楽しんでいる時間…
ジョアンと少年は、こんな夜中に人目を避けてサッカーを楽しんでいた。

ジョアン「すまんな、本当は昼間に大人数でやるのがキミにとって一番なのだが。

少年「大丈夫…!」

フルフルと首を横に振りながら少年は答えてくれた。
その顔は無表情ではなく、ぎこちない笑顔が作られていた。
これでも十分だと伝えようとしているのだろうか。
少なくとも悪い奴らから追われている身だという話は理解してくれているようだ。

88 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:05:51 ID:???
………。

二人とも20日間まともに運動をしていなかった為、思うように身体は動かなかった。
ぎこちなくパスを出し合うだけの遊び…けれどこのパスには少年の生きる意志が感じられるように思えた。
それだけでジョアンにとってはロベルトを失って以来、これほど喜びを感じた日は無かった。

ジョアン(考えてみれば記憶を失っているんだ。“好き”という感情だけは残っていたが、
      サッカーの技術や思考力は失われたと考えるのが当然の話だな。

サッカーがこの子の人生を切り開いてくれるなど、愚かで他人任せな考えだ。
ジョアンは今更ながらにそう思っていた。
資格があろうがなかろうが、少年には頼れる人間が他に居ないのだ。
ジョアンはこの少年と共に生きたいと思い始めていた。

ジョアン(…自信は無い、ロベルトへの罪の意識も当然消えはしない。
      だが自信はこれから培う事が出来る。そして罪は一生背負うべき業だ。
      一生この罪を隣人として生きていく、その覚悟を私は持たねばならなかった。)

ジョアンは自分が自己を取り巻く全てから逃げていた事を理解した。
そして罪によって覆われた未来という、暗闇の荒野を切り開く覚悟を手にしていた。

ジョアン(いや違う、暗闇の荒野なものか。 どんな未来が待ち受けていても…)

…私には光がある。

89 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:07:23 ID:???
いつの間にか満面の笑みを湛えていた少年の顔を見て、ジョアンは目を潤ませた。
…と、視界がぼやけ 少年が出してくれたパスを見失ってしまった。

トン…!
   トン……トン…

トラップのタイミングを損ない、弾かれたボールが転がっていく。

ジョアン「やっ、すまんすまん。」

少年「ボクが取ってくる…!」

そう言ってジョアンを制し、少はがボールを取りに走って行った。
ジョアンは少年の言葉に笑顔で頷き…そして少しだけ夜空を仰いだ。
暗闇の夜を必死で照らしてくれる星達が瞬いている。
その星々の中から一角がジョアンの目に留まった…プレアデス星団である。

夏の間は太陽に隠され、この季節に再び現れて夜を照らしてくれる。
地球から離れているためこの程度だが、その光は本当ならば太陽を凌ぐだろう。
その中で最も力強く輝く星の名をAlcyone(アルキオネー)、
ジョアンの母国の言葉では“アルシオン”と言った。

90 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:08:29 ID:???
ジョアン(……)

少年「おじさん…!」

少年の呼ぶ声にジョアンは意識を引き戻された。 見ると、少年が手招きをしている。
何のつもりか直ぐには解らなかったが、やがてそれが「かかってきなさい」だと理解した。
一対一をしようと言っているのだ。

ジョアン「よし、行くよ。」

微笑みながら少年へと向かっていくジョアン。
その微笑みは数秒の後に驚愕へと変わる。

シュシュッ……パッ…!
    …トン…! ダダダッ…!

ジョアン「い、今のは……!!!」

91 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:09:32 ID:???
“シャペウ・ド・ファルカン”…あの日少年に教えた技に、ジョアンは目を疑った。
そしてジョアンは自分が今立っている場所が壁際という事実に更なる衝撃を受けた。
シャペウ・ド・ファルカンという技の特性を、少年が理解して使ったという事実に。
あの日一番見たかった物、それを今この時見れるなど、砂粒ほども考えていなかった。
だが何よりまずジョアンは叫んでいた。

ジョアン「記憶が戻ったのかい!?」

その問いに対して首を横に振る少年。
ジョアンは自分の身体が心底震えているのを実感していた。

ジョアン(サッカーの神様……貴方はこの子にサッカーだけを残して下さったのか…)

ジョアンはしばらくの時間 立ち竦むしかなかった…
少年はその様子を心配してか、ボールを置いてジョアンの側まで寄っていた。
瞳を閉じるジョアン、その手に温かいものを感じていた。 少年が手を握ったのだ。

92 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:10:54 ID:???
ジョアン「名前……。」

少年「え……?」

ジョアン「名前、どうしても思い出せないかい?」

少年「………うん…。」

ジョアン「アルシオン…。」

少年「えっ…?」

ジョアン「名前…アルシオンはどうだろう? キミをどう呼んでいいか分からないと困る…。」

少年「…………うん。」

照れ臭そうな顔でアルシオンが微笑んだ。
気に入ってくれたのかも知れない。
その顔を見た時、本当の意味でジョアンは全ての覚悟は据わった。

93 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:12:01 ID:???
ジョアン「悪い奴らに追われているのは解ってるね?」

コクン、とアルシオンが頷く。

ジョアン「サッカーは好きかい?」

当たり前と言わんばかりに強く頷く。

ジョアン「太陽の下でみんなとサッカーをしたいか?」

アルシオン「できるの…?」

ジョアン「10年間 夜を歩けるなら…必ず私が連れて行ってみせる。」

アルシオン「行くっ!」

間髪ない回答だった。
その瞳がキラキラと輝いている。

ジョアン「夜は怖くて寂しいものだぞ?」

アルシオン「怖くないよ!」

アルシオンは握っているジョアンの手を、さらに強く強く握った。
ジョアンはその手を負けないくらい強く握り返した。

94 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:14:07 ID:???
1-11)白夜行

BJ「それじゃ、もしタカシという男の消息が分かったらココに連絡を頼むぜ。」

ジョアン「ああ、勿論だ。」

BJ「じゃ、達者でな。」

ジョアン「ありがとうBJ、本当にありがとう。」


ボスニア行きの列車のホームでBJが見送ってくれた。
彼が戻って来て、アルシオンを育てると告げた時の烈火のような顔が忘れられない。
火事になるんじゃないかという程の勢いで怒り、罵られた。
「この子を育てたければ5000万用意しろ」と脅迫めいた事を言われたりもした。
だが私が「この子と共に行けるなら100億払っても惜しくは無い」と言い放つと、
彼のうなり声は時機に笑い声と変わったのだった。
「それを聞きたかった。」確かにそう言っていた。
BJは金が欲しかったのではない、覚悟が欲しかったのだ。
少なくとも私はそう理解した。

ジョアンは日記にそう記し、筆を止めた。

95 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:15:14 ID:???
ジョアン「アルシオン、怖くないか?」

アルシオン「全然! おじさんが居て、サッカーが出来るんだもの!」

アルシオンは笑顔だった。
ジョアンは笑顔を返した。
この日から二人にとっての太陽はお互い自身であった。
それが偽者の太陽だとしても怖くはなかった。
全てのカードが裏返れば きっと新しい物語が始まる。
そう信じて疑わなかった。




    Another Campione Episode 0



  〜fin〜  or  〜To be continued act2〜
 



96 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:16:16 ID:???








――――あれから長い月日が流れた









97 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:17:21 ID:???
〜イタリア ミラノ市 サンシーロスタジアム〜



実況「さあ、コッパ・イタリア・プリマヴェーラ 決勝トーナメント一回戦!
    ユヴェントス対フィオレンティーナ、戦前の予想を裏切るフィオレンティーナの大健闘!
    後半に入って2点を追加、前半終了間際に追いついたユヴェントスを引き離しています!
    このまま最後まで押し切ってしまうか!? それともユヴェントスが阻止するのか!?」

実況の興奮した声がスタジアムに響き渡る。
観客もそれに酔い、あるいは悪酔いし、スタジアムはまさに興奮の渦の中にあった。
だがそのスタジアムの中で冷静に両チームの動静を観察する人間が二人。
一人は老人、年齢の割には信じられないほどの力強さを感じさせた。
もう一人は若者、まだ幼さを残したその顔は誰が見ても秀麗その物だった。

老人の方がボソリと呟いた。

ジョアン「勝負は見えたな…」

小声だが、確信を込めた言葉でそう言った。
若者はそれを黙って聞いていた。

98 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:18:33 ID:???
ジョアン(あれから9年…。)

老人は感慨深い表情で視線をグラウンドから若者へと移した。

ジョアン(あと少し、あと少しでお前を太陽の下に出してやれる)


そんな事を知らずグラウンドでは若者と同世代の選手達が汗を流している。
どうやら紫色のユニフォームを着たチームが優勢だ。
そのチームのキャプテンである若者が的確なコーチングで選手達に指示を出している。
チームの10番を背負った若者、彼の名は三杉淳と言った。
かつてガラスのエースと呼ばれた男である。





〜 Captain Misugi Rebirth 〜



   Another Campione Episode 1  “FIORENTINA”

99 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/27(水) 21:21:03 ID:???
本日は以上です。
これでEpisode 0(第一幕?)は終わりです。
長い長い文章パートに付き合わせてすみませんでした。
次の更新ではテンプレを…
そして更新速度はここからガクンと落ちる筈です。

ではまたー。


コメレス >>78
1-9)明日への扉 >>79-86
1-10)Alcyone >>87-93
1-11)白夜行 >>94-95

100 :森崎名無しさん:2010/10/27(水) 21:23:37 ID:???
つまりこういうことですね、わかります
N古屋Gランパス監督「くだけちれぇ!」(革靴でウン十メートルダイレクトシュート

101 :森崎名無しさん:2010/10/27(水) 21:55:07 ID:???
おつかれさまでした!

102 :森崎名無しさん:2010/10/28(木) 01:25:21 ID:???
乙でしたー

103 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/28(木) 20:07:33 ID:???
>>100 いやいや、年代が全く違うのでベツジンデスよー(目をそらす)
    でもN古屋Gランパス監督に“もし”があったら夢が広がりませんか?

>>101 ありがとうございます!文章長くて遅いのは悪い癖ですが、
    もし良かったら今後もお付き合い下さい。

>>102 乙感謝です、言ってくれる人がいて嬉しい

104 :アナカン ◆w2ifIqEU72 :2010/10/28(木) 20:10:42 ID:???
【これまでのあらすじ】
リハビリ後の3年間、伝説の人物 ジョアンに委ねる事を代償に、心臓病を完治させた三杉淳。彼は
ジョアンの召集を受け、イタリア・フィレンツェでサッカー人生をリスタートさせた。新たなチーム
メイト、ライバル、ジョアンらと出会う事で三杉は心身ともに成長していく。そして2年が経過し、
とうとう三杉に公式の舞台で活躍する機会がやってきた。コッパ・イタリア・プリマヴェーラ・・・
イタリアサッカーの次代を占う大会で三杉の真価が問われる。

インテルの堅守、レッチェの戦術に苦戦しつつも、予選リーグ1位突破を決めたフィオレンティーナ。
続く決勝トーナメント一回戦の相手はスター軍団の名で知られるユヴェントスだった。世代No.1リベロと
名高いジェンティーレ、天才ドリブラー ミハエル、“レオーネ”バティン、その選手層は圧巻であり、
フィオレンティーナは前評判で圧倒的不利とされていた。

そして試合前日、三杉はダラピッコラの口から壮絶な過去を聞いた。因縁のあるカルバリョと勝負し
どうしても勝ちたい、という願いも…。キャプテンとしてチームの勝利だけを最優先させなければ
ならない三杉。だが敢えてダラピッコラの背中を押す、過去を乗り越えさせるために。
ダラピッコラへのフォローのため、汗かき役に徹する覚悟で試合に臨む三杉。彼自身もミハエルとの
因縁をヒシヒシと感じながら遂に試合開始の笛が鳴る。

序盤戦…ユヴェントスの守備陣は堅く、点は動きそうで動かない。やっとの事でPKをもぎ取り
1点の先取に成功するも、前半終了直前にバティンのダイビングヘッドが火を噴いた。なんと中山、
ラムカーネ共に吹き飛ばされて同点に追いつかれてしまう。さらにバティンのシュートのあまりの
威力にブンナークが自信を失いかける。同点ながら、後半に向けて暗雲漂うフィオレンティーナベンチ。
だが三杉はこの危機に瀕し、自分の原点を取り戻す。自分がサッカーを始めた理由を、サッカーを続け
ている理由を、そして何より…自分が逆境の時こそ燃える奴だったって事を…!

後半が始まり、新田、ダラピッコラの気迫が光った。前半を遥かに凌ぐ攻撃力で続けざまに点を奪った
フィオレンティーナ。ブンナークも復活してまさに絶好調、このまま押し切るのか…?

【1行ハイライト】
ダラピッコラ「見たかよ、これがオレ…いや“オレ達”の力だ!」

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